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7.イヴェット


 (今世で三重跳びを自慢できる機会、ありましたけどー?!)

 あまり表情が動かないはずのベルナデッドが、目を輝かせて私を見ている。それはもうキラキラしている。三重跳びを連続五回ほど披露して見せた私に対して、ちょっとどうなのかと思えるほど熱い視線を浴びせてくる…。

 ベルナデッドに助けられてから数日後。騎士科の鍛練場の隅で、私はベルナデッドの運動着を借りて久々の縄跳びをしていた。いや、させられていた。

 私がセヴランからベルナデッドについて聞いていたように、ベルナデッドは私の縄跳びの話を聞いてずっと気になっていたらしい。

「イヴェット様、素晴らしい腕前ですわ!市井の子どもはこのような訓練法を編み出していたのですね!場所を取らず特別な道具も使わず、ひとりで行えるとは…」

 (あの時確かに、見た目と真逆の脳筋令嬢なんじゃ…って疑ったけど、もしかして正解だった?)

 令嬢たちに囲まれ、よりによってベルナデッドに助けられた時は内心警戒していた。だけどベルナデッドはただ、自分のせいでイヴェットが苛められたと思い庇ってくれただけだった。

 そしてセヴランのことよりも、縄跳びについて知りたくて仕方なかったようだ…。

 喜ぶベルナデッドに乗せられて、あや跳びや片足跳びを織り交ぜてサービス?しつつ、私は自分の考え違いに気付かされていた。

 ベルナデッドにはセヴランへの特別な想いはなかった。本人の言うとおり全くそんな様子もなく、ツンデレというわけでもなさそうだ。

 セヴランが好かれていると思っているのは単なる自惚れというより、母親に常に褒められ持ち上げられて育ってきたせいだった。誰もが自分を愛することは決まっている、という絶対的な自信。それが夫人による長年の刷り込みの結果で…

 (──違う。夫人だけじゃない…私のせいでもあるんだ)

 『あなたに何かあれば世界の損失』だと語り、『生きているだけで尊い存在』『世界の至宝』と崇め、『ベルナデッド様も間違いなく恋に落ちた』と断言した。

 家では母親に全肯定され、幼馴染みの少女に初対面から憧れられ称賛され続ければ、自分が特別な人間だと思うようになってもおかしくない。

 小説のセヴランのように自己肯定感がマイナスだったなら、大げさなほど褒めて認めて励ますくらいでちょうど良かっただろう。読者であった時に言ってあげたいと思っていたことを、今のセヴランに全力で言ってしまった結果がこれだった。

 なんであれ選ぶのはセヴランのほう。だから婚約の話も私の意見は聞かなかった。正式な婚約が保留になっても、私が待つことは当然だと思っているのでセヴランに謝られたことはない。むしろ侯爵やヴァンサンのほうが気を遣ってくれた。

 …令嬢たちが私の存在を知ったことを、実を言えば少しだけ喜んでいた。学院内で見かけるセヴランは彼女たちと一緒にいることが多く、それはもちろん面白くなかったから。

正式な婚約者ではなくてもセヴランと想い合っているのは私だと、割って入って宣言したいくらいだったのだ。

 先日の発言で彼女たちが入り婿を迎える立場であり、全員がセヴランを本気で狙っていたことがわかった。セヴランがそれを承知で取り巻きにしていることも。

ベルナデッドとの婚約話は流れたから安心していたけれど、ベルナデッドほどではなくても私の家よりメリットのある相手はまだまだいたのだ。

 小説のセヴランは父である侯爵に憎まれており、同じく憎んでいる次期侯爵の兄が学院でもそれを隠さなかったため令嬢たちも近付くのをためらっていた。美しい外見に惹かれる者はいたが、人付き合いを避けていたセヴランと親しくなることはできずにいたのだ。

 イヴェットとの交流もひそやかに行われていた。ふたりの愛犬となったセトが兄に受けた仕打ちを思うと、父や兄に知られるのは悪い結果にしかならないと思えたから。

 だからあんなふうに絡まれる場面はなく予想外の展開の中、怖いとか面倒といった感情の端には優越感も確かにあった。それなのに。

 (恩を売って婚約を強要していた?夫人からはそんなふうに見えてたの?

 …いえ、セヴランも望んでくれたことはわかってるはず。あの令嬢たちは夫人の言葉を拡大解釈して、私を傷つけるために酷い言い方に変えて伝えたのよ)

 …それでも、そう取れることを夫人は言ったのだろうと思う。本当は私という婚約者候補の存在も公にする気はなかったけれど、ベルナデッドからの情報として正面から聞かれたら隠し通すわけにもいかなかったのだ。

 平凡な男爵家との縁談の理由を『令嬢に恩があるので…』と説明して仕方なさそうに微笑む、そんな光景が目に浮かぶ。

 「イヴェット様、大丈夫ですか?お疲れになってしまわれたのですね。私が無理にお願いしたせいで…」

 暗い思考に囚われ、いつのまにか動きを止めてぼんやりしていたようだ。私は慌ててベルナデッドに笑顔を向け、平気ですと答えた。

 「それなら良いのですが…まるで力を入れているように見えず、軽々と跳躍するイヴェット様につい見惚れてしまいました。セヴラン様にお話を伺った後、実は馬小屋から縄を持ち出して自分でも挑戦してみたことがあるのです。ろくに回すこともできず、跳ぶより前に腕が痛くなってしまいました」

 「縄が重かったのではないでしょうか?かといって細い紐のようなものでは軽過ぎてうまく回りませんが…ある程度しっかりしていて、尚且つ柔軟さも必要ですね。あと持ち手を作ったほうが握る力を軽減させられます」

 (貴族令嬢ふたりが、真顔でなんの話をしてるのよ…)

 前世でもこれほど縄跳びに向き合ったことはない。気分は沈んでいるはずなのに、自分たちの会話が能天気すぎてなんだか可笑しくなってしまった。

 今回実演を頼まれて、久しぶりに縄跳び用の縄を作り直して持ってきていた。それを見せながら、ベルナデッドのためにもう一本作ってくることを約束する。

 とりあえず私の縄を貸してベルナデッドに跳んでもらい、感想(「本当ですね!腕を大きく振らなくても楽に回ります!」)やアドバイス(「足はそこまで上げず、縄すれすれの位置で軽く跳ぶほうが…」)などを大真面目に言い合っていると、背後から足音が近付いてきた。

 「…ベルナデッド嬢、こんな物陰で何をしてるんだ?そちらの令嬢は…騎士科ではないよな」

 「試験前でもベルナデッド様が自主鍛練をされているのは、予想通りではありましたが…変わった運動をされていますね」

 ジェラールとリオネルだった。ベルナデッドを探しに来たらしい。

 縄跳びを見せてほしいと言われて承知したものの、人前では気が進まなかった。理由は…この世界のイヴェット視点なら“騎士科でもない私が、髪をひっつめて運動着で縄を振り回す姿を見られるのが令嬢として恥ずかしいから”。前世持ちの私としては運動着には抵抗がないものの“よその学科に入り込んだ上、たかだか縄跳びをひけらかすのが恥ずかしくて仕方ないから”である。

 そこで試験前の今日なら放課後の鍛練に来る者がいないからと、ベルナデッドに言われて実行することになったのだ。それでも完全に無人とは限らないので、建物の影になっている狭いスペースを選んでいる。

 おかげで場所を取らずにできるとベルナデッドも実感してくれたようだが…結局目撃者は現れてしまった。

 ベルナデッドは足音に気付いた時点で縄跳びを止めており、落ち着いた口調でふたりに私を紹介した。セヴランのことは省いて縄跳びについての説明も加えている。

 「シュバリエ伯爵家のジェラールです。ベルナデッド嬢がこんな可愛らしい令嬢と仲良くしているとは意外だったな」

 私の挨拶にジェラールは笑顔で答える。私とベルナデッドが仲良し…?

 (ふたりだけでこっそり謎の鍛練をしてたら、親密に思われてもしょうがない…の、かな?)

 「リオネルと申します。スーリエ伯爵様の後見で入学した平民です。ベルナデッド様がこれほど興奮しているのは珍しいですね…その運動がよほど気に入られたんでしょうか」

 リオネルは私に対して丁寧に礼をとってくれたけれど、それよりベルナデッドが興奮しているとは…?

 (冷静な顔と話しぶりでも、内心は興奮状態なのを見抜いてるってことかしら。騎士団見習いになって以来、学院に入った今もベルナデッドとともにいるわけだから気心が知れてるのね)

 そのことを意外に感じて、そう感じた理由に気付く。

 私はリオネルのことを、セヴランが変わったことで小説のセヴランの立ち位置に置かれた代役のように思っていた。騎士になることだけを考え、騎士団長に見出され、ベルナデッドとの婚約を持ちかけられる。リオネルはセヴランと違って平民だけれど、スーリエ伯爵は実力主義だから平民でも身分を整えて迎え入れる可能性はあるだろう。

 小説のセヴランは実力は認めてもらいたかったけれど、ベルナデッドとの婚約は望んでいなかった。騎士科に通ってきてはあれこれ口を出すベルナデッドを煩わしく思っていたのだ。

 だからリオネルも、逆らえない立場を自覚しながら内心ベルナデッドを疎んじていると決めつけていた。

 騎士科を見学に訪れた日、初めて三人を見たときの様子を思い出してみる。小説によく似た台詞を言っていたベルナデッド。小説のセヴランは仏頂面でろくろく返事もしていなかったけれど、リオネルは真剣に聞いていたと思う。

 妙な遠慮や萎縮はするな、というのを叱咤激励と受け取って…いや、実際そうだったのだろう。それによってお嬢様であるベルナデッドや貴族令息のジェラールとも、今では打ち解けて親しく話をしている。

 …さらにリオネルがベルナデッドを見る目は、忠誠心だけでない熱がこもっているように思える。

 小説でもおそらく、婚約者気取りで指図していたのではなかった。セヴランの家での扱いを知るベルナデッドが、騎士団長に認められたほどの腕があるのだから堂々としていればいいと忠告していたのだ。

 ──小説のセヴランは騎士となり出征し、隣国の侵攻を防いだことで祝勝会が開かれる。

 国王陛下から褒賞として爵位を与えられ、婚姻相手について問われて(意中の相手がいなければベルナデッドや、条件の良い令嬢との縁を繋いでくれるつもりだったのだろう)セヴランはイヴェットとの婚約を認めてもらうのだ。イヴェットの両親はもともと応援してくれていたし、国王自ら大勢の貴族の前で認可した婚約に侯爵家も何も言えなかった。

 そしてベルナデッドも、その場でセヴランとイヴェットに祝福の言葉をかけていた。

 それはいわゆるライバルからの「私の負けね…どうぞお幸せに」的な敗北と和解の宣言だと思っていたけれど、セヴランに想いがなかったのなら心から言っていたことになる。

 …そこまで考えたところではっとした。登場人物の性格や行動が変わっていても物語の大筋が生きているとしたら、数年後には隣国が宣戦布告してくることになるのだ。

 救国の英雄になるはずだったセヴランは騎士になっていない。

 その場合…この国はどうなるのだろう?

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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