6.ベルナデッド
教務室で用事を済ませ、中庭を通って騎士科の学舎に戻ろうとしたベルナデッドは、植え込みの奥から聞こえた声に足を止めた。
「…幼馴染みか何か知らないけど、学院に入る歳にもなれば普通気付くわよね?自分がセヴラン様とは釣り合わないって」
「可もなく不可もないような男爵家のあなたより、子爵家の私のほうが有利だわ」
「うちは男爵家だけど、銀山を持っていてあなたの家とは比べ物にならないくらい豊かなの」
「私のお父様は男爵ではあっても辺境伯家の四男で、私もあちらで可愛がっていただいてるのよ」
セヴランの名が聞こえたことでそっと近付き覗いてみると、以前セヴランが連れていた取り巻きの令嬢たち三人がこちらに背を向けて金髪の少女を囲んでいる。
少女は何か言おうとしたが、辺境伯の孫だと告げた令嬢が遮るように続けた。
「セヴラン様の婚約者候補が男爵令嬢のあなただとわかって、おばあさまに話したの。
…おばあさまはクライン侯爵夫人に、お茶会でお会いした時に伺ったそうよ。『幼い頃に川に落ちた息子を助けてくれた義理もあり、どうしてもと望まれて候補にしているけれど決定事項ではない』ですって。
助けたことを恩に着せて婚約を強要するなんて、なんて図々しいのかしら」
他のふたりがそれを聞いてわざと呆れた声を出すが、おそらく前もって聞いていたのだろう。
「卑怯だわ。恥じて候補を辞退しようとは思わないの?」
「身の程をわきまえなさいよ」
「…わきまえるべきはあなた方でしょう?」
ベルナデッドの冷静な声に、びくりと肩を揺らして三人が振り返る。
「…スーリエ様」
「他家の縁談になぜ口を出す権利があると思うのかしら?図々しくて卑怯なのは、今あなた方がしている行為のほうではなくて?」
「なっ…スーリエ様には関係ないことです」
「関係ないという点ではあなた方も同じね。皆様ずいぶんと家格にこだわっておられるようだけど、それなら私に対しても“わきまえて”いただけないかしら」
ベルナデッドは声を荒げることはしない。だが容赦ない言葉と冷たい視線、そもそも前回のやり取りもあり三人は自分たちが蔑まれていることを嫌でも理解させられた。青い顔で「失礼しました…」と呟くと逃げるように去っていく。
無表情に令嬢たちを見送ると、ベルナデッドは囲まれていた少女に向き合った。
これまで令嬢たちに隠れていて金髪であることしかわからなかったが、その髪は伸びた先が徐々にピンクがかった濃い色に変化する珍しい色をしていた。ベルナデッドにも怯えているのか大きな目をさらに見開いていて、その表情すら絵になるほど可憐な美少女だ。
令嬢たちが容姿や品格に言及できず、家格ばかり理由にして責めていたのも無理はない。
「大丈夫ですか?…ゴーシェ男爵令嬢、イヴェット様…ですよね?」
「…はい…ありがとうございました。ベル…スーリエ伯爵令嬢様」
「ベルナデッドで結構ですわ。私もイヴェット様とお呼びしていいでしょうか?セヴラン様によくお話を伺っていたので、初めてお会いした気がしないのです」
「も、もちろん構いませんが…
その、セヴラン様の件…申し訳ございませんでした」
ベルナデッドはきょとんとしてイヴェットを見た。「セヴラン様の件、とは?」
「…婚約の話が流れてしまったこと、です」
「ああ…なるほど。イヴェット様が謝ることではないと思いますが…セヴラン様は初対面の時からイヴェット様のほうが良いとおっしゃっていましたし、私も特別な感情はなかったのでお気になさらず。
そういえばセヴラン様も、私がお慕いしていたと思い込まれていましたね…」
令嬢たちが去っても怯えた様子なのは、ベルナデッドに責められると思っていたかららしい。
「謝らなければならないのは私のほうです」
「…?」
「彼女たちがイヴェット様の存在を知ったのは、おそらく私のせいだと思うので…」
ベルナデッドは以前セヴランに再会した時、イヴェットについて話題にしたことを説明した。令嬢たちもその場で聞いており、それまではセヴランに婚約者候補がいることを知らなかったと思われること。ベルナデッドが名前を出したことで、イヴェットのことを調べたであろうこと。
「セヴラン様はイヴェット様に令嬢たちの敵意が向かないよう、正式に決まるまでは伏せておくおつもりだったのでしょう。それなのに申し訳ないことを…今後また何かあれば、私が力になりますので遠慮なくおっしゃってくださいね」
「い、いえ、ベルナデッド様のせいではありません。私としてはむしろ…」
イヴェットは途中で言葉を切ると「…とにかく、ベルナデッド様は何も悪くないのです」と言い直した。
その態度が気にならなかったわけではないが、会ったばかりのベルナデッドが追及していいことではないかもしれない。とりあえず許してもらえたようなので、もっと気になっていたことをこの機会に聞くことにする。
「ところでイヴェット様、お会いしたら伺いたいことがあったのです」
無意識に足を踏み出してしまい、急に距離を詰められたイヴェットが身を縮めたが、ベルナデッドは構わず続けた。
「幼い頃に習得されたという、縄跳びについて!」
「…は?」
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