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4.ベルナデッド


 王立学院に入学して半月ほど過ぎたころ、ベルナデッドはセヴランと再会した。

 「久しぶりだね、ベルナデッド嬢。入学おめでとう」

 屈託なく話しかけてくるセヴランは、数人の女子生徒を引き連れて近付いてくる。

 「ありがとうございます。クライン侯爵令息様」

 「前みたいにセヴランと呼んでくれていいんだよ。ぼくらは幼馴染みのようなものだしね」

 その言葉で、周りの女子生徒たちの視線が値踏みをするようなものに変わる。ベルナデッドの直接の知り合いはいないが、それぞれの顔は記憶していた。男爵家や子爵家の令嬢たちだ。

 「婚約者様に申し訳ないので遠慮いたします。イヴェット様…でしたか。私と同じく、今年入学されたんですよね」

 クラスが違っているらしくベルナデッドはまだ会っていないが、会ったとしても特に思うことはない。

 セヴランは少し気まずそうな表情になった。「ああ…だけどまだ、正式な婚約は結んでいないんだ。かあさ…母上が、そんなに急ぐこともないって」

 (母様って言おうとしたわよね…。相変わらず夫人は過保護で、セヴラン様もそれを当たり前に思っているみたい)

 ベルナデッドとの婚約は幼いうちから望んでいたくせに、男爵令嬢が相手となると先延ばしにしようとしている。セヴランも今度こそ自分が望んだ相手なのだから、もっと強く主張すればいいのにと思う。あの時のように。

 『手合わせは悪くなかったけど、もうここには来られないと思う。それに…きみには申し訳ないけど、やっぱり結婚するならイヴェットのほうがいい』

 一年ほど前に、ベルナデッドは晴れて木剣を使うことを許された。改良版の剣もどきで飽きもせずセヴランに相手をさせていたことで、父親が根負けしたとも言える。

 ベルナデッドは勝手に思い込んでいたが、騎士団長の父はベルナデッドの夫が騎士でなければならないとは考えていない。もともとスーリエ家が代々騎士団を率いるわけではなく、実力のある者が勝ち取る地位なのだ。

 だからこそ侯爵夫人はセヴランをあくまで伯爵家の婿として売り込んだのであって、騎士にさせる気はなかった。

 木剣が解禁となった日、夫人はセヴランとベルナデッドの様子を知りたくて後から伯爵家を訪れ…ふたりが木剣を振り回しているのを見て悲鳴を上げた。

 『これまでもベルナデッド嬢が無理矢理付き合わせていたそうですわね。打ち合いを好むなど、淑女としていかがなものかしら。ましてセヴランを危険な目に遭わせるなんて…』

 ふたりの話を聞くと凶暴な野生動物を見るようにベルナデッドを一瞥し、夫人はセヴランを連れて帰って行った。

 馬車に乗る直前、セヴランは夫人に断りベルナデッドのもとに戻ってくると別れの言葉を告げた。イヴェットのほうがいいと言われてもそこは正直どうでも良かったが、手合わせの相手がいなくなるのは心から残念に思った。

 『セヴラン様は運動能力が優れていますし、このまま鍛練を続ければ素晴らしい腕前になられると思うのですが…』

 騎士でなくとも貴族令息なら、護身のため剣を習う者は多い。

 『これまでと違って木剣で手合わせをしていれば、怪我をする確率は高くなる。ベルナデッド嬢に傷を負わせてしまうかもしれないし…それを盾に婚約を迫られるのも困る。手合わせを理由にこれからもぼくと会いたい気持ちはわかるけど、それは聞いてあげられないな。すまない』

 …後半の決め付けは意味がわからなかったが、本人にその気がなければ仕方がない。

 セヴランは確かに筋は良かったものの、交流の日以外に鍛練しているわけではない。日常的に素振りや運動をしているベルナデッドに、最近では勝てなくなっているのも当然だった。

 それなのに傷を負わされる、ではなく負わせてしまうかも…という言い方をしたのは、セヴランのプライドによるものだろう。

 不機嫌になるところをおだてたり軽く煽ったりしてなんとか相手を続けてもらっていたが、ベルナデッドに負かされるばかりではやる気が失せるのも無理はない。きちんと習って見返そう、という気には最後までならなかったことを残念に思う。

 幸い木剣が許可されたのだから、今後は騎士団で見習いの鍛練に混ぜてもらえるよう父親に頼むことにする。

 夫人とセヴランが帰った後、母親がため息まじりに話してくれた。

 『ご子息は幼い頃、川に落ちて溺れかけたことがあるそうよ。それ以来夫人はご子息に対してとても過保護になったのですって。…ついでにずいぶん甘やかしておられるようね』

 良い婿入り先は確保してやりたいが、剣を振り回す妻などあてがうわけにはいかないということだ。普段のセヴランの態度にも思うところがあったのか、母親は最後に皮肉な呟きを加えた。

 その後セヴランは学院に入学し、完全に交流は途絶えていた。一学年上にセヴランがいることを失念していたわけではないが、こうして再会するまで意識に上らせることもなかったのだ。

 (周りの令嬢たちの反応からすると、イヴェット様という婚約者候補がいることは伏せていたみたいね。余計なことを言ったかしら…。

 でも私に対してあれほどきっぱり宣言したんだから、ちゃんと婚約してると思っても仕方ないじゃない。関係が途切れた後はうちでクライン侯爵家の話題が出ることもなかったし)

 「相変わらず見た目は完璧な淑女だね。まさかまだ剣を振り回したりはしてないよね?」

 セヴランの言葉を受け、まあ、と女子生徒たちが声を上げる。

 「女性なのに剣を?我が家では考えられませんが…やはりスーリエ伯爵家は違いますわね」

 「私にはとてもそんな野蛮…勇ましい真似はできませんわ」

 「…数は少ないですが女性騎士もいます。王妃陛下や王太子妃殿下に仕える彼女たちは、男性騎士が入れない場所や近付けない状況でも陛下がたをお守りしています。犯罪に巻き込まれ傷ついた女性をいたわり、寄り添うこともあります。

 剣を持つ女性がいなければ、こうした役目は誰が果たすのでしょうか?女性騎士は野蛮なのですか?」

 ベルナデッドを見下すためだけに言われた台詞だが、本人は真面目に受け取り冷静に切り返す。表情を変えず怒鳴ることもせず、自分たちをまっすぐに見ながら淡々と反論された令嬢たちは後ずさった。

 「あ…そんなつもりは…」

 「まあまあ、みんな落ち着いて。ベルナデッド嬢は剣のことになると見境がなくなるんだから、刺激しないほうがいいよ。…ベルナデッド嬢、彼女たちは思ったことを素直に口に出しただけで悪気はないんだ。ぼくと一緒にいるからといって敵視するのは良くないな」

 (…相変わらず意味がわからない点が一部あるけど…それより仲裁の仕方がことごとくおかしいわ)

 それぞれの言い分について公平に判断するでもなく、ベルナデッドが“好きなものを貶されて逆上しているだけ”と決め付け、令嬢たちの台詞は間違いでも言い過ぎでもなく“剣を振る女性は野蛮だ”と心から思っていると認めてしまっている。

 その場をおさめるために適当なことを言い、とにかく自分がなだめさえすればどちらも引くだろうと思っているようだ。

 その自信と自己肯定感の強さは、以前より増しているように見える。

 (婚約もしなかったし友人でもない私は、それを指摘する立場にはないし…そうなるとセヴラン様は単に格上のお家の令息。文句を言うわけにはいかないわね)

 だが周りの令嬢たちは、ベルナデッドよりも格下である。しかもスーリエ伯爵令嬢と知った上で、先ほどの発言をしたのだ。見覚えのあった彼女たちの顔をもう一度しっかり見つめ、家門をきちんと思い出す。

 令嬢たちはそれに気付き、伯爵家に喧嘩を売るような言動をしたことを今更理解して震えていた。セヴランを奪われまいと勝手に張り合った挙句、ほとんど反射的にベルナデッドを貶めようとしただけだったのだ。

 「…先を急ぎますので。クライン伯爵令息様、皆様、失礼いたします」

 セヴランがまた余計なことを言い出す前に、ベルナデッドはその場を立ち去った。

 今の行動で自重してくれるのなら、令嬢たちにこれ以上何かするつもりはない。セヴランともこの先関わる気はない、というより関わる気になれない。

 (昔から自信家ではあったけど、それが良くない方に向かっているみたいだわ。今のうちにイヴェット様という方が諫めてくれるといいのだけれど…

 ずっと手合わせに付き合ってもらった恩はあるし、不幸になってほしくはないもの)

 セヴランとの話がなくなった後、他の婚約者候補が現れることはなかった。クライン侯爵夫人が積極的だっただけで、ベルナデッドの両親はもともと娘の婚約を急ぐ気はなかったのだ。

 つまりセヴランとの交流がなければ、剣の相手は見つからないままだった。

 手合わせの楽しさを知ることもなく、いずれ諦めるか興味が失せてしまっていたかもしれない。

 ──もしもそうなっていたら、今のベルナデッドの進路はなかった。

 急いでいるのは本当のことだった。ベルナデッドは通路を早足で進み、騎士科の鍛練場へ向かった。

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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