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14.イヴェットとベルナデッド(後)


 ベルナデッドを見送っていると、今度はクライン侯爵夫人が近付いてくるのが見えた。

 夫人とは最後に侯爵邸に招かれた時以来だ。なんとなく先ほどのセヴランに似たことを言われそうな気がして、話したくないなあと思っていたら後ろをヴァンサンが追ってきていた。

 「そろそろ始まりますから、父上のところに戻りますよ」と引きずるように夫人を連れて行く。ヴァンサンは一度振り返り、私に目で詫びた。やっぱり聞かなくていい話をしようとしていたようだ。

 目礼を返して見送っているうちに、王族の方々が厳かに登場する。

 柔和な印象の国王陛下、美魔女な王妃陛下。爽やか好青年風の王太子殿下に、知的美人な王太子妃殿下。王族をじかに見るのは初めてだ。私は周囲に合わせて頭を下げつつ、ロイヤルなファミリーを前に内心はしゃぎまくっていた。

 国王陛下の挨拶か、演説なのか、開会宣言というものなのか…ののちに、待ちに待った祝勝会が始まった。

 まずは王立騎士団長のスーリエ伯爵が呼ばれ、今回の功績が読み上げられたのちに勲章が授与された。

 「ベルナデッド嬢も目覚ましい活躍であったな。二代続けてスーリエ家より騎士団長が出ることになるのではないか?」

 「初陣で運に恵まれましたが、今後どうなるかは本人の努力次第でございます」

 陛下の言葉に、伯爵は落ち着いて答えた。

 (伯爵邸でお会いした時は身体も声も大きくて、快活なお父様という感じで…

 『まさかベルに、こんな清楚な友人ができるとは…なに?こちらの令嬢が縄跳びの師範だと?!』

 …余計なことを思い出しちゃったわ。それにしても師範って)

 そんな伯爵も、今は威厳があり頼もしい騎士団長の顔をしている。

 続けて現れたのはベルナデッド、リオネル、ジェラールだ。

 (ベルは堂々としててかっこいいけど、男性ふたりは緊張してるのかな…?平民のリオネルさんがガチガチになるのはわかるけど、ジェラール様まで落ち着かない様子なのは意外だわ)

 三人は准男爵の爵位を与えられた。平民だったリオネルも、継ぐ爵位がなくいずれ平民となる予定のジェラールも、これで貴族の身分を手に入れたことになる。

 そしてジェラールは王太子付きの近衛騎士に抜擢された。ジェラールの長兄と王太子は学院の同級生で、今も親しくしており弟のジェラールも面識があるそうだ。

 ベルナデッドとリオネルは今後も王立騎士団で力を尽くすという。どちらかが将来の騎士団長になる可能性が高いと私は思っているけれど、それは伯爵の言うとおりこれからの努力次第だろう。

 ベルナデッドも数少ない女性騎士ということで、王族女性の近衛騎士の誘いがあったそうだ。国で最も高貴な存在、王族の警護を任されるのは大変な名誉だ。

 けれどベルナデッドは今回のように国境を守り、民を守り、国そのものを守るほうを選んだ。

 爵位の授与が終わると、陛下は愉し気に三人を見回した。

 「さて、若き英雄たちへの祝福はもうひとつある。

 …スーリエ伯爵、令嬢ベルナデッドと准男爵リオネルの婚約を認めるであろうな?」

 「…もとより反対などしておりません。情勢が落ち着いたのちに考えることになっておりました」

 周囲がざわめくが、伯爵は気に留めることなく答える。陛下の前で憮然とした顔を隠しもせず、それを陛下も面白がっているようだ。

 「その情勢が落ち着き、ふたりとも無事に…それも功績を立てて帰還した。平民リオネルは爵位を得たことで身分差も縮まった。それとも准男爵程度ではまだ不満か?」

 「ですから反対など!…たとえ平民のままであっても、実力があれば迎え入れる気はありました。本人の意志も確認しております」

 「では本人であるリオネル。この場で思うことを述べるがよい」

 リオネルは恐縮しながら、まず陛下に感謝の言葉を伝えた。そしてその後はなんと陛下でなく、隣のベルナデッドに身体を向けるとその場に跪いたのだった。

 「…平民の身ではありますが、これまでずっとベルナデッド様の隣に立つのに相応しくあろうと努力してきました。このたび運良く功績を立て爵位をいただき、陛下に温情を賜ったこの場でようやく貴女に問うことができます。

 …ベルナデッド様、私と結婚していただけますか?」

 (リオネルー!!普段は控え目男子が、やるときはやる男前だった!)

 陛下の御前で、国中の貴族に囲まれて、緊張でロボットみたいな動きになりながら…大切な台詞はしっかり言い切った。

 これはリオネルが暴走したわけではなく、前もって陛下や伯爵の許可をもらってのことだろう。式典が始まる前にベルナデッドだけを外して、控室で相談したのだ。

 …伯爵にリオネルとの婚約について聞かれ、ベルナデッドが悩んでいたのは知っている。

 『立場上断れないだけで、リオネルは嫌なんじゃないかしら?』と。はたから見ていたらリオネルが嫌がっているわけがないのだけれど、恋愛に疎いベルナデッドはまるで理解していなかった。

 それならベルナデッドから断ればいいのだが、それは絶対にしたくないと反射的に思ったことで自分の気持ちに気付いたのだから、自身の感情にも鈍かったのだ。

 「…はい。伯爵家と騎士団とこの国を守り支えるべく、ともに精進いたしましょう」

 まるで政略か盟友関係としてとも取れる返事をしたベルナデッドだったが、頬を赤らめ周りがどよめくほど可愛らしい表情になっていたせいで、そんなふうに疑う者は誰もいなかった。

 陛下が笑顔で手を叩いたのを皮切りに、すぐに満場の拍手がふたりを祝福したのだった。


               ◇ ◇ ◇


 (何も聞かされてなかったわよ?!)

 滅多にないことだったが、ベルナデッドは冷静さを失っている。先ほどまでは緊張しているリオネルをハラハラしながら見守っていたのに、今では自分のほうがパニック状態だ。

 なんとかまともな受け答えはしたはずだが、自分がどういう顔をしているのか見当がつかない。周りの人々に向けられている、生温いような視線もこれまで浴びたことがない。

 手を取り立ち上がったリオネルはとても嬉しそうだったけれど、その手が震えていることに気付いてベルナデッドは少しだけ落ち着きを取り戻した。

 皆の前で婚約を結び、陛下に認められたことで今後ふたりの仲を阻む者はいなくなるだろう。“救国の英雄”と縁を繋ぎたい家は多かっただろうし、リオネルは三人のうちいちばん立場が弱い。付け入る隙はないとこの場で知らしめたほうが良い、と考えたのは父親か。それに陛下も賛成して、この場を設けてくれたのか。

 寄り添うベルナデッドとリオネルへの拍手は、陛下がそっと手で制することでおさまった。

 「では次にシュバリエ伯爵令息…准男爵となったジェラールにも婚約を望む令嬢がいると聞いている。そなたにも発言と行動を許そう」

 いったん静かになった人々の間で、ふたたびざわめきが広がった。

 未婚の令嬢たちはわずかな可能性に賭けているのか、ジェラールの視界に入るようさりげなく移動している。何故かヴィルジニまでが期待に目を輝かせ、前に進み出てきていた。どこからそんな自信が湧いて出るのか聞いてみたいほどだ。

 (残念ながら無駄なことね。…セヴラン様も期待したところで無駄だったと、これで理解してくれるかしら)

 ベルナデッドはジェラールが陛下に礼をした後、まっすぐにイヴェットのもとへ向かうのを見ていた。イヴェットは思考が停止したのか、棒立ちになって近付いてくるジェラールを見つめている。

 (さっきまでは私とリオネルを、キラキラした目で見てたわね。今度は貴女の番よ)

 控室での“打合せ”にはジェラールも加わっていた。それを思い出したベルナデッドには、この後何が起こるか予想がついている。

 固まったイヴェットを連れて戻ってくると、ジェラールは跪いた。

 「必ず戻るつもりでいたけれど、戦場に赴いて無事に帰れる保証などない。万が一のことがあった時、先に婚約していたらより悲しませると思い待たせたこと、申し訳なかった」

 ──卒業後もベルナデッドの協力により交流を続けたイヴェットとジェラールは、戦争が始まる前にめでたく両想いになっていた。

 出征前に婚約を結ぶ者もいるが、ジェラールは戦場から戻れなかった時に自動的に婚約が解消になることを気にしていた。

 イヴェットがセヴランと仮婚約の状態だったこと、それを白紙にされたことはそれなりに知られている。自分がいなくなったのち、事情に関わらず“またしても婚約が解消された令嬢”とイヴェットが言われる状況にしたくなかったのだ。

 それを聞いていたイヴェットはセヴランの時と違い、待つことに不安はなかっただろう。 

 …無事に再会できるかという、別の不安はあったにしても。

 「こうして帰還が叶った今、やっと伝えることができる。イヴェット・ゴーシェ男爵令嬢、愛しています。私と結婚してください」

 イヴェットは目を潤ませてジェラールに手を差し伸べた。その儚げで妖精のような風情に魅入られ、無関係の男性たちまでが熱い視線を送っている。

 「私でよければ、よろしくお願いいたします」

 ふたたび拍手が鳴り響く中、立ち上がったジェラールがイヴェットを抱き寄せようとして…ベルナデッドに先を越された。

 「イヴ、おめでとう!」

 抱きついたベルナデッドに、イヴェットの「こんなの…出迎えに行った時も、手紙でも、ひとことも言ってなかったのに…」と呟く声が聞こえた。

 「私だって知らなかったわ」というベルナデッドの言葉で我に返ったのか、「あっ、ベルもおめでとう!見てて感動しちゃった!リオネルさんもかっこよかったし、ベルは可愛いし…」

 「いや僕は…?」

 情けなさそうに言うジェラールに、ベルナデッドは勝ち誇った顔を向ける。

 同時に周囲の人間の様子も視界に入ってきた。上機嫌で見守っている国王陛下、苦笑いしている父親。離れたところで母親も笑顔を浮かべている。

 イヴェットの両親は周りの貴族に祝福され、涙ぐみながら娘を見つめていた。

 ジェラールの家族も騎士団の仲間も、ジャンヌも満面の笑みで拍手を送る中…呆然とした顔でイヴェットとベルナデッドを見ているセヴランと、面白くなさそうに横を向くヴィルジニに気付く。

 ふたりはこのまま結婚して、公爵夫妻になるだろう。なに不自由のない生活を送るだろうが、幸せだと感じられるかどうかはわからないし興味もない。

 もうセヴランはイヴェットとベルナデッドにとって、イヴェットの言う“ヒーロー枠”ではないからだ。

 ──これが物語の世界だというなら、とベルナデッドは思う。

 騎士を目指した少女が夢を叶え、同じ道を…そして人生をも一緒に歩んでいく相手を見つける、ベルナデッドが主人公の物語。

 不思議な記憶を持って生まれ、初恋に破れたものの…のちに英雄と呼ばれる騎士と結ばれる、イヴェットが主人公の物語。


 そんなふたりの少女が出会い、友情を育んでいく物語だ。

最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました!

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