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13.イヴェットとベルナデッド(前)


 王都に来るのは卒業以来、ほぼ一年ぶりだった。

 今夜は王宮で祝勝会がある。隣国の侵攻を防いだ上にかなりの痛手を負わせたことで、あっという間に和平交渉に持ち込むことに成功したのだ。

 爵位に関わらず貴族は皆招待され、両親とともに参加することになった私は朝から落ち着かなかった。男爵領に戻って両親の仕事を手伝っていたせいで、社交に慣れておらず緊張していることもある。

 そして何よりベルナデッドたちが今夜、国王陛下に褒賞を賜ると聞いているからだった。

 (緒戦で終戦って、ずいぶん呆気なかったけど…犠牲が最小限に抑えられたのは本当に良かった。隣国も初手でつまずいたらさっさと諦めてくれたし…もともと王太子、じゃなくて今の国王が強硬に主張して始めた戦争で、王弟をはじめ周囲は反対してたと聞くものね)

 小説ではセヴランが総司令官を討ち取っていたが、ベルナデッドたち騎士団は捕虜にしたそうだ。総司令官は国王の従弟であり、交渉に有利な存在だった。隣国と違って他国との戦争を長い間経験していないこの国が、新人騎士ですら予想以上に手強いと知ったことも引き際が潔かった理由だろう。

 ベルナデッドが手紙でだいたいの経緯を教えてくれたけれど、短期間であっても戦後処理というのは時間がかかるらしくまだ直接会えてはいない。今日再会できると思うと楽しみで仕方なかった。

 夜になり、両親と馬車で王宮に向かう。着いてからは人の多さときらびやかな大広間に圧倒されたり、夫人や令嬢の華やかなドレス姿に目がチカチカして自分が超絶地味に思えたり、知らないうちに高位貴族に無礼をはたらいていないか心配したりで挙動不審だった自覚があるけれど、ジャンヌに会えたことでようやく楽しむ余裕ができた。

 …確証はもちろんないけれど、彼女がいずれ日本に転生して小説家になる想像をして愉快な気分になる。そんなことを知らないジャンヌは嬉々としてベルナデッドたちの武勇を語った。

 「…奇襲にもひるまず、騎士の皆様は果敢に立ち向かったのよね!特に敏捷な動きで敵を翻弄したベルナデッド様、そしてその隣で息の合った戦いをしたリオネル様、騎士たち全体の動きを見てまとめられたというジェラール様…お三方とも新人騎士でありながら、素晴らしいご活躍だわ!個別に陛下からお褒めの言葉をいただくのも当然ね」

 (…縄跳びも、1ミリくらいは国防の役に立ったのかしら)

 「よく知ってるのね。戦場での様子がそこまで知れ渡っているの?」

 ジャンヌの妄想じゃないわよね…と思いながら聞くと、「ともに戦った騎士様がたから噂が広がったのよ。みんな知ってるわ」とのことだった。総司令官を捕らえたのは団長のスーリエ伯爵だが、その時に協力したのもベルナデッドたちだという。

 初耳だった。ベルナデッドの手紙は淡々としていて、自分の手柄を書き連ねてはいなかったから。

 …いつかの宣言どおり、ベルナデッドは本当に国を守ってくれたのだと実感する。

 やがてジャンヌの両親が呼びに来たので、また会うことを約束して別れる。私も別行動をしている両親を探そうかと思った時だった。

 「…イヴェット?久しぶり、今日はすごく綺麗だね」

 懐かしい声で名前を呼ばれて振り返り、私は礼儀正しく答えた。

 「クライン侯爵令息様、お久しぶりです」


 「そんなよそよそしい呼び方はしなくていいよ。ぼくたちは幼馴染みじゃないか」

 微笑むセヴランは相変わらず麗しかったし、盛装もあいまって王子様みたいだったけれど、なんだか少し疲れているように見えた。

 「婚約者であるベルトラン公爵令嬢様に失礼ですから」

 さりげなく首をめぐらせると、離れた場所でひときわ派手…いや華やかな装いのヴィルジニが取り巻きの令息令嬢に囲まれている。こちらには気付いていないようだ。

 「…学院で、ベルナデッド嬢と似たような会話をした覚えがあるな。あの時はイヴェットに悪いから、と言われた…あの頃は幸せだったな」

 (いくら疲れてるからって、この若さでつい最近のことを『昔はよかった』的に語るのはおかしくない?)

 公爵家での教育が厳しくて逃避しているのだろうか。幸せだったと言われても、それを手放したのはセヴランだ。

 そう思って見るせいか、セヴランが遠い目をしている。

 「きみが注いでくれた愛情がどれほど貴重なものだったのか、今になって実感しているよ。母上はヴィルジニ嬢に見初められて公爵家に入ることが幸せだと言っていたけれど」

 「そうですね。婚約者候補でなくなってから私は、クライン侯爵令息様の幸せを遠くから祈ることにしました。今もその気持ちは変わりません」

 「その幸せが公爵家にあるのかがわからなくなってきたんだ。ぼくの幸福は、誰よりも愛してくれる女性とともに生きることだったんじゃないかと…」

 「軽率な発言はしないほうがよろしいかと思います。公爵家の方のお耳に入っては誤解されてしまいますわ」

 (『愛する女性』じゃなくて『愛してくれる女性』なのよね…。しかもそれは『甘やかしてくれる女性』や『褒めて崇めて全肯定してくれる女性』という意味じゃないかしら)

 公爵令嬢のヴィルジニは周りにかしずかれることを当然として生きてきた。婿入りしてくる格下のセヴランをもてはやすことはなく、逆に自分の機嫌を取るべきだと考えているだろう。慣れない境遇に置かれて、セヴランが疲弊するのもわかる。

 けれど愚痴を言ったところで、ヴィルジニとの婚約を破談にすることはできない。セヴラン自身が『ぼくの幸福』と発言していたが、個人の幸福を追及するから結婚はキャンセルで!というのは貴族としてあり得ないのだから。

 そうなると私に言った台詞は、まるで愛人にならないかと誘っているように聞こえる。  

 本人はそこまで考えていないだろうけど、誰かに聞かれたら私の評判まで落ちてしまうだろう。

 (セヴランに対して冷静、というかずいぶん冷たいわね、私…。セヴランはきっと、昔のように私に話を聞いてもらって優しく慰めてもらうことを期待してるのよね。だけど…)

 「あの時クライン侯爵令息様が言ってくださったように、私もあれから自分の幸せを探すことにしました」

 セヴランが何か言いかけたが、私はセヴランの背後から近付いてきた人物しか見ていなかった。

 「ベル!」

 「イヴ、ここにいたのね!」

 黒い騎士服に身を包み、銀髪を高い位置で結い上げたベルナデッドがそこにいた。


               ◇ ◇ ◇


 「クライン侯爵令息様、ご無沙汰しております」

 そつなく挨拶はしたものの、ベルナデッドは内心舌打ちしたいような気分だった。

 (まだイヴが自分のことを好きだと思ってるんでしょうね。思わせぶりなことを言って惑わせようとしても、もう無駄なのに)

 「ベルナデッド嬢、戦場での活躍は聞いたよ。騎士一年目にしてこれほど輝かしい武勲、実に見事だ。…あなたの夫になる男は誇らしいだろうな」

 「ありがとうございます」後半は聞き流し、ベルナデッドはあっさりと礼を告げた。

 「ところで、ふたりは親しかったのか?愛称で呼び合うほど…まったく知らなかったから驚いたよ」

 「学院在学中から仲良くしておりますわ。戦場ではイヴがくれたお守りが心の支えでした」

 首元からロケットペンダントを出し、蓋を開いて中をセヴランに見せる。青いリルメラに気付いたセヴランは目を見開いたが、その反応に気付かないイヴェットが声を弾ませた。

 「ベル、ずっと身に着けていてくれたのね!」

 「もちろんよ」ベルナデッドがイヴに微笑むと、セヴランはさらに驚いた顔になる。

 …思えばセヴランの前で、ベルナデッドが柔らかく笑ったことはなかったかもしれない。

 そんなセヴランに向き直り、礼儀正しい笑みに切り替えてベルナデッドは言った。

 「式典が始まる前に、少しでもイヴと話したくて探していたのです。申し訳ありませんがイヴを連れて行ってもよろしいでしょうか?」

 「…あ、ああ。イヴェット、ベルナデッド嬢、いずれまた…次は、ゆっくり話がしたい」

 その言葉にはベルナデッドもイヴェットも明確に答えず、辞去の挨拶をすると壁際に向かってふたりで歩く。

 飲み物のテーブルでグラスを取りながら、ベルナデッドは先ほど声をかけてきたクライン侯爵夫人のことを考えた。

 女性でありながら剣を振り、それにセヴランを巻き込んでいたことで当時はかなり気分を害していたが、勲功を立てた今のベルナデッドにはずいぶん態度を軟化させていた。

 『隣国の軍を退けた、銀の戦乙女と呼ばれているそうね。幼い頃からの努力が実を結んだのだから素晴らしいことだわ』

 ベルナデッドにとって相当恥ずかしい呼び名を出した上、後半はセヴランに付き合わせたことに対する皮肉がこめられているかと思ったが、どうやら素直に称賛してくれているらしかった。

 それどころか『もしもあのままセヴランにも剣を与えて、騎士の道を進ませていたら…今日貴女とともに陛下にお声がけいただく未来も、あったのかしらね』などと言い出したのだ。

 危ないことはするなと言いながら、騎士の道を進ませるのは無理がある。騎士となった未来でなく、全貴族の前で陛下に褒められる名誉を与えたかっただけだろう。

 早く夫人から解放され、イヴェットを探したかったベルナデッドは曖昧な笑みを浮かべる。

 (…セヴラン様が公爵家で苦労しているという噂や、ヴィルジニ様の隣国での評判が最近伝わって来たことに関係ありそうね)

 セヴランの学院での成績は悪くないという程度だった。あまり勉強に身を入れることがなかったらしく、それでその成績だったのだから努力していれば上位も取れたかもしれないが、いずれ婿入りする先が格上だと思っていなかったため甘く見ていたふしがある。

 それが思いがけず公爵家に入ることになり、集中して勉強することに慣れていないセヴランは悪戦苦闘しているらしい。

 …そしてヴィルジニの婚約解消について、最近ひそかに囁かれている噂がある。

 どうやらヴィルジニも勉学が得意ではないようで、王子妃教育はなかなか進んでいなかったそうだ。破談になったのち帰国が許されたのも、教育が一般的な範囲までしか終わっていなかったからだと言われている。

 その上王太子の婚約者を目の敵にして、留学中に培った人脈で貴族令嬢たちを使い蹴落とそうとした疑いがあるというのだ。

 その真偽は不明だが、『あの方よりも、私のほうが王太子妃に相応しいと思うの』と親しい令嬢とのお茶会で発言したのは事実らしい。

 それが当時の王太子…現国王の不興を買った。それまでの行動に加え、ヴィルジニの立場としては軽率過ぎるその発言で婚約は解消されたのだ。婚約者だった王弟が穏やかな性格だったことで破棄はせず、詳細を公にすることもしなかった。

 王家と公爵家にはきちんと伝えられていたようだが、自国の令嬢の不名誉な行いは伏せることにしたようだ。だが隣国にしてみればあえて公にすることはなくとも、徹底的に隠蔽してやる理由もない。少しずつ話は漏れてきて、この国でも広がりつつある。

 (被害者ぶって怒ってみせた公爵も、娘の愚挙を隠すために必死だったということね。彼女が戦争の原因というわけではないだろうけど…隣国の侵攻に弾みをつけた存在ではあるのかしら)

 ヴィルジニの評判が落ちれば、そこに婿入りするセヴランも羨望の的ではなくなる。

 さらに夫人はかつてイヴェットを婚約者候補にしていた時に『恩人だから』と言い訳をしていた。そのせいで今になって『命の恩人であり候補のまま長い間待っていてくれた令嬢を捨て、高位の令嬢に乗り換えた』と噂されている。

 それだけなら貴族としては、感心できないが責められる話でもない。隣国の仕打ちに傷ついた令嬢に寄り添うことを選んだ、という美談すらなっていた…これまでは。

 今では噂をする人々が『まあ、そんな不義理をしてまで乗り換えた先が…ねえ』とひっそり笑い合うまでが一連の流れになっている。

 先ほどからヴィルジニを囲んでいる令息令嬢も、公爵家の分家の者たちだ。他家の貴族たちは遠巻きに見るばかりで、近付きになろうとすり寄る様子もない。

 着飾ってはいてもどことなく精彩を欠いた様子の夫人は、その後探しに来たクライン侯爵に見つかり連れて行かれた。今夜の主役のひとりであるベルナデッドはただでさえ目立つので、また誰かに引き留められる前にイヴェットの神秘的な髪色を見つけようと歩き出したのだった。

 「…やっと見つけて来てみれば…親子揃って今更な言動を」

 「なんの話?」イヴェットに聞かれ、ベルナデッドは首を振る。

 「気にしないで。…それよりヴィルジニ様がまた、軽率な発言をされたそうよ」

 「ヴィルジニ様が…?」

 「曰く『家格はひとつ落ちるけど、救国の英雄になると知っていたら彼のほうにしたのに』ですって。

 今日陛下にお言葉をいただくのはお父様、私、リオネルとジェラール先輩。その中で、未婚で男性でセヴラン様より家格がひとつ落ちるのは…ジェラール先輩よね?」

 イヴェットはそれを聞いて表情を曇らせる。「今更なにを…」

 (本当に誰もかれも、今更としか言いようがないわね)

 「思ったことをなんでも口にしてしまわれる、とっても素直な方よねぇ。公爵令嬢とは思えないくらいだわ。…例の三人組と気が合うのではないかしら」

 王都で社交をしている母親のおかげで、領地にいたイヴェットより戦地帰りのベルナデッドのほうがこうした情報を持っている。だが、学院で関わる羽目になった三人の令嬢がその後どうしているかは知らない。結局学院で婚約者は見つからなかったようだが、親が縁談をまとめたとしても情報が届くような相手ではないということだ。

 もしかしたらこの場に出席しているかもしれないが、さすがに近付いてくる度胸はないだろう。わざわざ確かめるつもりもない。

 その後はお互いの近況報告で盛り上がっていたが、王宮の使用人がそっとベルナデッドを呼びに来たので話は中断された。

 「いよいよね。ベルの晴れ舞台を見られるのが楽しみだわ」

 「リオネル…はともかく、ジェラール先輩もちゃんと見てあげてね。

 …ふたりとも、打合せがあるとかでお父様と一緒に控室にいて、会場に出てくる時間がなかったのよ。式典が終わったらみんなで会いましょう」

 ベルナデッドはイヴェットに笑いかけると、王宮の奥へと歩いて行った。

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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