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第58話:太閤、沈む──夜明けなき終焉
慶長三年(1598年)盛夏──
かつて「日吉丸」と呼ばれた一人の農民が、 日本を統べる天下人となった。
だが今、その天下人が、 静かに命の火を消そうとしていた。
伏見城、御座所の一室。
秀吉は床に伏し、かつての力強き姿はそこになかった。
肌は透けるように白く、目元の陰りは深く、 ナニワ──否、
すでに機能を停止した「NANIWA」も、 机の上で静かに横たわっていた。
「……ナニワ……おぬしが……おらんと……ワシは……」
声は掠れ、虚空に向けた言葉は、誰にも届かなかった。
石田三成、前田利家、毛利輝元──
秀吉が指名した「五大老」「五奉行」の面々が、 病床に集められた。
「秀頼を……頼む……」
か細い声が最後に残したのは、ただ一つ、 次代への託宣であった。
三成の顔に浮かぶ緊張。 家康の沈黙。
その場にいた誰もが、これが“終わり”だと悟っていた。
慶長三年八月十八日。
豊臣秀吉、没。
享年六十二。
その死は、天下の終わりではなかった。
だが、「夢の時代」の終焉であった。
炎のように燃え、風のように駆け、 猿と呼ばれた男は──今、静かに眠りについた。
辞世の句: 「露と落ち 露と消えにし 我が身かな ナニワのことは 夢のまた夢」




