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第57話:慶長の変──運命、交錯の兆

慶長二年(1597年)──


秀次の死の余波が、まだ世を震わせる中、

豊臣政権の中枢には、明確な分断の気配が広がっていた。


表向きは秀頼への忠誠を誓いながらも、

武断派と文治派の亀裂は深く、もはや修復不能な段階に達していた。


石田三成は、秀吉の晩年を支える中心人物として、

大坂城内での政務を牛耳る立場にあった。


しかし、七将と呼ばれる武断派の猛将たちは、

そのやり方を「理屈だけの支配」と嫌い、たびたび対立を起こしていた。


ある日、大坂城外で三成が襲撃を受けたとの報が走る。


加藤清正、福島正則、黒田長政らが、

私兵を率いて三成を討とうとしたというのである。


三成は命からがら、伏見城へと逃れ、家康の庇護を受ける。


徳川家康──

この男こそ、後に豊臣家の運命を大きく揺るがす存在であった。


「ふむ……己らで秩序を壊すか。ならば、我らが拾うまでよ」


冷静に情勢を見つめる家康は、

この機を、天下取りへの“転”と読んでいた。


そして、秀吉。


老いと喪失が折り重なった彼の身体は、

もはや、かつての覇気を取り戻すことはなかった。


「三成のことは、ワシの死後に……任せた……」


そう告げたその言葉が、政権の結末を暗示していた。


そしてこの年──

第二次朝鮮出兵(慶長の役) が再び始まる。


すべては、秀吉の夢の断片を追うかのように。


だがその夢の先に、待っているのは……

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