表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/61

第25話:三方ヶ原──甲斐の虎、天下に吼ゆ

元亀三年(1572年)冬──


信玄、動く。


「西へ行くぞ。京の都を、我が手に」


甲斐の虎・武田信玄は、長年の宿敵・上杉謙信と和睦を結び、 満を持して西上作戦を開始した。


その矛先は、織田信長の盟友である徳川家康が支配する遠江・三河。


信玄の狙いはただ一つ──京を押さえ、足利義昭を真の将軍に立て直すこと。


【布石──遠江への進軍】


信玄は、嫡男・武田勝頼らを伴い、 遠江へ向けて怒涛の進軍を始める。


信長は即座に対応。


藤吉郎は京にて情報収集と連絡の任にあたり、 ナニワを通じて信玄軍の動き、

兵糧・士気・補給線を分析する。


ナニワ『信玄本隊:三千余、秋山・馬場隊合わせて一万強。  

    進軍速度、想定以上。援軍到着間に合わず』


「家康殿が討たれれば、織田家の西がガラ空きになる……信長様、ここが耐えどころだわ」


【家康、迎撃す──三方ヶ原合戦】


12月22日。


徳川家康は、信玄率いる武田軍と遠江・三方ヶ原にて激突。


織田軍の援軍はまだ間に合わない。


兵力差、明白。


武田軍:約1万8000 徳川・織田連合軍:約1万1000(織田軍は少数)


「我が軍に恐れなし!信玄を討つは今しかない!」


しかし──それは罠であった。


信玄はあえて軍を退却させ、家康を誘い出し、 三方ヶ原の開けた野で迎撃。


徳川軍は大敗。


家康は命からがら浜松城へ逃げ帰り、 後に「しかみ像」と呼ばれる肖像を残すほどの屈辱を味わった。


【藤吉郎、背後の動きに奔走す】


藤吉郎は、武田の補給線を断つため、 信長の命を受けて美濃と尾張の街道、 さらに堺の物流を押さえにかかる。


ナニワ『信玄軍、寒波・兵糧不足・後詰なし。 西上続行は困難と予測』


「信玄の寿命……そこまで保たんやろ。  京を狙うてる間に、ワシらが国を固めればええ」


【信玄、病を得る】


三方ヶ原での勝利の後、信玄はなおも西進を試みた。 しかし、その途中、病に倒れ、 西上作戦は頓挫。


翌・1573年、信玄は遠江・駿河の境で病没。


甲斐の虎、ここに静かに生涯を閉じた。


「時が、味方した……いや、信玄は死んでも、  その牙はまだ消えとらんで」


藤吉郎は、勝頼の動きに目を光らせつつ、 天下への道をまた一歩踏み出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ