第16話:誉れ高き猿──ほうびと美濃の新秩序
岐阜城、城内大広間。
朝日が障子越しに差し込み、戦の煙を静かに洗い流していた。
床の間には、金箔を貼った座敷屏風。
その前に、織田信長が座していた。
その眼前に、膝をつくひとりの男──木下藤吉郎。
「見事であった」
信長の声は静かで、しかし確かな力を含んでいた。
「南門の制圧、城内突入、混乱誘導……いずれも軍略として非の打ち所がない。
まさに“猿知恵”というやつか」
「──身に余るお言葉でござります」
藤吉郎が頭を下げる。
傍らで控える柴田勝家や佐久間信盛たちが、無言で頷いていた。
「これより、美濃の地の再建を進める。おぬしも、手を貸してくれ」
「もちろんですとも! いっちょやらせてもらいますわ!」
「それと──このたびの功績により、特別に褒美を与える」
信長が懐から取り出したのは、小さな瓢箪。
「この“千成瓢箪”、馬印として掲げることを許す。おぬしの武勇、これにふさわしかろう」
藤吉郎は驚きに目を見開き、そして深々と頭を下げた。
「ま、まことに光栄の至りでございます!」
その日を境に、木下藤吉郎の名は、織田家においても確かな“武将”として知られるようになった。
数日後。
藤吉郎は、ナニワの助言を受けながら美濃の再建に奔走していた。
・略奪された村々への支援物資配給
・農地の地形分析と水利調整
・簡易市場の設置と自由商の招致
・廃寺の修繕による公共事業雇用
「領民あっての国だでなあ。みんなが腹ふくれて、笑える国にせなかんわ」
そう口にしながら、藤吉郎は戦国の常識をひとつずつ打ち破っていった。
ナニワ『領民満足度、向上中。風評:"尾張の猿は、米まで実らせる"』
そして、岐阜城下の民の間には、こんな言葉がささやかれるようになる。
「この国には、未来がある」
この頃、藤吉郎の屋敷には、すでに夫人・ねねの姿があった。
桶狭間の戦い直後、信長の家中にあって徐々に頭角を現し始めた頃──
まだ木下の姓を得たばかりの若武者と、 その彼を支える、気丈で賢い妻。
「まーた朝から泥だらけで戻ってきて……」
「今日は水路の整備やっとったんだわ。村ん中のもんが助かるようにな」
「ほんなら、風呂は後回し。先にこの書状読みなさい。今朝だけで三人も陳情に来てるのよ」
「……ナニワより手ぇ早いやないか、おまえさんは」
「当然でしょ。こっちは未来の名武将の妻やもん」
そんなやりとりを交わしながら、ふたりの絆はさらに深まっていった。




