第13話:美濃決戦前夜
美濃の空が、重く沈んでいた。
雷鳴を孕んだ雲が、斎藤家の岐阜城を包み込むように垂れ込めている。
その城を見下ろす丘の上に、信長の軍が集結していた。
槍を磨く音、馬のいななき、火打石の火花──静かな緊張が、陣を満たしていた。
「……いよいよか」
藤吉郎は、軍略図を広げながらつぶやいた。
隣に立つ竹中半兵衛は、静かに頷く。
「斎藤龍興の軍勢、およそ一万五千。織田軍は一万二千。
兵力では劣るが、士気・機動力・地の利、いずれも我らに分がある」
ナニワ『敵軍配置予測:南口の守備が薄い。突撃ルート乙提案』
藤吉郎は笑った。
「ナニワもおるしな。百戦百勝や」
「……勝ち戦におごるな。勝ちは、一手の読み違いで崩れるものだ」
「心得とるわ。でも、半兵衛、おぬしが味方やったら、
勝ち戦になる確率が十倍に跳ね上がわ」
半兵衛は微かに笑い、扇子で軍図を指す。
「斎藤軍の参謀、長井道利は慎重な男。正面突破には乗ってこない。
だが、斎藤龍興の気質は逆。 奇をてらいたがる傾向がある……
ここで我々が敢えて“凡手”を選べば、奴は勝手に深追いする」
藤吉郎は目を輝かせた。
「おぉ……なるほどな、わざと“失敗”するフリをして誘い込む、ってこったな」
「そうだ。そして本命は、こちら──南口からの“奇襲別動隊”だ」
ナニワ『奇襲成功確率:84%。奇襲部隊推奨指揮官:木下藤吉郎』
藤吉郎はぐっと拳を握った。
「……任せときゃ。必ず、岐阜の門を開けさせたるわ。」
その夜。 陣営の灯が揺れる中、信長は静かに兵を見つめていた。
「猿……あやつ、明日はまた何か仕出かすだろうな」
濃姫が傍らで微笑む。
「仕出かしてこそ、あの男ですわ。
猿が戦を舞う──見ものにございます」
そして、夜が明ける。
美濃決戦の火蓋が、いま、落とされようとしていた。




