第12話:三顧の礼、軍師を口説け
美濃潜入から十日が経った。
竹中半兵衛──あの書庫の奥に潜む天才軍師は、依然として斎藤家の一角に身を置いていた。
藤吉郎は焦らなかった。
いや、焦っても意味がないと知っていた。
ああいう男は、力や言葉で動くものではない。
必要なのは──“熱”だ。
その熱意の背後には、信長の言葉があった。
「藤吉郎よ、あの竹中という才子。あやつを我が軍に迎え入れよ。
戦は刀ばかりで勝つものではない。知恵もまた、刃なり」
「かしこまりました。必ずや、信長様の元に引き入れてみせます」
藤吉郎は、再び半兵衛を訪ねた。
だが、返ってきたのは
「本日は多忙につき、取り次ぎいたしかねます」
という、あっさりとした断り。
ナニワがこっそりつぶやいた。
『現在の関心指数:41%。感情動機による揺さぶり推奨』
藤吉郎は鼻で笑った。
「……ま、最初から一回で済むと思っとらんかったわ」
翌日。
手土産に美濃名産の乾干柿と尾張の酒を提げて、再び門前に立つ。
「殿、またですか」
門番の若侍が苦笑交じりに応じる。
「……よう飽きまへんな」
「わしら商人はな、三度目の取引で真価が問われるんだわ」
「……今日もご遠慮なさるそうで」
ナニワがまたささやく。
『反応に微弱変化。関心指数:53%。継続接触で転換の可能性あり』
藤吉郎はうなずき、
「まぁええ。次が“本番”だわ」
とつぶやき、その場を後にする。
三日目。
今度は何も持たず、ただ一人で門前に立った。
門番が首を傾げる。
「今日は……手ぶらで?」
「うん。伝えてくれんか。“木下藤吉郎、ただ会って話がしたいと申しておる”とな」
待つこと十数分──
門の奥から、見知った面が現れる。 竹中半兵衛。
「……よく三度も通ったな」
「そら、“三顧の礼”ってのは昔からある流儀だもんで。ワシ、ちぃと中国の本読んだんだわ」
「ふふ、猿にしては賢い猿だ」
「ほめ言葉として、頂戴しとくわ」
茶室。
藤吉郎は真っ直ぐに半兵衛の目を見つめた。
「お主、今の斎藤家に未来はあると思うか?」
「ない。 だが、だからといって信長がすべてではない」
「そう。 そうだけどな、信長は“風”を起こせる。旧きを壊して、新しきを創る男だもんで。 お主のような才が、もしもその風を読み、背を押してくれたら……その先の景色は、今とはまるで違うだろ」
「……」
「わしは猿や。けど、未来を変えたい猿や。 ナニワ──見せたって」
『投影開始──未来の日本、明治維新、技術革新、統一国家のビジョン(限定イメージ)』
半兵衛の目が揺れる。
「……夢物語だ」
「だろ。夢や。だけんども、その“夢”に向かって歩けるかどうかが、今の分かれ道やと思わんのか?」
沈黙ののち、半兵衛は静かに茶をすする。
「……その夢、見てみたくなった」
「ほな、仲間だが!」
こうして、竹中半兵衛は織田家の影の軍師として、その第一歩を踏み出した。
戦国最大の知恵者が、未来の猿と手を結んだ夜──
歴史の歯車が、確かに音を立てて回り始めた。




