第10話:猿が軍師になった日
墨俣砦の完成と防衛
──その知らせは、あっという間に尾張中を駆け抜けた。
信長の家臣団は驚きと困惑、そして一部には嫉妬の色を隠せなかった。
「たかが元農民の小者が……」
「猿め……いや、あれはただの小賢しい奴ではないぞ」
だが、信長本人の評価は明確だった。
清洲城の本殿。
戦後の報告に集まった家臣たちの前で、信長は堂々と宣言する。
「木下藤吉郎──墨俣砦の築城と防衛、見事であった。
おぬしの策と行動、そして未来を読むその目。まさに、我が軍の“知恵の刃”よ」
藤吉郎は深く頭を下げた。
「身に余るお言葉……ただ、城を守れたのは皆の力のおかげです」
「謙遜するな、猿」
その一言に、場が静まり返る。
「……さ、猿……でございますか?」
「うむ。以前も軽くそう呼んだが、これより正式におぬしの渾名とせよ。
おぬしの動き、賢さ、要領の良さ──まるで猿じゃ。
だがな、ただの猿ではない。戦場を駆ける智の猿だ」
藤吉郎は一瞬戸惑ったが、次の瞬間には笑みを浮かべて頭を下げた。
「ありがたきお名、頂戴いたしまする」
『称号記録:Saru(猿)──正式認定:Oda Nobunaga/用途:親愛混じりの命名』
その夜。
濃姫が信長の私室に訪れた。
「猿……良い名ね。貴方にしか似合わぬ呼び方」
「ふん、あやつなら“猿”も名誉だろう。
知恵も度胸もある。道三の娘のおぬしも、気に入ったろう?」
「ええ。……父に似ているわ。泥を恐れず、毒をも恐れず、未来を見据える目。
それに、何より──人たらし」
信長は鼻で笑った。
「さて、次は“本丸”だ。美濃の義龍、奴の懐を崩す」
その翌朝。 藤吉郎は密かに濃姫に呼ばれ、密命を受ける。
「藤吉郎。……いえ、これからは“猿”と呼ぶべきかしら。
貴方には、美濃城下で“風”を起こしてもらう。
情報、動揺、離間。 戦う前に、勝つ準備を整えてちょうだい」
「了解しました。 ナニワ、わしらの出番やがね」
『新任務受領:美濃攻略作戦/段階一:情報攪乱、離間工作、勢力分断』
こうして“猿”は、武将としての道を歩み始める。
織田信長の知恵の刃として──
そして未来から来た“目”と共に、日本の歴史を変えてゆくのであった。




