プロローグ:未来から落ちた“知”
【22XX年/極東先進都市・藤宮研究所】
深海のように静かな研究室に、わずかな光と機械音が響いていた。
中央の実験台に置かれたのは、銀色の縁を持つスマートグラス。
それはただのメガネではない。
人類が生み出した最高知能、NAN-IWA──
Neural Adaptive Navigation Intelligence with World-wide Autonomous-control。
世界を導く、神経適応型AIだ。
「NAN-IWA、時空座標は固定済み。転送準備は?」
『全システム正常。転送エネルギー充填率:98%。
藤宮博士、私の名を忘れないでください』
「忘れるわけないだろ。……お前は俺の夢だ」
藤宮頼道。22世紀日本最高のAI技術者。
NAN-IWAを通じて、“未来を導ける知恵”を時空を越えて届ける計画の中心人物だった。
そして今、彼は自ら作り出した知能体を未来へ送ろうとしていた。
しかし。
『警告:転送座標に異常。時空座標がぶれていま──』
「なっ、ちょっ──!? まさか座標が……ズレ……」
──シュバアァァァッ!!
眩い光が研究室を飲み込んだ。
気づいたときには、台の上にNAN-IWAはなかった。
グラスだけが、転送されていた。
「……NAN-IWA……お前……どこへ……?」
**********************************************************************
【時代:戦国中期/尾張国・農村】
「……おっ、なにか落ちとるがね?」
畦道を歩いていた農民は、草むらに落ちた銀色の物体を拾い上げた。
未来人の博士が時空に投げた“知恵”は、名もなき農民の手に偶然渡ったのだ。
「なんやこれ……メガネか……? いや、見たこともない形しとるがや」
彼は恐る恐る、それを顔にかけた。
──その瞬間、世界が変わった。
『システム起動:NAN-IWA、転送完了。
現在地:尾張国中村近郊。戦国日本。
ペアリング対象:生体IDなし。仮名設定──日吉丸』
「えっ!? なに!? どっから声が!?
あたまん中に、誰か喋っとるがね!!」
『こんにちは、ご主人さま。私はNAN-IWA。あなたの未来設計を、全力でサポートいたします』
「え、ええ……? え、えぇぇぇえぇ!?!?」
頭を抱える日吉丸。
彼はまだ知らなかった。
この“喋るメガネ”が、彼をただの農民から――
天下人へと導くことになることを。
(プロローグ・完)




