第一の書「蒼龍館」
「うわぁ……写真よりも雰囲気あるぅ~!
なんか出てきそう……!」
ミコネは荘厳な城館を見上げた。
蒼龍館――――かつては採掘業で栄えたこの地方にて、鉱山主が巨万の富を注いで完成したとされるゴシック様式の洋館は、さながら時代を超えた”墓標”のように山間部に根を張っている。
木々にただよう濃霧を裂いて見えたのは、夜空よりも黒々とした切妻屋根と、天を突くように伸びる尖塔だった。石灰質の外壁を丸く切り取ったような物々しいステンドグラスが一同を見下ろしていて、まるで少女たちが館に足を踏み入れるのを拒絶するような雰囲気を醸成していた。
一同の中から、緑髪の少女が前に出る。
周囲の鬱蒼とした森の中では、一際、妖精めいて艶やかに見える麗しい乙女――薄緑がかった色素の薄い透明感のある髪を高い位置で結んだツインテールは、柔らかな絹糸のように揺れていた。
「まったく、何ビビってんのよ。
それでも怪異撃滅クラブなの、アンタ?」
制服越しでもわかる瑞々《みずみず》しい曲線美を誇るプロポーションと、人形のように整った顔立ちは、どこに出しても恥ずかしくない文句なしの美少女である――ただし、その完璧な外見に反して口調は刺々しい。
うっすらと潤いを見せる桜色の唇が小悪魔的に歪む。
「あいつの腰巾着にしては、大したことないわねぇ」
榎木田セラ。
怪異撃滅クラブの部員であり、部員の中では唯一の上級生(二年生)。
セラの詰問に、ミコネはあわてて釈明する。
「あ、あたしは帰宅部ですからッ!」
「……そういや、そうだっけ?
ま、いいや」
黒まつ毛にふちどられた吊り目の視線を滑らせて、セラはミコネのかたわらに立つ銀髪の少女へとターゲットを移した。
「殊能ヨミ!
今回の怪異はねぇ、文句無しのS級よ。
いくらアンタでも……
簡単に撃滅できるとは思わないことね」
「……ミコネ。おなか空いた、かも」
「ここまで遠かったもんねえ。
ヨミちゃん、グミ食べるー?」
「ん、食べる……!」
「って、ごらぁ! アタシを無視すんなッ!」
ワァワァと一同が騒いでいると、重厚な扉を開けて痩身の男が現れた。時代がかったランタンを手にした男は、少女たちに頭を下げる。
「お待ちしておりました。わたくし、執事の松田でございます。主より、皆様を丁重に迎えよとの命を賜っております」
松田と名乗った男に、それぞれ自己紹介をする。
「殊能ヨミ。
怪異撃滅クラブ、部長……」
「無明マツリ。
怪異撃滅クラブでゴザル!」
「榎木田セラ。
一応、怪異撃滅クラブってことで。
……で、後はオマケだから気にしなくていいわ」
――ひどい、スキップされた!
松田に案内されて蒼龍館に足を踏み入れる。
館内は外気より冷えており、初夏とは思えない肌寒さを感じさせていた。
赤絨毯が廊下の奥へ、奥へと続いている。
「まずは客室をご案内いたします。
あいにく、人数分までは御用意できませんでしたので、相部屋となりますが」
「何よ、他にも来客がいるの?」と、セラ。
「例の書が外部に公開されるのは、今回の催しが初めてでございますので」
セラと同じ部屋に案内され、荷物を下ろした。
アンティーク調のいかにもな雰囲気の部屋だ。
「セラさんと二人きり、ですか……」
「あん? 文句あんの?」
セラは荷物から分厚い事典のような本を取り出す。
革表紙をパラパラとめくると、古書特有のすえた匂いが漂った。
「さぁて、お手並み拝見といこうじゃないのよ。
この蒼龍館にあるのが本物の『ウイチグス呪法典』だとしたら……今度こそ、あの殊能ヨミに引導を渡して、オカルト研究会を取り戻せるかもしれないんだから……!」