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怪異撃滅クラブ  作者: 秋野てくと
第二章「足を奪う超高速上半身疾走女霊『くれくれさん』」
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第四走者「無計弁舌」

パァン――!と、

夜の住宅街に炸裂音がこだまする。


迫り来る上半身だけの怪異――

『くれくれさん』はバランスを崩し、

手に取った鎌を取り落としながら蛇行した。


「ええーーーッ!?」

(何!? マツリちゃん、何をしたのー!?)


ミコネは叫び声をあげる。

無明むみょうマツリはミコネを抱きかかえたまま、跳躍。


「――――ッ!」


『くれくれさん』を回避すると、

着地と共に背後から鈍い衝突音が響いた。



ガッシャアアアアン!



「わわッ!」


ミコネが振り返ると、

薄暗い闇の先で女が電柱に激突していた。


「あれ……大丈夫かなぁ?」


「どうやら、気を失ったようでゴザルな」


気絶した女の人が乗っているのは――


「……じ、自転車ッ!?」


「左様。先ほど、拙者は摩利支天まりしてんの九字切りの動作にまぎれさせて地面にマキビシをまいていた。『くれくれさん』に化けた犯人が自転車を使っていると、キーワードでヨミ殿が教えてくれていた故、対応することができたわけであり――さっきの音は、自転車のタイヤがマキビシを踏んで破裂した音でゴザルよ」


「なんで九字切り(?)にまぎれさせる必要があるのかはわかんないけど……マツリちゃん、さすがだねッ!」


にん。無明流忍術の面目躍如でゴザル」


マツリは抱えていたミコネを降ろすと、

いそいそと地面のマキビシを回収した。


ミコネは中断していたスマホの通話を再開する。


「もしもし、ヨミちゃん!

 あのね、たった今、犯人に襲われて……」


「……そう、だったの。

 ごめんね、ミコネ。

 今は遠くにいるから、助けに行けないかも」


と、言いながら――後ろで同じ声がする。



「私、メリーさん。

 今、ミコネの後ろにいるの……」



「ひゃあああッ!」


「ミコネ。夜中に叫んだら、近所迷惑……かも」


ミコネの背後にいたのは――


「ヨミちゃん!?」


そう、殊能しゅのうヨミだった。

さらさらとした銀糸の髪が月の光を受けて輝いている。


「メリーさんというのは、嘘。

 私だよ」


「なァんで、ヨミちゃんがここにいるのー!?」


ヨミは両手で忍者のような印を結んだ。


「びっくりさせたくて……」


「シンプルすぎる理由だねッ!?」


「おおっ、サプライズニンジャ理論でゴザルな!」


でも、ヨミがいてくれて安心したのは確かだった。


「ヨミちゃん、推理の続きを聞かせて!

 あの自転車……何か、変わった形をしてるみたい」


ヨミはうなずき、その自転車の名を告げた。


()()()()()()。通常の自転車とはちがって、仰向けに寝そべってペダルをこぐタイプの自転車――だから、車高が低くなる」


「車高……そっか、守衛室の窓ッ!」


ミコネは聞き込みのときを思い出す。


犯人の逃走ルートにあった守衛室の窓は高めの位置にあり、腰より下の高さが見えない構造になっていた――車高が極端に低い自転車を使えば、目撃されずに通過することができたのかもしれない。


「けど、あんな形をした自転車……

 ちゃんとしたスピードが出るの?」


「上り坂では立ちこぎが出来ない分、普通のロードバイク(競技用自転車)よりはスピードが劣るけど――平地や下り坂なら、それ以上のスピードが出る。空気抵抗が少ないし、足でこいだ反作用をそのまま背中で受けることができる構造……かも」


「意外ッ! そうなんだッ!?」


マツリがタブレットで検索した情報を共有する。


「なるほどぅ。人力走行による世界最速記録を保持しているのは特殊な改造を施したリカンベントである――という記事も出てきたでゴザル。拙者は寡聞かぶんにして知らなかったでゴザルが……まったく、ヨミ殿は博識でゴザルなぁ」


「あれ? でも……」とミコネが疑問を呈した。


電柱に激突して失神した女の人。


「(薄暗くて、よく見えないけど……)」


こうやってまじまじと見れば、

『くれくれさん』の正体が、

「自転車に乗った人間」だとはわかる。


車高が極端に低いために、

まるで地面を這っていたように見えた――。


「でも、どうして……さっきは自転車や下半身が見えなかったんだろ? 寝そべって自転車をこぐために、ペダルを踏む足を前方に突き出してたはずだよねッ!?」


ヨミは銀髪で隠れた片目をのぞかせた。

怪異撃滅の構えを取る。



「……ブラックアート」



ヨミが指差すと、

月光がサーチライトのように自転車を照らす。


――瞬間。


ミコネの目にも、トリックの正体が明らかになった。

そこにあったのは――真っ黒な自転車!


「あれって――!」


()()()()()()()。犯人は自転車のフレームも、ペダルも、チェーンも、いずれも黒く塗っておくことによって、夜目では判別できないようにしていた。服装もそう、下半身のコーデを黒に統一していた――だから上半身しか見えなかった」


黒は闇に溶ける。

白は光を反射する――


ミコネは用務員のおじいさんの証言を思い出した。



☆☆☆


「用務員のおじいさんも、ずっと前に『くれくれさん』を見たことあるんだって。夜遅く、暗闇の中で島令高しまれいこうの制服を着た女子が、上半身だけでプカプカって浮いてたって話ッ!」


☆☆☆



島令女子高等学校の制服は――

淡い藤色のリボンに、

白色のオーバーブラウスに、

丈の長い黒いスカートが特徴――だった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「もしかして、あの学校で大昔から『くれくれさん』のウワサがあったのも、理由は同じなの……!? ヨミちゃんの言うブラックアート。『丈の長い黒いスカート』だけが夜の闇に溶けることで、上半身だけの幽霊が浮いているように見えた……ッ!」


ヨミは猫のように首を丸めた。


「その可能性は高い、かも」


そうなると、犯人は限られる。


「犯人は『くれくれさん』の正体が島令高の制服を着た女子高生だと気づいたことで、ブラックアートのトリックを応用して怪異になりすましていた。っていうことは、犯人は島令高のウワサに詳しい人で……島令高内部の人間……つまり、リリちゃんを快く思ってなかった、陸上部の生徒ってことッ?」


ミコネの頭に浮かんだのは、

リリに悪態を吐いていた五味ごみマドカだった。


「違うよ、ミコネ」とヨミは言った。


マツリが用心深く犯人に近づいていく――

一方で、ヨミは犯人の正体を解き明かす。



「女子高生の制服を着た女が、

 女子高生とはかぎらない」



えっ――


「それって、どういう」


「ミコネ殿! 犯人がわかったでゴザル」


マツリが気絶した犯人のカツラを外すと、

長髪に隠されていた犯人の素顔が明らかとなった。


古壱ふるいち……レイコ先生ッ!?」


そこにあったのは陸上部顧問の顔だった。

ヨミは犯人を見つけた根拠を語る。


「リカンベントの運転方法は独特で、習熟するには訓練が要る。ましてや走行中に片手で鎌を振るって襲うような芸当は、困難。五味ごみマドカのように陸上一本に打ち込んできた高校生には不可能……かも」


「そういえば……

 レイコ先生は自転車部の顧問もしてたッ!」


リカンベントに関する知識は、そこで得たのだろう。

ヨミはノートPCの画面を開いた。


「学生時代のレイコが自転車競技の経験者だったことも、調べがついたよ。それ以前は陸上選手だったみたいだけど……もしかしたら何かがあって……陸上から自転車競技に転向したのかも」


怪異の皮を被った人間が暴かれ、

その幻想は撃ち滅ぼされた――

パトカーのサイレンが遠くに聞こえ始める。


ヨミは髪の毛をもてあそぶ。

しろがねの瞳が闇を映し、

銀色のカーテンの奥から犯人を射抜いた。


これは事件の終わりを告げる合図。



怪異模倣案件モキュメント――

撃滅完了ディセクト



――そして、後日のこと。


夕暮れの歩道橋にて。

スマホを手にしたミコネが笑顔を見せる。


「マツリちゃん、見て見てッ!

 リリちゃん、今日から陸上に復帰するみたい!」


ミコネが手招きして、

隣にいたマツリが画面をのぞきこんだ。


「おお、それは朗報でゴザルなぁ!」


顧問であるレイコが逮捕されたことで、

島令高の陸上部では「色々」あったらしい。


居づらくなった先輩たちが練習をボイコットしたり、

そのしわ寄せが一年生に向かったり、とあったようだが。


「”絶対、見返してやるから”って。

 がんばってほしいな……うん!」


レイコはリリを攻撃する陸上部員たちのストッパーを演じていたが、それは表向きの話。詳細はわからないままだけど――実際には教師の立場を悪用し、部員たちをあおり立てて、リリの陰口を言うような空気を作り出していたらしい。


誰よりもリリに対して悪意を抱いていた――

それがエスカレートしたことによる犯行だったようだ。



怪異模倣案件モキュメント』の構成要素は示された。

悪意は『リリへの害意』、

手段は『リカンベント』、

「魔」となった存在は『くれくれさん』。



島令高という特殊な環境で生まれたウワサが、

怪異になりすます犯罪者を生み出してしまった。


ミコネは歩道橋の欄干にひじを置く。


「リリちゃんが立ち直って良かったけど!

 今回も、ホンモノの怪異はいなかったんだね……」


「ミコネ殿は、怪異が大好きなのでゴザルな」


「うーん、どうなんだろ?」


大好き――と言われると違う気もして。


「いつからかな――

 怪異……と聞くと目が離せなくなるんだ。

 どうしても気になるんだよね、この手のウワサが」


以前は、そうじゃなかった気がするけど。


ミコネは怪異のウワサをよく見つけてしまう。

これは趣味というよりは本能だ。


「ウワサを見つけたら、ヨミちゃんに持っていく。

 いつからか、それが当たり前になっちゃって!」


けど、怪異撃滅クラブに持っていくと――

そのたびに、ヨミは持ち前の頭脳で撃滅してしまう。


怪異ならぬ『怪異模倣案件モキュメント』だと示す。

神秘の衣を解体して、

怪異など存在しないと、撃ち滅ぼしてしまう。


「ふふーん」と、上機嫌そうにマツリは言った。


ミコネは振り返る。


「マツリちゃん?」


そこには訳知り顔でほほ笑むマツリがいた。


「いや何、拙者は忍者であるからして。忍者とは「刃」の下に「心」を忍ばせるもの、そこには決して私心などは無く。拙者が怪異撃滅クラブに助力するのは、あくまで部長であるヨミ殿に拙者が仕えているからでゴザルが」


「ええと、ヨミちゃんが主君……なんだっけ?」


「左様。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()、ヨミ殿が怪異撃滅クラブを設立した理由については――実は不明だったのでゴザルが。だんだんとわかってきた気がするでゴザル。ヨミ殿が、なぜ怪異を撃滅したがるのか」


「ヨミちゃんが、怪異を撃滅する理由?」


「ミコネ殿は怪異の話になるたびに目を輝かせる。

 ついつい、熱中してしまう。

 頭の中がいっぱいになってしまうと――」


マツリは歩道橋の欄干にひじを置き、

ミコネと並んで夕焼けの空を仰いだ。


「怪異に夢中で、首ったけなミコネ殿。

 きっと、ヨミ殿はそれが面白くないのでゴザルなぁ」


「え、どうしてヨミちゃんが面白くないの!?

 ひょっとして――

 私が持ってくる話、そんなにつまらないかなッ!?」


「いやいや、そういうことではなく。

 つまりでゴザルなぁ、ヨミ殿は大好きなミコ――」


そこまで口にした瞬間、背後から氷のような声。


「……マツリ」


まぶたを半分閉じたヨミが、二人の後ろに立っていた。

マツリはサッと居住まいを正す。


「ヨ、ヨミ殿ッ! たはは、拙者に気取らせずに背後を取るとは、流石は我が主君と言ったところでゴザル……!」


「不意を打ってみた。

 サプライズニンジャ理論、かも」


ミコネは首をかしげた。


「サプライズニンジャ理論って、なんなの?」


「ニンジャをびっくり(サプライズ)させると、

 楽しいよ……という理論だよ、ミコネ」


「へぇーっ!」


「そんなことよりも……。

 マツリは忍者のくせに、おしゃべり過ぎ、かも」


ヨミは片目を隠すように腕でポーズを取る。


「忍者って。

 よく考えたら怪異みたいなもの……かも。

 撃滅してもいい?」


「せ、拙者は怪異では無いのでして……

 ミコネ殿! ヘルプ、ミーでゴザル!」


哀れな声で助けを求められ、

ミコネはあわてて割って入った。


「よくわかんないけど、ヨミちゃん、タンマッ!

 マツリちゃんは撃滅しちゃダメだから!

 怪異撃滅、中止ぃーーーッ!」


あらゆる怪異が科学で撃滅される、

この令和の時代でも――

忍者は依然として実在する。


無明むみょうマツリは現役の忍者――

怪異撃滅クラブの頼れる部員なのだった。



★★★



怪異撃滅クラブの部員は三人いる。

(帰宅部のミコネを除くとして――)


一年生で、部長の殊能しゅのうヨミ。

同じく一年生の無明むみょうマツリ。


残る一人は、唯一の()()()



赤煉瓦の本館と向かい合う旧・部室棟。

誰も近寄らない薄暗い一室の前。


 怪 異 撃 滅 ク ラ ブ


手書きの厚紙が剥がれて、下からプレートが見える。


 オ カ ル ト 研 究 会


地に落ちた厚紙を拾うツインテールの少女は、

くくくっ、と忍び笑いを漏らした。



「待ってなさいよ、殊能しゅのうヨミ。

 この世には撃滅できない怪異があるってことを……

 先輩として、アンタに思い知らせてやるんだから」




Episode.Ⅱ…KUREKURE-SAN End.

Next.Episode.Ⅲ…⇒WICHIGUS GRIMOIRE⇒

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