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怪異撃滅クラブ  作者: 秋野てくと
第二章「足を奪う超高速上半身疾走女霊『くれくれさん』」
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第三走者「摩利支天修法・九字護身法」

ミコネとマツリは陸上部で聞き込みをしてから、

その足でダイア―記念病院に向かった。


白い廊下に、ゴム底のスニーカーが小さく鳴る。


「ここが手計てけいリリちゃんの病室、だね」


コンコン、とノックして入っていく。


「……どうぞ」


入室してすぐ、二人は張りつめた空気を感じ取った。


ベッドの少女――リリは、

見舞客に対して露骨に興味を示さずにいる。


「こんにちは!

 あたしは御簾川みすかわ高校の玄野くろのミコネです!」


「同じく、御簾川高校一年生。

 怪異撃滅クラブの無明むみょうマツリでゴザル」


自己紹介を終えても、リリは視線を窓辺に向けたまま。

ややあって、低く乾いた声が落ちる。


「……私の”自作自演”の話を聞きに来たわけ?」


ミコネは「ううん、違うよ!」と呼びかけた。


「あたしたちは、リリちゃんを助けたくて……」


リリは肩をすくめた。


「怪異撃滅クラブ――あなたたちなら、もう聞いてるんじゃない? 私が陸上を辞める口実に『くれくれさん』のウワサをでっち上げたんじゃないか、って話。……練習嫌いのなまけ者が、ってさ。わかってるよ、馬鹿みたいな話だってことくらいは。幽霊なんて……いるわけないもんね」


その言葉とは裏腹に、

包帯が巻かれたリリの足は震えていた。


ミコネは陸上部での聞き込みを思い出す。



☆☆☆



島令高、陸上部の部室にて。

陸上部の部員たちから聞き込みをすると――


「ったく、あんな子が部にいるなんて最悪でしょ」


陸上部三年生の五味ごみマドカは、

日焼けした腕を組み、吐き捨てた。


「練習サボってタイムだけ出されちゃ、

 真面目にやってる私たちがバカみたいじゃん」


ミコネは眉をひそめるも、

マツリは柔らかな口調で証言を促した。


「そうですわね……ところで、マドカ様は『くれくれさん』についてはどう思いますの? リリ様が目撃したという――」


「地面を這いずって走り回る幽霊、ってやつ? バカじゃないの、そんなヤツいるわけないし。どうせ、あの子の自作自演なんじゃないかしら。大会予選も近づいてきたし。足の怪我を理由にして、陸上を辞める口実にしようって腹じゃないの?」


そこへ顧問こもんの先生が現れる。


「マドカさん、言葉が過ぎるわ。

 自作自演だっていう証拠も無いのよ。

 本当に不審者に襲われてたら、どうするの?」


「でも、レイコ先生!」


「君の努力は認めてるわ。陸上一本にかけてきた、その思いは本物だと思う。だからこそ、仲間を悪く言う前に、まずは自分の走りに向き合いなさい」


古壱ふるいちレイコがさとすと、

マドカたちは練習の準備に戻っていった。


「ところで」と、レイコはミコネたちに向き直る。


「私は陸上部の他に、自転車部の顧問も兼任しているのだけど。もしかして、ウチの部員を怖い目にあわせた『見かけない顔の二人組の生徒』って、あなたたち……?」


ヤバい。ミコネとマツリと顔を見合わせる。

ミコネはあわてて逃げ出すことにした。


「し、失礼しましたーッ!」



☆☆☆



回想を振り返るミコネ。


陸上部の部員たちは、リリの証言を自作自演――

つまり怪異をでっち上げた「狂言」だと思っていた。


ミコネはそっと進み、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。


「リリちゃん。

 あたしは信じるよ、リリちゃんの話ッ!」


リリはミコネと向き合った。

彼女の瞳がわずかに揺れる。


「……どうして?」


「えっ」


「どうして、信じてくれるの?

 みんなが私の話を疑うのに……」


どうして、と問われて。

ミコネは言葉に詰まった。


マツリはパイプ椅子を持ってきて座る。


「リリ殿は100メートルで12秒台を切る陸上部のエース。そんなリリ殿に追いついて、鎌で切り付けるような怪異――自作自演の嘘にしては荒唐無稽が過ぎるでゴザル。リリ殿は自分の走力を誰よりも知っているはず。そんな作り話をしても、誰も信じるわけがないことも。だとしたら、それは嘘ではなく」


マツリは手で印を結んで言った。


「そんな荒唐無稽を実行できる”何か”がいた。

 本当にあった、と考える方が筋が通るでゴザル」


「信じて、くれるんだ……」


「もちろんッ!」と、ミコネが前のめりになる。


ミコネはリリの手を取って握った。


「それに……リリちゃん、本当に怖かったんでしょ?

 さっきだって、ふるえてた」


「……うん」


「だったら、信じるよ。

 あたしは――」


信じたい、という言葉をミコネは飲み込む。

うっ、うっ、とリリはすすり泣きながら言った。


「……大会も、近かったから。普段はサボってばかりだから、先輩たちに会わせる顔もないけど……練習はしとこうって思って。あの日、一人で残ってグラウンドで走り込みしてたんだ。そしたら、日も暮れた頃になって。遠くに、見えたの。真っ白な制服――ウチの学校の制服を着た何かが。でも、変なのは……地面に這うようにして……下半身が見えなかった」


「日が暮れた頃。

 つまり、目撃したのは夜でゴザルな?」


マツリの問いに、リリはうなずいた。


「白い制服と……手に持った鎌だけが光って見えた。私、必死に舗装路を走って逃げたんだけど……シャーッっていう音と一緒にすごいスピードで追いついてきて……こんなことありえない、って思ってるうちに足に痛みが走って……私を追い抜いて、あいつは校門の方に走り去っていったんだ……!」


包帯に包まれた右足を抑える、リリ。


足は軽傷だと聞いていたけど……

傷つけられたのは、身体よりも心。



――病室を出て、

ミコネとマツリは無言で廊下を歩いた。



白い壁の掲示を見ながら、ミコネはぽつりとこぼす。


「ありがとう、マツリちゃん」


「ん? 何がでゴザル?」


「さっき、助け船を出してくれたよね。リリちゃんに『どうして信じるの』って聞かれたとき……あたし、上手く根拠を答えられなかったから」


「根拠がある話しか信じられないというのも、

 それはそれでさびしいものでゴザルよ?」


マツリはタブレットを手にする。

フリック入力で手際よくデータをまとめていった。


「ミコネ殿はリリ殿の言葉を信じたいと思った。

 根拠よりも心を優先した。

 拙者はその気持ちを助けたいと思っただけでゴザル」


ニンッ、と笑むマツリの笑顔がまぶしい。

ミコネは恥ずかしくなってしまった。


「ううん、そんな立派なものじゃないよッ!」


ミコネはあわてて両手を振る。


「あたしが信じたいと思ったのは、

 リリちゃんの言葉もそうだけど……」


『くれくれさん』――

存在しないはずの恐ろしい幽霊。


この世にはいないもの。



「怪異……を、信じようと思ったのかな」



病院を出ると、日は落ちて夜になっていた。

駅に向かって坂をのぼる途中のこと。


ミコネのスマホと、

マツリのタブレットに、

同時にLINEの着信があった。


「あれっ!?」

「む?」


二人で画面を確認する。



[怪異、撃滅できたかも。キーワード、送るね。

 『可愛い制服』『夜』『自転車部』]



怪異撃滅クラブ部長であり、ミコネの幼馴染――

殊能しゅのうヨミからのメッセージである。


「ヨミちゃんってば、もう解いちゃったのー!?」


「おお、恒例の怪異撃滅でゴザルなぁ!

 待ちかねたでゴザル♪」


キーワードを確認する。

制服と夜。それに……自転車部?


「自転車部って、あたしたちが実験に協力してもらった、あの自転車部だよね? つまり『くれくれさん』の正体は自転車だったってこと!? でも……」


守衛室の窓の問題がある。


ミコネは実際に現地を確認した。

守衛室の窓の高さは人間の腰程度の高さだった。


「弱ペダ(※漫画『弱虫ペダル』のこと)みたいに思いっきり前傾姿勢で自転車に乗ってても……さすがに守衛室から見たら、高さ的に丸見えになるよね!?」


「左様。ただし、それは通常の自転車の場合でゴザル」


「通常の自転車の場合、ってことは――」


ミコネはスマホの着信を取る。


「ただの自転車じゃない……かも」


「ヨミちゃん!?」


通話の向こうから聞こえてくるのはヨミの声。


「ミコネ、推理を伝えるね。犯人は……」


ヨミがそう言いかけたとき。


「ヨミちゃん、ちょっとタンマ!」


コンクリートで舗装された夜道の先に、

ミコネは信じられないものを見た。



黒髪の女だった。

長く伸ばした髪に隠れて表情は見えない。


白いオーバーブラウス――

今日一日で見慣れた、島令高の制服だ。


下半身は影に溶けたように見えない。

上半身だけが地面に設置しているような――

まさしくウワサのとおりの外見。


女が右手を掲げると、街頭に照らされて、

銀線の光を放つ「それ」が目を引く。


「それ」とはすなわち――鎌。



「く、くれくれさん……!?」


女は這うように――だが猛スピードで接近してくる。

ゴオッ、という風圧。

風を切りながら直進する怪異に、マツリは一歩進んだ。


「ミコネ殿、下がるでゴザル!」


マツリは胸元から何かを取り出す。

ぎゅっ、と拳を握り――

人差し指と中指だけを揃えて突き出した。


「臨・兵・闘・者――!」


良く通る声で胡乱な呪文を唱えつつ、

マツリは指を横に、縦に、空を切るように滑らせた。


指先が振るわれるたびに、

月光を受けて「何か」が煌めく。


「皆・陣・烈・在・前――ッ!

 摩利支天まりしてん修法・九字護身法ッッッ!」


マツリが詠唱を終える。

いったい何が起きるというのか。


「マツリちゃん、今のって――」


「ミコネ殿、失礼するでゴザルッ!」


「きゃっ!」


マツリのがっしりとした腕が膝下に絡まる。

背中と膝を抱えられて、

ミコネはお姫様抱っこされる形となった。


そんなことをしているあいだにも――

鎌を振りかぶり、疾走する上半身女霊怪異ッ!


マツリが鋭い視線と殺気を飛ばす。

対峙する、怪と怪。

今にも『くれくれさん』が迫る、刹那。


にんッ!」


マツリが舌先で空間を震わせる、と――


パァン!


銃声じみた炸裂音が、夜半の住宅街に響いた。

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