第二走者「因口の間」
昼下がりの放課後にて。
白壁の校舎の前に広がる中庭で、
島令高の女生徒たちがまばらに下校している。
そこで聞き込みを行なう少女が一人。
羨望の眼差しをした女生徒たちに囲まれていた。
「まぁ、本当ですの?
陸上部のリリ様が――?」
柔らかなソプラノでそう聞くのは、
無明マツリ――
だが、その声色も表情も、ミコネが知る普段の明朗快活な「忍者少女」とは似ても似つかない、おしとやかな雰囲気を漂わせていた。
茶色の髪もさらさらのロングヘア―になっている。
気のせいか、普段よりも背丈も小さいような――
「(あれ、ホントにマツリちゃん!?)」
ミコネは植え込みの影から息を呑んだ。
白いオーバーブラウスの襟を小さく正して、
長いまつ毛を伏せるマツリ。
「怪我をされたと伺って、わたくし、心配していましたの。軽傷なのは何よりでしたわ。――ええ、『ダイアー記念病院』ですのね。わたくしもリリ様のお見舞いに行かせていただきますわ。では、ごきげんよう」
「ご、ごきげんようー!」
聞き込み相手の島令高の女生徒たちは、
うっとりとした表情でマツリに手を振って別れた。
人波が去ると、マツリは表情を戻す。
「……ふむ。
こんなもんでゴザルか」
コキ、コキ、と首の骨を鳴らすマツリ。
心なしか、その身長が一回り大きくなった気がする。
いや――元の長身に戻ったのだ!
丈の長いスカートで隠した足がすくりと伸びる。
マツリはヘアゴムで長い髪をまとめ直した。
「おや、ミコネ殿。
そんなところでどうしたでゴザル?」
「マツリちゃん、今の口調とキャラは何!?」
ミコネは植え込みから飛び出した。
マツリはにっこりと微笑み、
茶色のポニーテールを揺らす。
「よくぞ聞いてくれたでゴザル、ミコネ殿」
マツリはタブレットを取り出した。
画面に表示されているのは――
可愛らしいイラストの少女マンガである。
「今のは楠流軍学・紀州流では"因口の間"と申す、忍術の一つでゴザル。つまりは敵国に潜入する折、その土地の方言や作法を会得し、地元の住民になりすます手口でゴザルな。聞くところによると、島令高は淑女文化が深く根付く校風であると。そのために、拙者も事前に貴族言語を習得していたわけでゴザル」
「貴族言語っていうんだ、さっきの!」
「忍。マリア様は見てるのでゴザル」
指で印を結ぶマツリ。
さすがは現役の忍者だ、とミコネは感心する。
「そうだ、あたしの方でも聞き込みしてきたよ!」
ミコネはメモを取り出した。
「ここでずっと働いてた用務員のおじいさんに聞いたの。上半身だけで走り回って、「足をくれぇ~~」って言う女の子の幽霊――『くれくれさん』って、やっぱりずっと前からあるウワサなんだって!」
「今回の『怪異模倣案件』とは別にして、
『くれくれさん』の逸話は実在するわけでゴザルな」
「うん。あたしに話してくれたおじいさんも見たことあるんだって。夜遅く、暗闇の中で島令高の制服を着た女子が、上半身だけでプカプカって浮いてたって話ッ!」
「浮いていた……? なるほど」
ミコネの話を聞いて、マツリは口元を歪めた。
「飛び加藤の忍術かな――」
「マツリちゃん?」
「――いや。子不語怪力乱神《子は怪力乱神を語らず》、でゴザルな。
怪異撃滅は頭の良いヨミ殿に任せるとするでゴザル」
マツリの方も聞き込みで得た情報を共有した。
「リリ殿を襲った犯人は、グラウンド脇の舗装路をそのまま通り抜けて、校門から逃走したようでゴザル。校門前には守衛室があり、犯行時刻も守衛が詰めていたようでゴザルが……犯人の姿は目撃していなかった」
「え、どうして!?」
マツリは校内の地図をタブレット画面でなぞる。
「守衛室の窓は位置が高かった。もし犯人がリリ殿が目撃したとおりの『くれくれさん』なら、上半身だけで両腕で地面を走っていたことになるでゴザル。その場合には犯人を見逃した可能性は十分にあるでゴザルよ」
ミコネは窓から見た光景を想像する。
「そっか!
窓から見た場合には地面は死角になるってことだね。
でも、腕だけで走るなんて出来るのかなぁ?」
「腕だけではなく、四足歩行の可能性もあるでゴザル」
「えっ、四足歩行ッ!?」
ミコネは手足を使って猿のように走り回る女子高生を想像した。
とても現実の光景とは思えない。
「それは、さすがに無理じゃないかな……!?」
「無理。と、言われると―ー
やってみたくなるのが人情でゴザルなぁ」
「えぇ……」
「思い立ったら実験でゴザル!」
――というわけで。
校内の自転車部に協力してもらい、
事件を再現した実験をすることにした。
ペダルに足をかける自転車部員の女の子。
この子は被害者であるリリの役を務める。
「お任せくださいですわ、お姉さま!」
例のお嬢様モードのマツリちゃんにナンパされたようだ。
対する『くれくれさん』の役を務めるのは――
「準備万端でゴザル!」
体操服姿に着替えたマツリである。
号令を担当するのは、ミコネ。
「位置について、よーい……ドンッ!」
ザザッ、ザザザッ!
開始後、間もなく――
四肢で地面を叩くようにして、砂を蹴る忍者。
砂利をまき上げて迫る獣の姿に、
自転車に乗った少女は悲鳴をあげた。
「ひええええええ、ですわーーーーっ!」
「ケケケーーーッ!」
ポニーテールを鞭のようにしならせ、
マツリは風を切って低空を加速する。
ザザザザザァーーーッッッ!
「ちょっと、ストップ、ストップーッ!
マツリちゃん、怖ァああっ!」
ミコネが静止したところで、マツリは足を止めた。
息を整えて、マツリは呟く。
「……ふぅ。四足歩行の”犬走り”は、本来は起伏の激しい山間部を踏破するための忍術。平地、それも舗装路では拙者の脚力をもってしても長くは続かぬでゴザルな」
「どこがッ!?
マツリちゃん、全然追いつきそうだったよ!?」
肩をふるわせる自転車部の少女をなだめながら、
ミコネは思いっきり突っ込んだ。
「もしかして、犯人はマツリちゃん……!?」
「ミコネ殿。よく思い出すでゴザル。犯人は鎌を持ってリリ殿の足を傷つけた――これだけの全力疾走をしながら鎌を取り出して攻撃する余裕は拙者にも無いでゴザル」
「追いつくだけならいける、
みたいに聞こえるけどッ!?」
「こ、怖かったですわぁぁぁ」
協力してくれた女子に感謝をして、マツリは言った。
「四足歩行の線は消えたでゴザル。
やはり、陸上部にあたってみるしか無いでゴザルな」