第五の錠前解明獣【深棲海獣ダゴン】
「――そう。おかしいと、思ってたッ!」
引っかかるのは、第二の謎。
ドッペルゲンガー……ミコネ自身の死体。
死んでいたミコネの服装は――
☆☆☆
半袖よりも短い、
フレンチスリーブのなめらかなシャツに――
ちょっと背伸びして買った、
足長に見えるというハイウエストのジーンズ。
足元はカジュアルなスポーツサンダル。
☆☆☆
「ヨミちゃん達には内緒で買った、
とっておきのコーデ。
でも――
【偽相獣ドッペルゲンガー】の事件を
成立させるためには、
その情報を、
怪異撃滅クラブが知ってなきゃいけないッ!」
ミコネは考える。
――つまり、共犯者はもっといるんだ。
連結封鎖怪異を構成する要素は、怪異撃滅クラブや、秋野ビストだけに限らない――おそらく、秋野ビストが協力しているのも、ミコネが関わった事件の関係者なのだから――そう考えれば、共犯者となり得る人物の候補が推測できる。
「共犯者は、これまでの事件の関係者のはずッ!」
マツリやセラにも内緒にして、
服を買う相談をしたのは……
隣のクラスの友達。
「(彼女とは……パズルの事件を通じて仲良くなった)」
★★★
夏休みに入って、すぐ――
ミコネは友達と二人で、古着屋を訪れていた。
「ほ、本当に似合うかな……?
ちょっと、男の子っぽくないッ!?」
「ミコネっちって、
けっこーイケ寄りの顔してっからさ。
大丈夫、大丈夫♪」
鏡の前で、ミコネのコーデを確認しているのは、
鮮やかな赤毛の髪をシニョンにまとめた少女。
ミコネの肩に手を置いて、少女は微笑む。
「にひひ。
これなら、ヨミっちもメロつき間違いなし!」
「メ、メロ……!?
よくわかんないけど、信じるね……ッ!」
心配なのは、値段である。
ミコネは、おそるおそる値札を確認した。
「これ、中古なのに、結構するッ!?」
(ちょっと、予算オーバーかもだ……ッ!)
赤毛の少女は、腰に手を当てた。
「私に任せてっ!
ここ常連だし、言えば値切りしてもらえるから!」
「やった、助かるー!
値切りとかって、本当に出来るんだ。
すごいね、ホノカちゃんッ!」
ふふん、とホノカは誇らしげに言う。
「ミコネっち、忘れちゃった?
私、これでも……
1万円のパズルを、三割引きにした女だよ?」
★★★
ミコネと同じ、私立御簾川高校の一年生。
竜胆ホノカ――!
彼女も、この領域に鎮座する守護者の一人。
「ヨミちゃんの提示した謎を、撃滅するよ――
対象は【偽相獣ドッペルゲンガー】ッ!」
Q:ミコネの推理では、
セラはミコネと同じ格好をしてた。
でも、怪異撃滅クラブのメンバーは、
ミコネの服装を当日まで知らなかったはず。
どうやってコーデを用意した?
「《錠前解明獣》の構成要素に、ファクターを追加ッ!
追加するのは、竜胆ホノカ。
あたしに服を選んでくれた、
ホノカちゃんも共犯者だった――
だから、セラ先輩はあたしに変装できたんだッ!」
ヨミが再構成した錠前は、再び、撃滅される。
ミコネの姿をした、死体の幻影が消え失せる。
怪異撃滅を続けるごとに、
ミコネは”かだす島”の真実に近づいていく。
「(この島は……そもそも、何なんだろう?)」
銀髪の少女――ヨミは、
苦しそうに表情を歪めて、言った。
「ミコネ……っ!
お願い、信じて……!
死後の世界は存在する。
本物の怪異は、この島にあるのっ!」
「――ごめん、ヨミちゃん。
あたし、これ以上、見たくない。
ヨミちゃんが……、
あたしのために、傷つくのをッ!」
「――――ッ!」
「だから終わらせるッ!
続いて、【再生獣アーキテクト・リボーン】ッ!」
Q:ミコネの推理では、
ビストは変装してテクトになりすましていた。
でも、見た目は若くてもビストはオバさん。
ミコネ以上のスピードで追いかけまわしたり、
海岸にまで誘導できたのはどうして?
「オ、オバさん……!?」とビストは白目になる。
申し訳ないが、これはヨミの言ったこと。
それに、確かにあの身体能力は異常だった――
☆☆☆
斜め前方、まだ距離はあるように見えるが――
遠くの方から、恐ろしいスピードで走ってきた。
目視だけだが、距離の詰まり方が尋常ではない。
☆☆☆
走って距離を離しては、別方向から制服姿が飛び出す。
逃げたはずが前を塞がれ、方向感覚は壊れて――
ひたすらに闇に突っ込んでいく。
☆☆☆
とにかく、速い――だけじゃない、あの感じ。
もしかしたら、秋野テクトは二人いた?
「最初に現れたテクト先輩は、間違いなくビストさんだったと思う。でも、それ以降に現れたテクト先輩は、走ってたからよく見えないし、森の中は暗かった――ビストさんほどにそっくりじゃなくても、あたしは気づかなかったかもしれないッ!」
以前に、ヨミに聞いたことがある――日曜日の朝にやってるヒーロー番組では、アップの撮影に使う「接写用スーツ」と、アクションに使う「アクション用スーツ」があると――「接写用スーツ」は見た目のクオリティが高い代わりに動きづらく、逆に「アクション用スーツ」はアップの撮影には使えない代わりに動きやすい、とか。
【再生獣アーキテクト・リボーン】の場合。
「接写用の秋野テクト」と、
「アクション用の秋野テクト」がいたと仮定できる。
「接写用の秋野テクト」を担当したのは秋野ビスト。
見た目は瓜二つだが、派手には動けないのだろう。
「(当時、マツリちゃんは、お母さんのメイクをして海岸に待機してた……)」
無明マツリを【クロノ・アル】に使ったとすると――ここで「アクション用の秋野テクト」を担当できるほどの身体能力を持つ、事件関係者は――ミコネには、一人だけしか思い当たらなかった。
★★★
ある放課後のこと。
久々に会う友達と待ち合わせて、
ミコネは評判のクレープ屋を訪れていた。
「見て見て! ブルーベリーミントアイスバターチーズのクリーム増量ッ!」
「うわっ、カロリーヤバそう……」
亜麻色の髪をした、短髪の少女――
手計リリは苦笑いする。
「えーっ、じゃあリリちゃんは?」
「私? サラチキクレープ。
油分は天敵だから。
これでも、真面目に走ることにしたんだし」
「そ、そうだったッ!」
「でもさ。これ、ネットですごい人気らしいよ。
サラチキなのに、美味いってやばくない?」
それは、ちょっと偏見である。
「サラダチキンだって、美味しいのはあるよ……ッ!」
ミコネとリリは、近くのベンチに腰掛ける。
はむはむ、とクレープを食べながら、リリは呟いた。
「……全部、ミコネのおかげだよ」
「えっ」
淡い藤色のリボン――
白色のオーバーブラウス――
丈の長い黒のスカート。
私立島令女子高等学校の制服を着たリリは、
右足をさすりながら、ミコネに語りかけた。
「こうやって、ヘラヘラできてるじゃん。
ミコネがいなかったら、私、今頃どうなってたか」
「あたしは、何もしてないよ!?
事件を解いたのは、ヨミちゃんだし。
犯人をやっつけたのは、マツリちゃん。
そうだ、リリちゃん、聞いてッ!
マツリちゃん、すごかったんだよ。
あたしを抱えて、ビューンって飛んで……」
「事件は、そうだけどさ」
はむ、と。
リリは、クレープを口にする。
「私を助けてくれたのは、ミコネなの」
★★★
隣町にある、島令高の一年生。
手計リリ――!
彼女も、この領域に鎮座する守護者の一人。
「リリちゃんは、陸上をやってる……ッ!」
本来のスペックをセーブして走っても、ミコネを追い立てることなど容易説が立証できる――こと走る行為においては、マツリをも凌駕するかもしれない。
「《錠前解明獣》の構成要素に、ファクターを追加ッ!
追加するのは、手計リリ。
テクト先輩に変装したリリちゃんこそ、
森の中で襲いかかってきた、怪異の正体ッ!」
【再生獣アーキテクト・リボーン】、再撃滅!
次々と撃滅されていく怪異。
領域の中心に立ちミコネを迎え撃つヨミは、
その戦力を段々と減らしていった。
「……ホノカや、リリが。
私に協力した、根拠は……薄い、かも。
ミコネが言っているのは――
そう考えれば筋が通る、っていうだけの……」
「もう、いいっしょ。ヨミっち」
と、割って入る者がいる。
声の主は――
「ホノカちゃんッ!?」
「ミコネっち、やるじゃん♪
もう、完全に怪異撃滅クラブっぽいねっ」
そこに現れたのは、竜胆ホノカだった。
脇から、手計リリも出てくる。
「ミコネ、意外と足早かったからさ……
ちょっと、やる気出ちゃったかな」
まさか、この島で二人に会うとは思わなかった。
ミコネは、「あっ」と気づいて言う。
「リリちゃん、あんなことしちゃ、ダメだよッ! 暗い森で走るなんて……リリちゃんは陸上選手だし、もしも怪我でもしたりしたら、大変なんだから……ッ!」
「まぁ、ねー。でも、私がヨミに志願したんだ。
ミコネのために出来ることがあるなら、って」
「志願、って……ッ!?」
一体、いつから進行していた計画なのか。
怪異撃滅クラブだけじゃ、ない。
どれだけの人を巻き込んだ計画だったのか――
ここに来て、ミコネは思い当たることがあった。
「(もしかして……ッ!)」
【なぜ●●●●〇〇〇は作られたのか?】
ミコネがずっと引っかかっていた謎に、
はっきりとした答えが与えられる気がする。
もう少し。
そのために、怪異撃滅を続行するッ!
Q:【鏡面獣スフィンクス】について。
ミコネの推理では、
私は小屋で死体のフリをしてた。
なら、海岸まで先回りできたのは何故?
共犯者を無制限に使っていいなら、これは謎じゃない。
「第三者の協力で説明可能ッ!
自動車による運搬――
あるいは、ヨミちゃん自身が自転車などで移動したッ!」
自転車、と口にしてミコネは思い当たった。
そういえば『くれくれさん』の事件で、『くれくれさん』の正体を突き止めるために、自転車部に協力してもらったことがあった――も、もしかして。
チリンチリン♪とベルを鳴らす音がする。
現れたのは、自転車部の女の子だった。
「なんだか、自白の流れっぽいので便乗しますわっ!
ヨミ様を運んだのは、わたくし。
二ケツ(二人乗り)して、海岸までゴーでしたの!」
「そうだったんだ……。
え、でも、どうして協力してるの?」
ホノカやリリについては、想像がつくものの。
この子とは面識が薄いので、本当にわからない。
自転車に乗ったまま、女の子はニコリと笑った。
「お姉さま(マツリ)に頼まれましたのーっ!
とりあえず、
旅費は負担してもらいましたわーっ!」
「旅費以外の負担がデカいよーーーッ!?
うん、なんか、ごめんねッ!?」
これで残る謎は、一つだけ。
Q:【深棲海獣ダゴン】――
島神様。あれは、怪異以外の説明がつかない。
「あたしも、びっくりしちゃった。
初めて見る、怪獣……本物の怪異かも、って」
全ての手札を撃滅されて――
共犯者を全て失って――
それでも、目に宿す澄んだ闇を抱えて。
ヨミは息を絶え絶えにしながら、答える。
「本物の怪異かも、じゃない!
ミコネの見たとおり、あれは本物の怪異……っ!」
「気になる点が、二つ。
一つは海岸に現れた霧。
霧は、いきなり現れたりしない――!」
あの霧は、人工的に生み出されたもの――
そう仮定すると、考えられる可能性がある。
「ミストマシーンによる霧の噴出――島神様が現れる直前、ぶおおお、って叫び声みたいのが聞こえたよね? あれはコンプレッサーみたいな装置の、起動音だったんじゃないかな。特殊な液体を空中にばらまくことで、霧を作り出してたッ!」
「くっ……!」
「きっと、音楽ライブや舞台の演出に使う大型の機械を用意したんだッ! それを洋上に浮かべた船の上で起動して、霧を作った――じゃあ、その目的は?」
ミコネが気になる点は、もう一つある。
怪獣が現れたときに――
光る線のようなものが、ちらちらと空中に見えていたのだ。
「プロジェクションマッピング。大きいビルとかの立体に映像を投影する技術――あたしが見たのは、投影されていたレーザービームなんだと思う。洋上に発生した霧に怪獣の映像を映して、それをアニメみたいに動かすことで、巨大な怪異にしか見えないような幻影を作ってた――これが【深棲海獣ダゴン】の正体だよッ!」
ミコネの頭の中にも、発想としてはあった。
推理から除外していたのは――
あまりに大規模かつ、高度な技術が必要となるため。
でも、専門的なスキルを持つ共犯者がいるなら話は別だ。
考えられる共犯者は、二人。
「一人は動画配信者の羽住イサキさん。
プロの配信者であるイサキさんなら、
そっちの業界に、顔が広いと思う。
ミストマシーンや、
プロジェクションマッピングの伝手があるはずッ!」
『さぎり駅』の事件では、VRデスゲームに巻き込まれた参加者の一人として、ミコネやマツリとミステリーゲームで対戦することになった人である。
イサキの本業は怪談系配信者。
怪談の雰囲気を出すために、
スモークの演出などは普段から使っていた。
「もう一人は、
元インフルエンサーの江藤マイヤちゃん。
マイヤちゃんはUFOや宇宙人を捏造することで、
これまでずっと世間を騙すことに成功してた――
そこには、きっと映像のトリックもあったはず。
巨大な怪異を生み出したトリックは、
マイヤちゃんの協力の元で作ったんじゃないかな?」
『UFO』事件で知り合った、キャラの濃い美少女。
マイヤに関しては、ちょっと怪しいが。
ここまで来たら、彼女がいない方が片手落ちな気がする。
そんな、当て勘半分のミコネの推理は――
見事に、的中した。
「やれやれ。
船から戻って来てみたら。
どうやら、全部終わってたみたいだね?」
「ミコネちゃん!
元インフルエンサーの「元」は余計なのですっ!
ボクはまだまだ、
フォロワー140万人のインフルエンサーなのですよ!」
塩顔で清潔感のある青年と、
桃色の髪をした奇妙な恰好の美少女。
「イサキさん、マイヤちゃん。
お久しぶりですッ!」
羽住イサキと、江藤マイヤがそこにいた。
「きゃっ」と小さく叫んだのは、無明マツリ。
その視線は羽住イサキに注がれている。
「(そういえば、マツリちゃん、ファンなんだっけ……)」
一方で、マイヤの方はセラの方をちらちら見ている。
「何わよ」
「な、なんでもないのですっ!
セラの方こそ、こっち見んな……なのです」
「あァ!?」
マイヤが向ける、熱い視線――
どうやら、あそこはあそこで矢印があるらしい。
「(へぇーーー!)」
これで、役者は揃い踏みとなった。
殊能ヨミ。
無明マツリ。
榎木田セラ。
竜胆ホノカ。
手計リリ。
自転車部の子(誰?)。
秋野ビスト。
羽住イサキ。
江藤マイヤ。
全員、犯人。
【《連結封鎖怪異》カダス・アイランド】――
複雑きわまる謎は、ことごとく撃滅された。
《錠前解明獣》は屍を残すのみ。
推理作家である母が言っていたことを思い出す。
ミコネは、指を三本立てた。
「キーワードは三つ。
これは、ミステリを構成する三つの要素ッ!」
ミステリの構成要素――
フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。
誰が、やったのか――
フーダニットは、全て示された。
どうやって、やったのか――
ハウダニットについても、同じく。
残る謎は、ホワイダニット。
――なぜ、やったのか。
「ヨミちゃん。
あたしの推理を、聞いて」
ミコネは踏み出す。
ヨミの心の中にある、柔らかい闇を抱きしめるように。
「ミコネ……わ、私……」
「ヨミちゃんに、もう、そんな顔させたくないんだ」
ミコネは、ヨミと相対する。
最後に残された謎に、決着を着けるために。
曰く――
【なぜ怪異撃滅クラブは作られたのか?】




