第一走者「忍者部員、推参!」
「これ……やっぱ似合ってないよねぇ……」
トイレの洗面台の鏡に、
借り物の制服姿が映っていた。
胸元には淡い藤色のリボン。
上品な白のオーバーブラウスは肩から裾まで無駄なく直線を描き、丈が長めの黒のスカートとのコントラストがまぶしい。
――庶民派を自認するミコネにとっては、
どこか”制服に着られている”感が否めない。
「うう……なんだかお嬢様感あって落ち着かないッ!
ヨミちゃんだったら似合うんだろうけど」
ミコネの脳裏に浮かぶのは――
深窓の令嬢と言われても通じる、
清楚な容貌をした銀髪の幼馴染だった。
私立島令女子高等学校――
通称「島令高」は、
戦前に創立された伝統ある女子高である。
その校舎近く某所にあるトイレにて、
ミコネはため息をついた。
「潜入任務……。
こんなクオリティで大丈夫かなぁ。
つまみ出されちゃったら、どうしよう」
そこにスッと現れたのは、
茶髪をポニーテールにした美少女。
「お待たせでゴザル、ミコネ殿。
……む?
その浮かない顔、何故でゴザル?」
おかしな口調で問いかけるのは、無明マツリ。
怪異撃滅クラブの部員である。
「うわ、マツリちゃん、きれい……!」
ミコネと同じ制服をまとっていても、
マツリの方は実にサマになっていた。
きりりとした顔立ち。
しなやかな背筋。
健康的に伸びた脚線。
そしてミコネが思わず目を逸らしてしまう、
豊かな”胸元”。
「(デッカい……!)」
「ミコネ殿?」
「え、ええと! マツリちゃんはスタイル良いなぁ、って! 何を着ても似合いそうでうらやましい。……あたしってば、肩幅も無いし、ペタンコだし……」
「そうでゴザルか? 拙者から見たらミコネ殿の方も、その生来の可憐さと制服の格式が程よく調和していて、こう、なんというか、目に眼福でゴザルよ!」
「えへへ。フォロー、ありがと!」
ミコネが元気を取り戻す。
トイレを出ると、マツリはタブレットを取り出した。
液晶画面にはSNSの情報をまとめた資料が並んでいる。
「さて、本題でゴザル。先日、ミコネ殿がSNSで発見したウワサについて拙者の方でも特定できたでゴザル。怪異の名は『くれくれさん』」
ミコネは目を輝かせた。
「いかにもな怪異の雰囲気がするー!
『くれくれさん』、たしか足を奪う妖怪なんだよね!」
「左様。島令高のローカル妖怪みたいでゴザルな」
マツリはタブレットをスクロールし、
古いモノクロ記事を示した。
それは怪談記事のスクラップだった。
「島令高には戦後直後から語り継がれる怪談があるでゴザル。――終戦間もない混乱期、米軍兵が運転するジープが通学途中の女子生徒を轢いてしまった。胴体が真っ二つになり、彼女はその場で死亡。それから、腹から下のない上半身だけの少女が凄いスピードで事故現場あたりを走り回り、『くれー……足をくれー……』と呻きながらしばしば人々を襲う――と」
「お腹から下が無いなら、
足だけじゃ足りない気がするよッ!」
「そこはまぁ、
怪談ってマジレスするもんじゃないでゴザル」
でも――と、ミコネは言った。
「ただの怪談なら良かったんだけど。この前、あたしがSNSで見つけちゃったんだよね……本当に被害者が現れた、って」
「島令高の手計リリ殿、でゴザルな」
マツリがタブレットから記事を呼び出した。
『女子生徒、不審者に襲われる』との見出し。
「リリ殿は島令高の陸上部、期待の新星。陸上経験は中学校からでゴザルが、その実力から都大会出場は確実視されているとのことでゴザル。そのリリ殿が、数日前の夜、校内グラウンド近くの舗装路で不審者に襲われた。リリ殿は逃げ出したものの不審者に追いつかれてしまい、右足を切りつけられた――幸い、表層の切傷のみでゴザルが」
「足を傷つけた……
『くれくれさん』は足をくれ、って言うんだよね!?」
「左様。それにリリ殿の証言では、襲った相手は島令高の制服を着た女性で――上半身だけで地面を這っていたように見えた、とのことでゴザル」
「上半身だけの高速女霊ッ!」
まさしく怪談の『くれくれさん』だ。
マツリは腕を組み、真剣な顔つきになる。
「今回の事件が人為的に引き起こされた『怪異模倣案件』の場合、怪異には珍しいパワータイプの犯罪だと予測できるでゴザル。上半身だけの高速移動、鎌による攻撃、そして何よりも――」
「リリちゃんって陸上部のエースなんだよね?」
「短距離走専門のスプリンターでゴザル。
それだけの人物に上半身だけで追いつくなど、
人間業ではござらん。
故に、ヨミ殿も拙者に召集をかけたと」
無明マツリは現役の忍者である。
無明流という古武術の流れを汲むシノビの技を継承し、その力を現代においても保ち続ける忍者の本道を往く家系の出身なのだ。
「拙者の勘では、今回は物理トリックの線が濃厚。
ミコネ殿には調査のサポートをお願いするでゴザル。
楽しみでゴザルなぁ……、
怪異の正体を突き止めるのが」