第一の錠前解明獣【鏡面獣スフィンクス】
海岸からプレハブ小屋に戻ると、
秋野ビストが出迎えた。
「向こう側に行ってきたのですね――
と、言っておきます」
意味深な言葉だ。
ビストは、この状況を予測していたのだろう。
根之堅州国――
あるいは、黄泉の国。
この世の外側にある、異界。
蘇る死者。
死体となった、もう一人の自分。
巨大な人型魚……島神様を見た。
「(あれが、向こう側の世界……)」
ビストの案内で、祭場となった小屋に戻る。
静かに並ぶ二つの小屋。
簡易な木作りの壁は、
先刻の惨劇など、まるで無かったかのように佇んでいた。
「あっ……!」
小屋の前にいたセラが飛びつくように近寄り、
ミコネとヨミに向かって声を張り上げる。
「アンタたち、どこに行ってたのよ!?
急にいなくなってさァ……心配したんだから!」
「セラ先輩……」
口調こそ怒っているように聞こえるものの、セラの瞳はうるんでいる。
ミコネは密かに、罪悪感を覚えた。
ちらり、と小屋の前のあたりの地面を眺める。
「……無い」
「無いって、何がよ?」
「ヘンゼルとグレーテルです」
「はァ?」
だんだんと、状況が読めてきた。
推理に必要なパーツは揃ってる。
あとは、一つずつ撃滅していくだけだ。
ミコネは、ここにいない名を訊ねる。
「マツリちゃんは、どこに?」
「島ン中を探索中よ。偽死忌の時間になった途端、変な音がして、小屋の中を見てみたらさァ……アンタたちがいなくなってるんだもの」
セラやマツリが探しているあいだ、
ミコネとヨミは『死後の世界』にいた――
という、ことなのだろうか。
「……そういうことになってるんですね。わかりました。まずは、マツリちゃんを呼び戻してください」
ミコネは拳を固めて、深呼吸した。
振り返り、一同を見渡す。
秋野ビスト。
榎木田セラ。
そして――殊能ヨミ。
ヨミは不安そうに、目を細めた。
「ミコネ……?」
「ヨミちゃん。あたし、やるよ」
ヨミの視線を振り切るようにして、
皆の前で、ミコネは宣言する。
「――怪異撃滅を、始めますッ!」
怪異撃滅の時間である。
ミコネは三人を連れて、まずヨミがいた小屋に入る。
偽死忌が終わった今では、灯りの制限はない――ビストが持ってきたバッテリー式のランタンをかざして、室内を照らした。
扉も、床も、座布団も、机も、乱れは一切無い。
あれだけ、ぶちまけれていた血の匂いも感じられない。
儀式に用いたナイフは、座布団の近くに置かれていた。
「まずは、あたしとヨミちゃんの身に起きたことを話します。あたしは偽死忌をした直後の零時に、ヨミちゃんの小屋から大きな異音を聞きました。そこに行くと、ヨミちゃんは死んでたんです。全身をバラバラにされて……生首は机の上に置かれていましたッ!」
ミコネは室内にある三本足の机を指す。
「その後、今度はあたしの小屋で、あたしが死んでいました。こちらは背中をナイフで刺されてて――その後、小屋の外では死んだはずのテクト先輩が現れました。あたしはナイフを持ったテクト先輩に襲われて、海岸に逃げて……そこで、生き返ったヨミちゃんと、お母さんと、それと島神様を見たんですッ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」と、セラ。
「はいッ! 待ちますッ!」
「いくらなんでも、情報量が多すぎないかしら!?
それに、さァ……!」
セラはスマホを取り出して、時刻を確認する。
時刻は0時20分過ぎだった。
「アンタたちがいなくなってから、まだ30分も経ってないわよねェ。一回、海岸まで行って、ここまで海岸まで戻ってくるように往復なんかしたら、どうやったって、そんな時間じゃ済まないわよ!?」
セラの疑問に、ビストが答えた。
「死者の世界と現世とでは、流れる時間の早さが異なる、と言っておきましょう。言ってみれば、あちらで過ごした時間は、こちらの時間では一瞬となると」
ヨミも、ビストの言葉にうなずいた。
「きっとそうなの……かも。私とミコネは、間違いなく……この世とは異なる世界にいた。だからこそ、アルにも会えた」
「アンタ……それ、マジで言ってんの?」
セラはヨミを不気味そうに見た。
「あンだけ普段から『怪異なんて無い』って言ってたくせにさァ……急に何なのよ? 言ってることが違いすぎて、ちょっと気持ち悪いンだけど」
ヨミはふるふる、と銀色の髪を揺らした。
「私が今まで撃滅してきたのは、全部『怪異模倣案件』でしかなかったの。人間の作った、偽物の怪異。でも……今夜見たのは本物、かも」
「本物の怪異……ってわけ?」
セラとヨミのやり取りに割って入り、
「違うよ」と、ミコネは言った。
そのハッキリした物言いに、周囲の視線が集まる。
「怪異じゃないよ。全部、撃滅するから。
まずは――ヨミちゃんの事件から行くねッ!」
【《連結封鎖怪異》カダス・アイランド】
この島の怪異は、
これまでの『怪異模倣案件』とは違う。
「死者の世界」という大現象。
一つの世界そのものが領域として展開されている。
領域内で起きる不可思議は、一つ、じゃないッ!
複数の怪異が連結して、強固な謎を作っているんだ。
その全てを俯瞰しようとしても、
謎の深みにはまっていくだけ――。
でも、一つ一つの謎は複雑じゃないはず。
犯人はミスを犯しているのだから……!
ミコネは「ポケットの中のもの」を握った。
ここから、犯人の破綻を突き崩すッ!
「まずは、最初の謎。ヨミちゃんは死んでた……この上なく、ひどい方法で。残酷なバラバラ殺人――でも、疑問があるの。どうして、ヨミちゃんはバラバラにされなきゃいけなかったのか、って」
母が書いていた推理小説を例にしよう。
小説の世界では、無惨な死体が数多く登場する。
首が無い死体。
腹を裂かれた死体。
指を潰された死体。
顔を潰された死体。(以前にもあったよね!)
今回のように、四肢を切り落とされた死体……ッ!
「残虐な手段で殺された死体――
小説の世界では、そこには必ず意味があるッ!」
「ミコネ。それはおかしい……かも」
来た――!
ミコネは身構える。
もうろうとした影、
ミコネが特定しようとする怪異の前に、
殊能ヨミが立ちふさがる。
怪異撃滅クラブ、部長。
これまで多くの事件を解決した怪異の天敵。
論理と理性の使徒たる、名探偵――
それが怪異の側に立つとは、いかなる心変わりか?
けれども、ミコネは予想していた。
――ヨミは、既に怪異に屈している。
ならば、他ならぬヨミこそが……
この堅牢な封鎖領域を守る、牢名主になるのだと。
ヨミは、反撃の一手を繰り出した。
「ここは小説の世界なんかじゃない。世の中には、意味もなく残虐なことをする人はたくさんいる……ミコネには、想像できないかも、だけど。だから、バラバラ死体にだって、必ずしも意味があるとはかぎらない……かも」
ミコネは脳細胞を回転させて、
必死に反論を考える。
相手はヨミ、それでも……!
「いいや、意味はあるよッ!
なぜなら……死因の不一致があるからッ!」
「死因の不一致……?」
「偽死忌の手順を思い出して、ヨミちゃん。零時の刻と同時に、巫女はナイフで胸を一突きになるように死ぬ、という手順になってた。あたしもそうしたし、ヨミちゃんもそうしたはず。実際にあたしの死体の方は、ナイフが刺さって死んでたよね。なのに、ヨミちゃんだけバラバラ死体になっているのは、おかしいよッ!」
「…………ッ!」
「ヨミちゃんがバラバラ死体になってた理由は、簡単ッ!
ここで演じることだって出来るよ?
ヨミちゃん、試しに、この小屋の床で倒れてみてッ!」
ミコネはヨミに目配せした。
ヨミは細い身体を、おずおずと床に横たえる。
仮の話――もしもの話。
こうやって、ヨミがナイフで刺されて倒れていたとしたら。
「――――ッ! ヨミちゃぁぁぁんッッッ!」
ミコネは倒れているヨミに駆け寄り、
両手で抱えて、肩を抱き起こす。
力いっぱいにヨミをブンブンと振った。
「ヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんしっかりしてお願い目を開けて死なないでやだやだ一緒にいてヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんヨミちゃんやだやだやだやだやだやだーーーーーッッッッッ!!!!!」
「う……し、死んじゃう……かも」
ヨミが息も絶え絶えに声を出すと、
ミコネはぴたりと止まった。
「これが、答えだよ」
殊能ヨミが、異常な死に方をしていた理由。
「もしも、ヨミちゃんがまともな姿で死んでいたら、あたしが真っ先に駆けつけて、ヨミちゃんに触ろうとしてしまうから。いいや、ただ触るだけじゃすまないよ。一縷の望みにかけて、胸をガンガン押して心臓マッサージするかもしれないし、口と口をつけて人工呼吸するかもしれないし……もうあきらめたとなったら、おーいっオイオイと泣きながら、思いっきりヨミちゃんを抱きしめちゃうかもしれないんだから――ッ!」
「そ、そうなの……?」
ヨミが白い頬を赤く染めて、身をよじった。
これは、セクハラだったかもしれない。
とはいえ――推理の大筋は、合ってるはずだ。
実際、海岸で倒れてる姿を見たときにはそうなったし。
「ヨミちゃんの死がバラバラ死体であった理由は、一見して死んでいると理解させながら、同時に異常な光景を見せることで、あたしの足を止めるためにあった。だって――ホントはヨミちゃんは生きてたんだもの」
死んでしまった人は生き返らない。
でも、ヨミは生き返った。
それなら、最初から死んでなかったと考えるべき。
「バラバラにされた四肢は作り物。
床にぶちまけられた血は、血のり。
当初の偽死忌の手順通り――
ヨミちゃんは”死んだふり”をしてただけ。
そうだよねッ!?」
まずは第一の事件の犯人を示す。
殊能ヨミ、バラバラ殺人事件の犯人は――
「犯人は、ヨミちゃん。
この島の怪異の中心にいるのは、ヨミちゃんなんだッ!」
《連結封鎖怪異》――
絡み合った鎖を繋げる、第一の錠を撃滅するッ!
犯人と指名されたヨミは、
これまでの弱弱しい姿を捨てて、
不敵な笑みを浮かべた。
顔にかかった銀糸の髪をかき上げて、
しろがねの瞳は闇に染まる。
「面白くない冗談かも……ミコネ」
怪異の側に立ったヨミ。
その弁舌は、怪異肯定の反撃に用いられる。
「四肢は作りもの、って言ったけど……じゃあ、生首はどう説明するの? 机の上に置かれていたという生首――まさか、それも作りもの? ううん、それはありえないかも。だって……」
「ヨミちゃんの言うとおり、ありえないッ! あたしがヨミちゃんの顔を見間違えるわけないよ。いくらヨミちゃんが、お人形さんみたいに、きれいな顔をしてたとしてもね――ッ!」
人形の如き美少女と、人形は違う。
「なら、やっぱり……本物の死体」
「否定するッ!
『スフィンクスの魔術』で説明可能だよッ!」
☆☆☆
セラは色んなことを知ってて、普段から話が面白い。
少し前にも、古代の魔術の話で盛り上がったばかりだった。
☆☆☆
「古代の魔術の中には、奇術のトリックだと特定されてるものがある……前に、セラ先輩から聞いてたんだッ! エジプトでは『スフィンクスの魔術』と呼ばれていた、しゃべる生首のトリックがあるって!」
机の上に置かれた生首が、
まるで生きてるように質問に答える魔術――
古代エジプトでは、
魔術師が王への見世物として披露したという。
トリックは単純である。
この魔術に用いられる机は三本足で――
三角形の頂点側が鑑賞者側に向けられる。
机の足を仕切りとして鏡を二枚置くと、周囲の景色を鏡が反射することで、机の下の内部には外から見えないスペースが出来るのだ。
この隠された空間に人が潜み、机に開けた穴から首だけを出すことで、生首を装うことが可能ッ!
小屋の中で灯りが禁じられていたのも、
おそらくは鏡であるとバレないためだ。
封鎖領域の錠前が具現化する――
ミコネが立ち向かうべき、中ボスの姿が見えてきた。
《錠前解明獣》とでも呼ぼうか。
怪異の名は【鏡面獣スフィンクス】。
これらの『怪異模倣案件』を全て暴くことで、
事件の完全解明――封鎖領域の解体に至る。
「ヨミちゃんは床に血のりをまいて、作りものの四肢を転がし、机の中の空間に潜んで生首を演じた。そのあとで大きな音を立てることで、あたしが自分の小屋から出てくるように誘導した――そうだよねッ!?」
確信がある。
ヨミは自身の死を偽装したのは、間違いない。
ミコネの声が、一段と熱を帯びた。
「ヨミちゃんはきっと、何らかの目的で『怪異模倣案件』を作ろうと考えたんだと思う。自分自身が、怪異の影をまとうことによって。そのための手段として――まずは、自らの死を偽装してみせたんだよッ!」
「……ミコネの推理には、穴がある、かも」
ヨミは、息を乱さずに抵抗する。
王手をかけられながらも、狼狽の色は無い。
銀の瞳で、ミコネを正面から見据えてきた。
「くっ……ッ!」
ヨミが指摘したのは、偽装手段についてだった。
「ミコネの推理では、私は小屋の床に血のりをまいたことになってる。でも、床が木で出来ている以上、血のりは床にしみこむはず。見て、ミコネ」
ヨミは小屋の床を示す。
使い込まれた様子の木造りだが、血痕の形跡は無い。
「見てのとおり、血のりがあった跡は残ってない。床面を張り替えるにしても、それだけの工事を短時間でおこなうのは不可能……かも」
「……そう、だね」
反論は正鵠を射ていた。
だけども、その手品のタネも推測はついている。
ミコネはジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
「(あたしの手の中にある鍵で……二つの錠前を、同時に撃滅できるはずッ!)」
ミコネは第一の《錠前解明獣》を保留し――
第二の《錠前解明獣》をターゲットにした。
第二の謎は、小屋の中で死んでいたミコネ自身。
次なる怪異の名は――
【偽相獣ドッペルゲンガー】!




