第四の儀「あたしの、やりたいこと」
ヨミの小屋の中では、バラバラに切断された四肢と、
生首だけになった殊能ヨミがいた。
自分が見ているものが信じられない。
信じたくない。
ヨミの小屋に向かおうとしても、
足がすくんで上手く進めない。
そのとき、今度は背後でドスンと音がした。
人が倒れるような音――
振り返ると、またしても異質な光景が広がっていた。
ミコネがいた小屋に、人が倒れている。
半袖よりも短い、
フレンチスリーブのなめらかなシャツに――
ちょっと背伸びして買った、
足長に見えるというハイウエストのジーンズ。
足元はカジュアルなスポーツサンダル。
怪異撃滅クラブの皆には内緒で、友達と選んだ――
ミコネの服装とまったく同じ姿の少女が倒れている。
背中にはナイフが突き立てられていた。
うつ伏せに倒れていて、顔は見えないものの、
黒髪のショートボブも、ミコネそのものに見える。
――あれは、あたし……!?
ミコネは床に目を走らせる。
首から下がり、地面に垂れているのは、
銀色のチェーン――その先には、
昼間付けていたものと同じペンダント・トップ。
間違いない。ミコネは確信した。
「…………うそ、だ」
ミコネは、ポケットの中で手を握る。
手には、硬い感触を感じた。
きゃはははははははははははは
突如、林の方から甲高い笑いが響く。
音の主は、背中を向けて立っていた。
淡い青色の髪を二つ結びにして、
白いリボンでまとめている。
身にまとうのは御簾川高校の黒いセーラー服だ。
「テクト先輩……!?」
後ろ向きだった人影は、
ゆらりと幽鬼のように振り返る。
文学少女風の丸い眼鏡――
蒼龍館で命を落としたはずの、
秋野テクトの似姿がそこにいた。
手にしているのは――血にまみれたナイフ。
「え――――」
きゃはははははははははははは
抑揚のない笑い声をあげながら、
ナイフを手にしたまま、こちらに向かってくる!
動物的な恐怖を感じて、
ミコネは手を振りながら逃げ出した。
何が起きているのかわからない。
理解が追いつかない現象が起きているが――
本能が悲鳴をあげる。
とにかく、逃げるしかないッ!
ミコネは笑い声に対して反転し、
闇の獣道を転げるように駆けた。
枝が肌を裂き、岩が足裏を突く。
心臓は張り裂けそうになりながら。
背後をちらりと見ると、人影は無い。
逃げられたか――と、正面を見ると。
きゃはははははははははははは
先回りされている。
どうして? 状況的にありえない。
斜め前方、まだ距離はあるように見えるが――
遠くの方から、恐ろしいスピードで走ってきた。
目視だけだが、距離の詰まり方が尋常ではない。
ミコネは再び反転し、あらぬところへ逃げ出す。
秋野テクトは神出鬼没だった。
走って距離を離しては、別方向から制服姿が飛び出す。
逃げたはずが前を塞がれ、方向感覚は壊れて――
ひたすらに闇に突っ込んでいく。
当てのない逃避行を続けるうちに、
いきなり、視界が開けた。
「ここは……」
潮の匂いと、さざ波の音。
海岸にまで出てきてしまったらしい。
振り返ると、今度こそ怪異の姿は見えなかった。
「逃げきれたの、かな……?」
はぁはぁ、と乱れた呼吸を整える。
こんなに全力疾走したのは、いつぶりだろう?
とめどなく、額から汗のしずくが落ちる。
喉もカラカラに渇いていた。
夜の重さがじっとりと肌にぬいつくような、
生ぬるい空気の下――
ミコネは気づく。
海岸の岩礁に、殊能ヨミが倒れている。
「ヨミ……ちゃん?」
ミコネは走り寄り、砂混じりの岩に膝をついた。
もしかして――生きているの?
雲の隙間から、かすかな月光だけが差し込む。
「ヨミちゃん! ヨミちゃん、しっかり!」
西洋人形のように整った、ヨミの顔を覗き込む。
そこには生気を感じた。
バラバラになったはずの四肢は、
五体満足についている。
ミコネは、ふわりと軽いヨミの身体を抱き起こし、
必死に呼びかける。
すると――ヨミは目覚めた。
「ミコネ」
「ヨミちゃん……!? 良かった、生きてる……ッ! で、でもどうして? ねぇ、ヨミちゃん……一体、何があったのッ!?」
頭の中には疑問符がいっぱいだった。
どうして、こんなことになってしまったのか?
その一切に整理がつかないまま、
ヨミは予想外の名前を口にする。
「私、アルに……会った」
「えっ……!?
あたしの、お母さんと……ッ!?」
ヨミは、ミコネから目を逸らすように、
砂浜に目線を落とす。
「私は、間違ってた……かも。
この世には存在する。
きっと……本物の怪異、が」
「(本物の、怪異……?)」
ミコネには、ヨミの言葉が信じられなかった。
それと同時に、これまでの疑問が氷解していく。
なぜ、こんなことになってしまったのか――
それは全て、ミコネのせいなのだ。
潮騒にまぎれて、静かな呼び声が届く。
「ミコネ……」
振り向くと、そこには予想通りの人物がいた。
夜の闇の向こう、岩壁の切れ間に白い布が揺れた。
雲が開き、月光が射し込む。
長い黒髪。深い青の瞳。
膝下まで流れる白いワンピース。
端正なその姿は、アルバムで見たままの、
母の、面影――
「おかあ、さん……?」
立ち上がるミコネに、白い服の女は、
氷のような無表情のまま手を差し伸べた。
「おいで」
その一言で、ミコネは静止する。
死んだはずの母の面影――
それを確かめるべく、鋭い眼差しを向ける。
右手を顔に添えるようにして、
ミコネは片目を隠した。
いつも、彼女がそうしているように。
「……わかった、かも」と、ミコネは呟く。
人間の目は、両目の視差によって立体的に見ている。
片目を隠すことで、世界は立体感を失う。
平面に描かれた絵のように見える――
ある意味で、対象を絵のように観察することになる。
平面な視線で、正体を見定める。
「ヨミちゃんは、いつも。
こうやって見ていたんだね……真実を」
ピクリ、と女の表情に変化があった。
まるで、真横にヒビ割れた鏡のように。
そこには、確かな感情の色が見てとれた。
「(……ごめんね)」
きっと、困惑しているのだろう。
ミコネの反応が、予想外のものだったから。
ブオオオオオオオオオオオオオオ
今度は海の向こうで、とどろくような叫びが響いた。
霧が出ている。
海岸の方に目をやると、そこには大きな影があった。
どこまでも大きな――巨大な影だ。
水平線上に影がせり上がってくる。
屹立する人型の巨大魚だろうか。
両の腕をいっぱいに広げている。
長大な背びれが波打つように見て取れた。
霧の狭間には濡れた甲板のような鱗。
ミコネは恐怖より先に、違和感を覚えた。
ちらちらと、光る線のようなものが走っている。
目をこらすと、影は現れては消える。
まるで蜃気楼のように、実体が定かではない。
やがて、陽炎のように巨影の輪郭が揺らぐ。
影は波紋のように、霧の奥に溶けていく。
ミコネには、わかっていた。
こんなものは、いつまでも保つものじゃない。
「(そう、消える。幻みたいに……ッ!)」
やがて、巨影は消失した。
ミコネが海岸に向けて一歩を踏み出そうとすると――
ヨミが手を取って、引き止める。
「……ヨミちゃん?」
「私たち、戻ってきたの……かも」
ヨミが砂浜を指すと、母は消えていた。
巨大な影も、死者の似姿も、まるで何も無かったよう。
ミコネは、ヨミに問いかけた。
「戻ってきた、って?」
「きっと、私たちは……さっきまで、死者の国にいたんだと、思う。あの、めっちゃデカいのは、島神様……アルがいたのも、そのせい、かも」
「島神様……それが本物の怪異?
あの小屋で見た、ヨミちゃんの死体は?」
死んでいたのはヨミだけじゃない。
ミコネ自身も、まるで死んでいるように見えた。
「小屋の中では、あたしも死んでた……」
ヨミは、小さな声で返答する。
まるで、怒られるのを怖がる子供のように。
「あれは、そう……死者の国にいるあいだ、偽死忌で私たちは死んでたのかも……もしかしたら、私とミコネは、幽霊になって、魂だけで死者の国に……」
心がざわつく。
今のヨミは、まるで別人だった。
いつだって、自信満々で――
カッコよく、真実を解き明かしていた――
ミコネの名探偵は、怪異に屈している。
こんなのって、嫌だ。
自然と、声が大きくなる。
「ヨミちゃん。あたしに、任せてッ!」
「……ミコネ?」
怪異に苦しめられる人を助けたい――
それが、一番やりたいこと。
「(それが、あたしの大切な人なら……尚更だよッ!)」
だから、まずはここから始める。
見よう見まねでも、やってみせてやる。
ミコネがこれまで解けていなかった、最大の謎――
【なぜ●●●●〇〇〇は作られたのか?】
その答えも導いて、解き明かしてみせる。
ミコネはヨミの手を取り、宣言した。
「死者と生者が交わる島。
偽死忌。
幽体離脱現象。
死んだはずの人たち――
テクト先輩、
お母さん、
ヨミちゃん、
そして、あたし。
最後に、島神様の正体――!
この島の謎は――全部、あたしが怪異撃滅するッ!」




