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怪異撃滅クラブ  作者: 秋野てくと
第五章「空を裂き牛をさらう円盤型飛行物体『U.F.O』」
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エリア4「消失、確認」

☆☆☆



――警察署の一室にて。


「……それで、君が目撃した飛行物体についてなんだけど。それはいわゆる、ドローンみたいなものなのかな?」


背広を着た若い刑事が、マイヤにたずねる。

机の上には一枚の写真。

牧草地の上に飛行する円盤の影があった。


「………違う、のです。

 ドローンじゃないのです」


「宇宙人の円盤だって言うのか? 江藤えどうマイヤさん。君の肩書きについては知っているがね。そんな話、まさか、本気で主張するつもりじゃないだろう?」


マイヤは唇を噛み、視線を落とす。

刑事はため息をついた。


「いい加減、本当のことを言ってくれないと」


重苦しい空気――

それを打ち破るのは、ドアのノック音だった。


コン、コン。


「ん、誰だ……?」


ガチャリ、とドアから入って来たのは――

二人組の女子高生である。



☆☆☆



「失礼しますッ!」


ミコネは元気よく挨拶する。


「すみません。マイヤちゃんと、どうしても、話したいことがあって。刑事さん、お願いです。少しだけ、あたし達に時間を取らせてくださいッ!」


「な、なんだぁっ、君たちは!?

 どこから入ったんだ?

 部外者は立ち入り禁止だぞ!」


「ええと……」


ミコネの横から、セラが進み出る。



「怪異撃滅クラブよ」



刑事は驚いて立ち上がる。


「怪異撃滅クラブだってッ!?

 あの、悪名高い、オカルト探偵集団……ッ!」


「そうわよ。

 ……ン、()()()()ですって?」


刑事はセラを観察しつつ、言う。


「銀髪では無いし……。

 (目線が胸元に下がる)

 うん……ネットニュースでも見たけど。

 可憐だってウワサの探偵の子じゃないな。

 いや、本官の趣味の話じゃないぞ。

 誤解なきように、だ。

 あくまで一般論。

 それに……。

 ゴザルゴザルとか言ってないってことは。

 やばいってウワサの忍者の子でもない……。

 ちょっと安心した。

 実は、本物の怪異だって評判だしな。

 あ。

 わかったぞっ!

 ”あの”榎木田えのきだセラだな!」


セラは「あァ!?」と威嚇いかくする。


「”あの”って、”どの”、よ?」



「”あの”榎木田えのきだセラと言ったら、榎木田えのきだ財閥の権力と、警察庁の大物が親族にいるのを良いことにやりたい放題で、警察の大人をアゴで使いまくると評判のワガママ・オカルト・美人・悪役令嬢じゃないのか?」



「(あ、悪役令嬢ッ!)」


ミコネは思わず噴き出した。

セラはミコネの頭をぐりぐりと撫でる。


「あ、あ痛たたたっ!

 セラ先輩、暴力反対ですッ!」


「こっちも、今回は後輩ミコネのワガママで、迷惑をかけてる負い目があるからさァ……今の発言は聞かなかったことにしてあげるわ。10分、時間をもらうわよ」


刑事はしぶしぶと立ち上がる。


「10分、か。仕方ないな……」


「なァに、すぐに手柄を立てさせてあげるわよ。

 アタシに感謝することになるわ!」


刑事は興味深そうな顔つきをした。


「なら、怪異撃滅のやり口を見させてもらうとするか。

 今後の、事件捜査の参考とするためにね」


刑事は退席していく。

セラは部屋の横にある鏡を見た。


「あれって、ドラマとかでよく出てくる……マジックミラーでしょうね。鏡の向こうからは室内が覗けるガラスになってるはず。きっと、さっきの刑事が見てると思うわ。ミコネ、決着ケリをつけちゃいなさい。東京に戻るのなら……特急の最終列車まで、もう時間が無いのだから」


ミコネはうなずいた。


「はいッ!」


江藤えどうマイヤは、椅子の上で小さな身体を縮める。


「ボ、ボクは……話すことなど無いのです」


「マイヤちゃん。

 あたし、気づいちゃったんだ」


ミコネは牧場のときのやり取りを思い出す。

マイヤはスマホを使ってUFOの写真を撮影していた。


UFOは写真の端にくっきりと映っていたのだ。

アダムスキー型円盤――

オーソドックスでテンプレな、

円盤型飛行物体。


「あのUFOって……()()()()()、でしょ?」


「…………っ!」



☆☆☆


マイヤの手にしたスマホに目を落とす――

円盤のフィギュアのストラップが揺れていた。


☆☆☆



「写真を撮るときに、ストラップのフィギュアを手にして、端っこに見切れるようにしてシャッターを切った……だから、()()()()()()()()()んだよね? いつものマイヤちゃんの写真みたいに、空にぽっかりと映る形にはならなかったッ!」


きっと、普段の写真なら。

こうはならなかったのだろう。


写真加工をじっくり出来る場なら、もっと精巧なUFO写真を作ることができたはず――ただし、あのときは他に道具もなく――即席で、撮る必要があった。


ミコネの推理を聞いて、

セラはミコネのおかっぱ頭を優しく撫でる。


「アンタ、てっきりニブチンだと思ってたけどさァ。ちゃァんと見抜けるようになってンじゃないのよ、この手の怪異もどきのトリックが。うふふ。もしかしたら、アンタも似てきたのかもねェ、あの陰険な殊能しゅのうヨミに!」


「ありがとうございますッ!

 でも、今回は……マイヤちゃんも無理してたから」


その場にある道具だけで、撮った写真。

だからこそ、

仕掛けとしてはお粗末なものになってしまった。


勘がにぶいミコネですら、見抜けるくらいに。


「マイヤちゃん。本当のことを言ってッ!」


「う」


「……う?」


「うるさいのですっ!

 ボクはインチキなんか、してないのですっ!」


マイヤは椅子から立ち上がり、

ミコネをにらみつけた。


「マイヤちゃん……!?」


「ボクは、本当にUFOを見たのです……!

 たとえ、トリックで同じ写真が撮れたとしても。

 ボクの見た真実は、否定できないのですっ!」


「そんな……っ!」


愕然とするミコネ。


その様子を見ていたセラは、

「やっぱり、こうなるわね」

と、呟いた。



「UFOは決して『特定怪異』になり得ない、ってミコネにも言ったでしょ。なぜならば、UFOの本質は『UFO体験』にあるからよ。同じ光を空に見たとしても、それを目の錯覚か何かだと解釈する者と、宇宙人の乗る円盤型飛行物体だと解釈する者では、体験の意味はまったくの異となる。そして、こと『UFO』においては、『UFO体験』は誰も否定することができないのよ……」



セラは、ミコネに語った。


UFO写真、

円盤の破片、

宇宙人の解剖映像――


UFOが宇宙人の乗り物だという物証は、

いずれも根拠薄弱の胡散臭いものしかない。


変形する正二十面体パズル――

ケガをした陸上部員――

殺人技巧書――

不可思議なQRコード――


体験だけではなく、

物証を伴う『特定怪異』とは異なる。


だが、接近自称者コンタクティーのコミュニティにおいては、

どんなに荒唐無稽ワンダーな『体験』であっても通ってしまう。


「円盤に乗せられた、

 頭に金属片を埋め込まれた、

 ヘソに針を刺し込まれた、

 高次のメッセージを送られた、

 金星まで連れていかれた――

 そんなふざけた話が、誰にも否定されない。

 いいえ、否定できるわけがないわ。

 『体験』は否定されないのよ。

 元より証明しようとしてないのだから」


「最初から証明しようとしていないものは、

 否定のしようがない……」


「そうわよ。だから、この話はこれでおしまい」


セラはポケットから懐中時計を取り出した。

古代機械アンティークの針が時を刻んでいる。


「そろそろ、時間になるわ。

 これで、アンタも気が済んだでしょ」


「ま、まだです…………ッ!」


「――どうして?」


かたくなな態度のミコネに、セラは問いかけた。


「アンタ、どうして、そこまでして……江藤えどうマイヤの『UFO体験』を否定しようとするのかしら。コイツがUFOを見ようが、ウソの写真で人をだまそうが、金星に行こうがレチクル座ゼータ星に行こうが、どうだっていいことじゃない。今回は怪異撃滅ディセクトをしたがる殊能しゅのうヨミはいないんだし。アンタだって……怪異撃滅クラブじゃないってのにさァ」


セラの言うとおりだった。

ミコネは怪異撃滅クラブじゃない。


ミコネは帰宅部、

ただのオカルト好き。


怪異のウワサに引き付けられて……

それを幼馴染のヨミにも共有して。


結果的に、事件を調べることになって。

それで人の命を救うことになったり、

……命を、助けられなかったりもして。


怪異が『怪異模倣案件モキュメント』だとわかり、

撃滅しちゃったりも……するんだけど。



「あたし……怪異撃滅ディセクトをしたいわけじゃないんです」



だんだんと、わかってきたことがある。

――怪異は好きだけど。人が苦しむのは嫌だって。


ミコネはスマホを取り出し、SNSを開く。


「マイヤちゃんの体験記レポート、昔から見てたよ。マイヤちゃんと交信コンタクトしてるゼータ・レチクル星人は、地球よりもずっと高度に科学が進んだ、争いが無い平和な文明を築き上げた……高次の知性体なんだよね?」


マイヤは目深に被った帽子を上げた。


「……そうなのです。地球にやって来るような高度な科学力を持った知性が、仮に人間に敵対する意志を持っているのなら、とっくにこの星は滅んでいるのです。だから、ゼータ・レチクル星人は、ボクたち人類を愛しているのですよ!」


そう、マイヤは宇宙人の愛を受け取っている。

遠くの星から来た人も、愛を知っている――


「じゃあ、どうして、

 牧場の牛をさらったりするの?」


ミコネが問うと、マイヤは固まる。


「そ、それは……」


「牧場で『誘拐犯の正体は宇宙人だ』って話をしたとき……マイヤちゃん、悲しそうな顔してたよね。あたし、思ったんだ。マイヤちゃんが好きな宇宙人は、キャトルミューティレーションや、エイリアン・アブダクションみたいな悪いことなんて、絶対にしない宇宙人なんだよねッ!?」


「う、ううう……っ!」


泣き出しそうな顔をするマイヤ。

ミコネはマイヤの肩に手を置いた。


「あたしも、宇宙人とかUFOとか大好きだから。

 そういう話を聞くと、いつもワクワクするんだ……、

 だから。

 マイヤちゃんの思いを、利用されたくないのッ!」


「……()()()()()()」と、セラが言った。


「あの牧場には、警察からも近々《きんきん》に捜査が入ることになってたみたいよ。景気が良さそうなのも当然の話……あそこの主な収入源は、牛乳販売や観光業ではなく、乳牛預託商法だったんだからさァ……!」


マイヤはセラに疑問を呈した。


「乳牛預託商法?

 なんなのですか、それは……?」


「生まれたばかりの乳牛を出資対象にして、出資者を募り、集まった出資金を使って肥育する商法よ。ブランド牛が成長すれば、生産される牛乳は高値で売れる……売れたお金から配当金を出して、出資者に還元するって仕組みね」


一見、しっかりした商法に見えるものの――


「牛乳って、そんなに高く売れるのです?」


「はァ? 売れるわけないじゃない。古典的詐欺商法ポンジ・スキームなんじゃないかと警察は疑ってる。出資されたお金をプールして、その一部から配当金を出してたんじゃないかってさァ……コイツはねェ、出資者が増えるかぎりお金は回るけど、いずれは破綻するシステムよ」


古典的詐欺商法ポンジ・スキーム……!」


「経営が傾いた牧場を立て直すために手を出したようだけど、火遊びが過ぎたみたい。出資者が増えれば増えるほど、出資対象である牛が必要になる――牧場で実際に育ててる牛と、帳簿の上での牛の数にはどんどん乖離かいりが生じていくわ」


あの牧場には、

本当は存在しない牛が無数にいた――。



だからこそ、牛は消えていったのだ。



「まさか、牛の誘拐事件は……

 牧場の、でっち上げなのです、か」


マイヤは呆然と呟いた。

ミコネはマイヤの肩に力を込めて、言う。


「そうだよ……ッ! 帳簿上にしか存在しない牛をいなかったことにするために、マイヤちゃんのUFO写真は、牧場に利用されたのッ! マイヤちゃんは有名なインフルエンサーだから、牧場からしてみれば、エイリアン・アブダクションのウワサを広めるのにちょうど良かったんだ……ッ!」


「ボクの、せいで……」


ガチャリ――と、扉が開く。

先ほどの刑事が、ドアを背に立っていた。


「約束の10分だぞ。まったく、警察としては、詐欺事件の捜査情報は部外者には話せないっていうのに、気持ちよくベラベラとしゃべってくれるなぁ」


ミコネは刑事に頭を下げる。


「ご、ごめんなさいッ!」


「……さて。江藤えどうマイヤさん。

 君が、本当は何を見たのか、話してくれるかな?」


『UFO体験』を他人が否定することは出来ない。

否定できる者がいるとすれば――

それは、一人だけ。


「マイヤちゃん……ッ!」


マイヤは背筋を伸ばして、立ち上がる。


刑事と、セラと、ミコネは、

マイヤの告白を黙って見守った。


「ボクは――」




何も、見ていなかった。

空には、何も浮かんでいなかった。


マイヤの託宣と、同時に――


青空に浮かんだ、黒い円盤は、

跡形もなく溶けていく。


写真には、絵に描いたような青だけが残った。




怪異模倣案件モキュメント――

消失確認ロスト




「……これで、ボクも終わりなのです」


夕陽が沈み、空は群青へと染まる。

マイヤは帽子を取り、スマホを取り出した。


スマホの四角い画面の世界――

SNSでは、通知が鳴り止まないでいる。


「自分の『UFO体験』を自分で否定するUFO研究家なんて、聞いたことがないのです。ははっ。ボク、何してるんだろ」


「マイヤちゃん……」


「でも、ボクが守りたいものを守れたのです」


ふっきれたような顔をしたマイヤに、セラが言う。


「アンタも、妙なところでマジメよねェ。いつもの宇宙人は良い宇宙人で、今回見た宇宙人は悪い宇宙人です、とかで良かったじゃないのよ。写真のことだって、警察は『証言してくれるなら、偽造の件は外部に漏らさない』って約束してくれたでしょ? なにも、インチキ写真だったことまでバラさなくたってさァ」


悪い笑みを浮かべるセラ。

それにマイヤは首を振って答えた。


「いいかげん、疲れてたのです。みんなの期待に応えて、もっと派手な写真を、もっと過激な交信体験コンタクトを、って……どんどんインフレして。フォロワーが増えるたびに、まるで、今にも破裂しそうなフーセンを抱えてるみたいで」


「なァる。

 400万フォロワーって言ったら、よっぽどよね」


「写真も体験も、ほとんどは嘘っぱちだったのです」


ミコネは「ええっ!?」と驚いた。


「ほとんどは、嘘って……

 じゃあ、ホントの写真もあったの!?」


マイヤはニッコリと笑った。


両手の指をぴらぴらと動かして、

奇妙なポーズをとる。


「当然なのですっ!

 たまーに、撮れてたのですよっ!」


「それじゃ、金星に旅行した話はッ!?

 宇宙人の円盤でプレアデス星団を観光したやつもッ!」


マイヤはバツの悪そうな顔をして、

ミコネから目を逸らした。


「あ。それは100%嘘なのです……」


「なァんで嘘つくのーっ!?

 体験記レポートを読んでドキドキしてたのにーーーッ!」


マイヤは、アスファルトの地面に目を落とした。


「……ボクが声を聞いたのは、一度だけ。夜の闇に、ぼおっとした光が灯ってた。眠ってたママを起こして、話したときには、きっと、寝ぼけて夢でも見たんでしょ――って言われたけど。ボクは……あのときの声を、もう一度聞くために、ずっと空を追いかけていたのです」


「そう……だったんだ」


ミコネはなんとなしに空を見上げる。


周囲に光源が少ない高原の空には、

ポツポツと白い光が浮かんでいた。


天の光は、すべて星?


「UFOって……ホントにあるのかなぁ」


ミコネが呟く。

マイヤが口を開く前に、それに答えたのはセラだった。


「UFO? そんなの、あるに決まってるじゃない!

 なんなら、アンタにだって見ることが出来るわよ!」


ミコネは身構えた。

生き生きとしたセラは危険である。


「ええーーーッ?

 それ、嘘じゃないですよねぇ……ッ!?」


「マジ、マジ。マジわよ。あ、そうだ。

 アタシら、ちょうど終電も逃したことだし……」


「えっ、終電、無いのッ!?」


ミコネはスマホを開いて、時刻表を確認する。


「あーーーーッ、ホントだッ!」


今日はもう、東京には帰れない。


ミコネは慌てているが、

一方、セラはどこ吹く風の様子。


スマホでLINEアプリを開くと、

どこかへと連絡を取り始めている。


「なんならさァ……。

 ミコネも、マイヤも。

 お姉さんと、UFOを見に行きましょうよぉ?

 ぐへへへ………」


セラの胡乱な気配を感じ取り――


ミコネとマイヤは、

ヘビに食べられるカエルのような目で、

二人して目を見合わせるのだった。


「「怪異なのですーーーーッッッ!」」


胡乱人による、誘拐事件の発生。

そう、

セラリアン・アブダクションの始まりである!


「あァん!? 誰が、セラリアンですってェ!?」

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