エリア4「消失、確認」
☆☆☆
――警察署の一室にて。
「……それで、君が目撃した飛行物体についてなんだけど。それはいわゆる、ドローンみたいなものなのかな?」
背広を着た若い刑事が、マイヤに訊ねる。
机の上には一枚の写真。
牧草地の上に飛行する円盤の影があった。
「………違う、のです。
ドローンじゃないのです」
「宇宙人の円盤だって言うのか? 江藤マイヤさん。君の肩書きについては知っているがね。そんな話、まさか、本気で主張するつもりじゃないだろう?」
マイヤは唇を噛み、視線を落とす。
刑事はため息をついた。
「いい加減、本当のことを言ってくれないと」
重苦しい空気――
それを打ち破るのは、ドアのノック音だった。
コン、コン。
「ん、誰だ……?」
ガチャリ、とドアから入って来たのは――
二人組の女子高生である。
☆☆☆
「失礼しますッ!」
ミコネは元気よく挨拶する。
「すみません。マイヤちゃんと、どうしても、話したいことがあって。刑事さん、お願いです。少しだけ、あたし達に時間を取らせてくださいッ!」
「な、なんだぁっ、君たちは!?
どこから入ったんだ?
部外者は立ち入り禁止だぞ!」
「ええと……」
ミコネの横から、セラが進み出る。
「怪異撃滅クラブよ」
刑事は驚いて立ち上がる。
「怪異撃滅クラブだってッ!?
あの、悪名高い、オカルト探偵集団……ッ!」
「そうわよ。
……ン、悪名高いですって?」
刑事はセラを観察しつつ、言う。
「銀髪では無いし……。
(目線が胸元に下がる)
うん……ネットニュースでも見たけど。
可憐だってウワサの探偵の子じゃないな。
いや、本官の趣味の話じゃないぞ。
誤解なきように、だ。
あくまで一般論。
それに……。
ゴザルゴザルとか言ってないってことは。
やばいってウワサの忍者の子でもない……。
ちょっと安心した。
実は、本物の怪異だって評判だしな。
あ。
わかったぞっ!
”あの”榎木田セラだな!」
セラは「あァ!?」と威嚇する。
「”あの”って、”どの”、よ?」
「”あの”榎木田セラと言ったら、榎木田財閥の権力と、警察庁の大物が親族にいるのを良いことにやりたい放題で、警察の大人をアゴで使いまくると評判のワガママ・オカルト・美人・悪役令嬢じゃないのか?」
「(あ、悪役令嬢ッ!)」
ミコネは思わず噴き出した。
セラはミコネの頭をぐりぐりと撫でる。
「あ、あ痛たたたっ!
セラ先輩、暴力反対ですッ!」
「こっちも、今回は後輩のワガママで、迷惑をかけてる負い目があるからさァ……今の発言は聞かなかったことにしてあげるわ。10分、時間をもらうわよ」
刑事はしぶしぶと立ち上がる。
「10分、か。仕方ないな……」
「なァに、すぐに手柄を立てさせてあげるわよ。
アタシに感謝することになるわ!」
刑事は興味深そうな顔つきをした。
「なら、怪異撃滅のやり口を見させてもらうとするか。
今後の、事件捜査の参考とするためにね」
刑事は退席していく。
セラは部屋の横にある鏡を見た。
「あれって、ドラマとかでよく出てくる……マジックミラーでしょうね。鏡の向こうからは室内が覗けるガラスになってるはず。きっと、さっきの刑事が見てると思うわ。ミコネ、決着をつけちゃいなさい。東京に戻るのなら……特急の最終列車まで、もう時間が無いのだから」
ミコネはうなずいた。
「はいッ!」
江藤マイヤは、椅子の上で小さな身体を縮める。
「ボ、ボクは……話すことなど無いのです」
「マイヤちゃん。
あたし、気づいちゃったんだ」
ミコネは牧場のときのやり取りを思い出す。
マイヤはスマホを使ってUFOの写真を撮影していた。
UFOは写真の端にくっきりと映っていたのだ。
アダムスキー型円盤――
オーソドックスでテンプレな、
円盤型飛行物体。
「あのUFOって……ストラップ、でしょ?」
「…………っ!」
☆☆☆
マイヤの手にしたスマホに目を落とす――
円盤のフィギュアのストラップが揺れていた。
☆☆☆
「写真を撮るときに、ストラップのフィギュアを手にして、端っこに見切れるようにしてシャッターを切った……だから、円盤は端に映ってたんだよね? いつものマイヤちゃんの写真みたいに、空にぽっかりと映る形にはならなかったッ!」
きっと、普段の写真なら。
こうはならなかったのだろう。
写真加工をじっくり出来る場なら、もっと精巧なUFO写真を作ることができたはず――ただし、あのときは他に道具もなく――即席で、撮る必要があった。
ミコネの推理を聞いて、
セラはミコネのおかっぱ頭を優しく撫でる。
「アンタ、てっきりニブチンだと思ってたけどさァ。ちゃァんと見抜けるようになってンじゃないのよ、この手の怪異もどきのトリックが。うふふ。もしかしたら、アンタも似てきたのかもねェ、あの陰険な殊能ヨミに!」
「ありがとうございますッ!
でも、今回は……マイヤちゃんも無理してたから」
その場にある道具だけで、撮った写真。
だからこそ、
仕掛けとしてはお粗末なものになってしまった。
勘がにぶいミコネですら、見抜けるくらいに。
「マイヤちゃん。本当のことを言ってッ!」
「う」
「……う?」
「うるさいのですっ!
ボクはインチキなんか、してないのですっ!」
マイヤは椅子から立ち上がり、
ミコネをにらみつけた。
「マイヤちゃん……!?」
「ボクは、本当にUFOを見たのです……!
たとえ、トリックで同じ写真が撮れたとしても。
ボクの見た真実は、否定できないのですっ!」
「そんな……っ!」
愕然とするミコネ。
その様子を見ていたセラは、
「やっぱり、こうなるわね」
と、呟いた。
「UFOは決して『特定怪異』になり得ない、ってミコネにも言ったでしょ。なぜならば、UFOの本質は『UFO体験』にあるからよ。同じ光を空に見たとしても、それを目の錯覚か何かだと解釈する者と、宇宙人の乗る円盤型飛行物体だと解釈する者では、体験の意味はまったくの異となる。そして、こと『UFO』においては、『UFO体験』は誰も否定することができないのよ……」
セラは、ミコネに語った。
UFO写真、
円盤の破片、
宇宙人の解剖映像――
UFOが宇宙人の乗り物だという物証は、
いずれも根拠薄弱の胡散臭いものしかない。
変形する正二十面体パズル――
ケガをした陸上部員――
殺人技巧書――
不可思議なQRコード――
体験だけではなく、
物証を伴う『特定怪異』とは異なる。
だが、接近自称者のコミュニティにおいては、
どんなに荒唐無稽な『体験』であっても通ってしまう。
「円盤に乗せられた、
頭に金属片を埋め込まれた、
ヘソに針を刺し込まれた、
高次のメッセージを送られた、
金星まで連れていかれた――
そんなふざけた話が、誰にも否定されない。
いいえ、否定できるわけがないわ。
『体験』は否定されないのよ。
元より証明しようとしてないのだから」
「最初から証明しようとしていないものは、
否定のしようがない……」
「そうわよ。だから、この話はこれでおしまい」
セラはポケットから懐中時計を取り出した。
古代機械の針が時を刻んでいる。
「そろそろ、時間になるわ。
これで、アンタも気が済んだでしょ」
「ま、まだです…………ッ!」
「――どうして?」
頑なな態度のミコネに、セラは問いかけた。
「アンタ、どうして、そこまでして……江藤マイヤの『UFO体験』を否定しようとするのかしら。コイツがUFOを見ようが、ウソの写真で人を騙そうが、金星に行こうがレチクル座ゼータ星に行こうが、どうだっていいことじゃない。今回は怪異撃滅をしたがる殊能ヨミはいないんだし。アンタだって……怪異撃滅クラブじゃないってのにさァ」
セラの言うとおりだった。
ミコネは怪異撃滅クラブじゃない。
ミコネは帰宅部、
ただのオカルト好き。
怪異のウワサに引き付けられて……
それを幼馴染のヨミにも共有して。
結果的に、事件を調べることになって。
それで人の命を救うことになったり、
……命を、助けられなかったりもして。
怪異が『怪異模倣案件』だとわかり、
撃滅しちゃったりも……するんだけど。
「あたし……怪異撃滅をしたいわけじゃないんです」
だんだんと、わかってきたことがある。
――怪異は好きだけど。人が苦しむのは嫌だって。
ミコネはスマホを取り出し、SNSを開く。
「マイヤちゃんの体験記、昔から見てたよ。マイヤちゃんと交信してるゼータ・レチクル星人は、地球よりもずっと高度に科学が進んだ、争いが無い平和な文明を築き上げた……高次の知性体なんだよね?」
マイヤは目深に被った帽子を上げた。
「……そうなのです。地球にやって来るような高度な科学力を持った知性が、仮に人間に敵対する意志を持っているのなら、とっくにこの星は滅んでいるのです。だから、ゼータ・レチクル星人は、ボクたち人類を愛しているのですよ!」
そう、マイヤは宇宙人の愛を受け取っている。
遠くの星から来た人も、愛を知っている――
「じゃあ、どうして、
牧場の牛をさらったりするの?」
ミコネが問うと、マイヤは固まる。
「そ、それは……」
「牧場で『誘拐犯の正体は宇宙人だ』って話をしたとき……マイヤちゃん、悲しそうな顔してたよね。あたし、思ったんだ。マイヤちゃんが好きな宇宙人は、キャトルミューティレーションや、エイリアン・アブダクションみたいな悪いことなんて、絶対にしない宇宙人なんだよねッ!?」
「う、ううう……っ!」
泣き出しそうな顔をするマイヤ。
ミコネはマイヤの肩に手を置いた。
「あたしも、宇宙人とかUFOとか大好きだから。
そういう話を聞くと、いつもワクワクするんだ……、
だから。
マイヤちゃんの思いを、利用されたくないのッ!」
「……乳牛預託商法」と、セラが言った。
「あの牧場には、警察からも近々《きんきん》に捜査が入ることになってたみたいよ。景気が良さそうなのも当然の話……あそこの主な収入源は、牛乳販売や観光業ではなく、乳牛預託商法だったんだからさァ……!」
マイヤはセラに疑問を呈した。
「乳牛預託商法?
なんなのですか、それは……?」
「生まれたばかりの乳牛を出資対象にして、出資者を募り、集まった出資金を使って肥育する商法よ。ブランド牛が成長すれば、生産される牛乳は高値で売れる……売れたお金から配当金を出して、出資者に還元するって仕組みね」
一見、しっかりした商法に見えるものの――
「牛乳って、そんなに高く売れるのです?」
「はァ? 売れるわけないじゃない。古典的詐欺商法なんじゃないかと警察は疑ってる。出資されたお金をプールして、その一部から配当金を出してたんじゃないかってさァ……コイツはねェ、出資者が増えるかぎりお金は回るけど、いずれは破綻するシステムよ」
「古典的詐欺商法……!」
「経営が傾いた牧場を立て直すために手を出したようだけど、火遊びが過ぎたみたい。出資者が増えれば増えるほど、出資対象である牛が必要になる――牧場で実際に育ててる牛と、帳簿の上での牛の数にはどんどん乖離が生じていくわ」
あの牧場には、
本当は存在しない牛が無数にいた――。
だからこそ、牛は消えていったのだ。
「まさか、牛の誘拐事件は……
牧場の、でっち上げなのです、か」
マイヤは呆然と呟いた。
ミコネはマイヤの肩に力を込めて、言う。
「そうだよ……ッ! 帳簿上にしか存在しない牛をいなかったことにするために、マイヤちゃんのUFO写真は、牧場に利用されたのッ! マイヤちゃんは有名なインフルエンサーだから、牧場からしてみれば、エイリアン・アブダクションのウワサを広めるのにちょうど良かったんだ……ッ!」
「ボクの、せいで……」
ガチャリ――と、扉が開く。
先ほどの刑事が、ドアを背に立っていた。
「約束の10分だぞ。まったく、警察としては、詐欺事件の捜査情報は部外者には話せないっていうのに、気持ちよくベラベラとしゃべってくれるなぁ」
ミコネは刑事に頭を下げる。
「ご、ごめんなさいッ!」
「……さて。江藤マイヤさん。
君が、本当は何を見たのか、話してくれるかな?」
『UFO体験』を他人が否定することは出来ない。
否定できる者がいるとすれば――
それは、一人だけ。
「マイヤちゃん……ッ!」
マイヤは背筋を伸ばして、立ち上がる。
刑事と、セラと、ミコネは、
マイヤの告白を黙って見守った。
「ボクは――」
何も、見ていなかった。
空には、何も浮かんでいなかった。
マイヤの託宣と、同時に――
青空に浮かんだ、黒い円盤は、
跡形もなく溶けていく。
写真には、絵に描いたような青だけが残った。
怪異模倣案件――
消失確認。
「……これで、ボクも終わりなのです」
夕陽が沈み、空は群青へと染まる。
マイヤは帽子を取り、スマホを取り出した。
スマホの四角い画面の世界――
SNSでは、通知が鳴り止まないでいる。
「自分の『UFO体験』を自分で否定するUFO研究家なんて、聞いたことがないのです。ははっ。ボク、何してるんだろ」
「マイヤちゃん……」
「でも、ボクが守りたいものを守れたのです」
ふっきれたような顔をしたマイヤに、セラが言う。
「アンタも、妙なところでマジメよねェ。いつもの宇宙人は良い宇宙人で、今回見た宇宙人は悪い宇宙人です、とかで良かったじゃないのよ。写真のことだって、警察は『証言してくれるなら、偽造の件は外部に漏らさない』って約束してくれたでしょ? なにも、インチキ写真だったことまでバラさなくたってさァ」
悪い笑みを浮かべるセラ。
それにマイヤは首を振って答えた。
「いいかげん、疲れてたのです。みんなの期待に応えて、もっと派手な写真を、もっと過激な交信体験を、って……どんどんインフレして。フォロワーが増えるたびに、まるで、今にも破裂しそうなフーセンを抱えてるみたいで」
「なァる。
400万フォロワーって言ったら、よっぽどよね」
「写真も体験も、ほとんどは嘘っぱちだったのです」
ミコネは「ええっ!?」と驚いた。
「ほとんどは、嘘って……
じゃあ、ホントの写真もあったの!?」
マイヤはニッコリと笑った。
両手の指をぴらぴらと動かして、
奇妙なポーズをとる。
「当然なのですっ!
たまーに、撮れてたのですよっ!」
「それじゃ、金星に旅行した話はッ!?
宇宙人の円盤でプレアデス星団を観光したやつもッ!」
マイヤはバツの悪そうな顔をして、
ミコネから目を逸らした。
「あ。それは100%嘘なのです……」
「なァんで嘘つくのーっ!?
体験記を読んでドキドキしてたのにーーーッ!」
マイヤは、アスファルトの地面に目を落とした。
「……ボクが声を聞いたのは、一度だけ。夜の闇に、ぼおっとした光が灯ってた。眠ってたママを起こして、話したときには、きっと、寝ぼけて夢でも見たんでしょ――って言われたけど。ボクは……あのときの声を、もう一度聞くために、ずっと空を追いかけていたのです」
「そう……だったんだ」
ミコネはなんとなしに空を見上げる。
周囲に光源が少ない高原の空には、
ポツポツと白い光が浮かんでいた。
天の光は、すべて星?
「UFOって……ホントにあるのかなぁ」
ミコネが呟く。
マイヤが口を開く前に、それに答えたのはセラだった。
「UFO? そんなの、あるに決まってるじゃない!
なんなら、アンタにだって見ることが出来るわよ!」
ミコネは身構えた。
生き生きとしたセラは危険である。
「ええーーーッ?
それ、嘘じゃないですよねぇ……ッ!?」
「マジ、マジ。マジわよ。あ、そうだ。
アタシら、ちょうど終電も逃したことだし……」
「えっ、終電、無いのッ!?」
ミコネはスマホを開いて、時刻表を確認する。
「あーーーーッ、ホントだッ!」
今日はもう、東京には帰れない。
ミコネは慌てているが、
一方、セラはどこ吹く風の様子。
スマホでLINEアプリを開くと、
どこかへと連絡を取り始めている。
「なんならさァ……。
ミコネも、マイヤも。
お姉さんと、UFOを見に行きましょうよぉ?
ぐへへへ………」
セラの胡乱な気配を感じ取り――
ミコネとマイヤは、
ヘビに食べられるカエルのような目で、
二人して目を見合わせるのだった。
「「怪異ーーーーッッッ!」」
胡乱人による、誘拐事件の発生。
そう、
セラリアン・アブダクションの始まりである!
「あァん!? 誰が、セラリアンですってェ!?」




