第三形態「魚」
夜が更けて――
ホノカのマンションのブロック塀の近くで、
スマホを操作する青年の姿があった。
「くそっ……ホノカのやつ、設定をいじったのか?」
黒縁眼鏡の奥にある瞳はいらつきを隠せない。
乱暴にスクリーンを叩く指。
[スマートフォンが接続されていません]
ちっ、と舌打ちをして青年はその場を去ろうとする。
すると――
「動くな! 警察だ!」
「えっ――?」
背後から腕を取られ、男のスマホが地面に落ちた。
画面には「IoTリモコン」アプリが開かれている。
駆けつけた警察官たちはスマホを拾いあげた。
「あの子の推理どおりだな。遠隔操作の証拠を確保。
殺人未遂の疑いで現行犯逮捕する!」
「あっイヤっ、違っ……アプリが勝手に」
青年は顔面蒼白となり、
意味をなさない言い訳を吐き続ける。
そんな光景をこっそり覗く二人の女子高生。
黒髪の少女――ミコネは言う。
「ホノカちゃん、助かったみたい!」
銀髪の少女――ヨミも答える。
「……これは怪異の仕業なんかじゃない」
全てはヨミが推理したとおりの真相となった。
後日。
――旧・部室棟、怪異撃滅クラブにて。
ミコネが用意したホワイトボードに、
ヨミはマーカーペンで文字を書く。
「まず最初のポイントは『ホノカの症状』。
ミコネ、覚えてる?」
「ええと――
ウワサだと頭痛と吐き気がしたって言ってた!」
ヨミは「・頭痛 ・吐き気」と書いていく。
「実際に会ったら、
めまいと立ちくらみの話もしてたよねッ!」
ヨミは「・めまい ・立ちくらみ」と書いて、言った。
「ミコネ、気づいた?
これらは典型的な初期症状――熱中症の」
「ね、熱中症ーーーっ!?」
竜胆ホノカを苦しめていた原因は呪いではなく、
真夏ではよくみられる症状――熱中症によるものだった。
「ウワサを思い出して。ホノカは悪夢に苦しめられた夜、シャツが濡れるくらいに寝汗をびっしょりかいてたって話……でも、今はまだ6月」
ヨミはミコネの首筋に顔を近づけると――
すんすん、と鼻をならした。
「ヨミちゃん!?」
「日中は汗ばむ日もあるけど、夜は冷え込む。いくら汗をかいても、シャツが濡れるほどじゃない……かも」
「い、言われてみれば、そうだねッ!
(なんで嗅いだのー!?)」
「ホノカの部屋。彼氏からもらったっていうプレゼントがいっぱいあった……低温調理器に……ロボット掃除機に……IoTリモコン。IoTリモコンはスマホで家電を操作できる……よね?」
「そう言えば、ホノカちゃん言ってた!
たしか――」
☆☆☆
「エアコンとかTVのリモコンをスマホで使えるようになるやつで、あれがあると寝る直前までスマホ使えるから便利だよ。よく導入がわからなかったから設定は彼氏にやってもらったけど」
☆☆☆
「リモコンの設定は彼氏さんにやってもらった、って!」
「そのときに、あの男は自分のスマホでも操作できるように設定しておいた……んだと、思う。そうすれば……部屋の外からでも、リモコンを操作できる。外部からこっそりエアコンを操作して夜のあいだだけ暖房にすることで室内温度を上昇させていた……朝になったら戻す……そのせいでホノカは熱中症に追い込まれていた」
「ホノカちゃんの部屋、
ブロック塀で視界はふさがれてるけど――」
「BluetoothやWifiで繋ぐ分には問題ない」
そういえば――と、ミコネは思い出した。
「Wifiで繋げられるなら、彼氏さんは家からでも操作できるよね。でも、この前の夜には、わざわざホノカちゃんのマンションまで来てたのはどうして?」
「私が……Wifiで操作できないように……IoTリモコンの設定をいじったから。Wifiと違ってBluetoothだと、近距離でしか操作できない……ホノカの部屋は一階だから、マンションの近くまで来れば操作できると思ったはず……つまり、あそこにやって来た時点で、自分が犯人だと……自白するようなもの、かも」
怪異撃滅クラブには警察に協力するパイプがある。
以前に事件に協力したときのものであり――
今回、ヨミの推理で警察を動かせたのもそのためだ。
「殺人未遂の動かぬ証拠を、つかませる必要があった。
ちょっとした賭けだった……かも」
「ヨミちゃんの狙いどおりになったんだね!
すごいよ! ヨミちゃんカッコいい!」
ミコネがヨミの手を取って小躍りすると、
ヨミはふにゃり、と表情を柔らかくした。
「ふふふ。それほどでもある。うん……ホノカも、無事でよかった。これもミコネがウワサを持ってきたおかげ……かも」
「SNSやウワサ話になら、常に目を光らせてるからねッ!」
「ミコネのオカルト好きにも困ったもの。
……怪異なんて、存在しない、よ」
その後、犯人の供述によって事件の全てが明らかとなった。
ホノカと彼氏とのあいだにはトラブルは無かったという。
では、殺そうとした動機はというと――
「思いついたからやってみたかった、って。
そんなことで……!」
「……最悪。でも、予想はしてたかも」
ヨミは目を細めて、嫌悪感を隠さずに言う。
「リモコン一つ、スマホの画面超しに人の命を奪う……あのトリックには、遊び心……いいや、悪ふざけの意図を感じた。『怪異模倣案件』の発生条件を満たしている、と言える」
ミコネは以前の事件でヨミが言っていたことを思い出す。
『怪異模倣案件』の発生条件は三つある。
「悪意と、手段と」
「……悪しき間に、「魔」が差した」
悪意は『幼稚な嗜虐心』、
手段は『IoTリモコン』、
「魔」となった存在は『エミロム』。
「ヨミちゃん、ヨミちゃん。
ところでエミロムって何だったの?」
「パズルだよ。でも、ただのパズルじゃない」
そう言ってヨミは金属パズルを取り出した。
「うわぁ! また変形してるーーーっ!?」
最初は『熊』、次は『鷹』、
そして今度は――『魚』。
「このパズルには特殊な金属が使われていた……パズルの一部が温度によって自動で変形する仕組み……形状記憶合金が素材に使われている」
「形状記憶合金って、
メガネの「つる」とかに使われてるやつだよね!」
「そう。特定の形状を記憶させておくと……その後に変形しても、温度が一定以上に上がると元の形状に戻ろうとする性質がある……」
「温度が一定以上に……そっか!
ホノカちゃんの部屋は暖房で温度が上げられてた!」
ホノカの彼氏はエミロムについて調べることで、それが形状記憶合金を使用したパズルだということに気づいた。
パズルが勝手に変形した理由が「温度の上昇」であることが知られたら、自分の犯行計画がバレてしまうかもしれない……!
「だから、彼氏さんは急に
「パズルを捨てろ」って言ったんだね!」
「ホノカにかけられてたイタズラ電話の主も、同じ。
犯人の悪意。
パズルを捨てろという指示は……証拠の隠滅」
エミロムには複数の形状記憶合金が使用されており、それぞれの形態に変形するために必要な温度も異なっていた――段階的に変形していたのはそのためだった。
勝手に変形したのはバネ仕掛け。
金属が変形すると形態も変わる仕組みだったらしい。
怪異模倣案件――
撃滅完了。
ヨミは片目を隠す銀髪をかきあげてポーズを取る。
それでも、ミコネにはわからないことがあった。
「ところで、気になることがあるんだけど!
結局、エミロムってどういう意味だったの!?
アナグラムって何ッ!?」
ヨミはだるそうに答える。
「あぁ……パズルの解き方を表わしてたの、かも。
パズルは形状記憶合金で出来てたでしょ?」
「うん、うん!」
「形状記憶合金は英語でShape Memory Alloy。
パズルの名前はアルファベットで、
……………だよ、ね?
これを入れ替えると――」
「…………んん?
えーとっ。
…………あ。
あ、ああーーーっ!!!」
怪異撃滅クラブの部室に、ミコネの絶叫が響き渡った。
Episode.Ⅰ…EMYROM End.
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