どこの山にもデカい鮫はいる(前編)
放課後の怪異撃滅クラブの部室にて。
玄野ミコネが足早に入ってきた。
ミコネは縄で十字に縛られた桐箱を抱えている。
「ヨミちゃーんッ!
って、暑ぅ!」
ムン、とした熱気がミコネを迎える。
6月の中旬、気候は真夏日となっていた。
それにしても、この暑さは異常である。
部室には榎木田セラが一人、本を開いて座っていた。
「アンタ、相変わらず暑苦しい奴だわね……今日ぐらい、大人しくしてなさいよ……冬のナマズみたいにさァ……」
「セラ先輩ッ!
ヨミちゃんやマツリちゃんは?」
「無明マツリなら、職員室に交渉事に向かったわ。部室棟のクーラーが調子悪いから、さっさと修理業者を呼ぶように、ってね」
「マツリちゃんが行ったなら、安心ですね!」
「あの子、普段はゴザルゴザル言ってるくせに、アタシ達の前以外では別人みたいにお淑やかだし、コミュ力も高いからね。なんかさァ、二重人格みたいで怖いけど」
「マツリちゃんが言ってましたッ!
忍者は忍ぶもの、だって!」
ニンッ、とミコネは印を結ぶポーズを取る。
「急に、まともなこと言われると腹立つわね。
忍者とか言ってるくせに、おかしいでしょ……!」
「それで、ヨミちゃんはどうしたんですか?」
セラは緑髪のツインテールをほどくと、長い髪で片目を隠し、眠そうな眼つきになって、こう言った。
「……帰る。クソ暑い。暑すぎる。
こんなところにいたら……死んじゃう、かも」
「ぷはっ! セラ先輩、似てるー!」
セラはきゅっ、と長髪を結び直した。
「そういうわけ、だからさァ。アンタも、さっさと下校した方がいいわよ? アタシはちょっと調べものがあるから、残ってるだけだし」
「そう、ですか……」
ミコネは手元の桐箱に目を落とす。
「ヨミちゃんに、見てもらいたかったなぁ」
「何よ、それ?」
「実家の蔵を掃除してたら出てきたんです。
ここに、変な文字が書いてあって……」
桐箱の上はこう書いてあった――
【天狗の爪】、と。
「もしかしたら『怪異模倣案件』と関係あるかもしれない、って思ったんです……」
「待ちなさいよ、アンタ……
それってェ、
天狗の爪じゃないのよーーー!」
バタン、と椅子を蹴り上げるようにしてセラが立ち上がった。
「ねぇ、これ、開けてもいい!?」
「は、はいッ!」
ミコネから桐箱を受け取ったセラは、
箱の周りを十字に結んでいた縄をほどいていく。
箱を開けると、黒光りするものがあった。
半透明の物体が、蛍光灯の光を反射している。
大きさは人差し指一本分くらいだろうか。
長細い三角形の形をしたそれは、
なるほど確かに、天狗の爪――
人間よりも大きな生物の爪に見える。
「へぇ、本物じゃない!」
「セラ先輩、これって何なんですか?」
「何って、天狗の爪よ。
箱にも書いてあったでしょ?」
「えっ、天狗って本当にいるんですかッ!?」
「いるわよ。
忍者がいるんだもの、天狗だっているに決まってるわ」
「忍者と天狗って関係あるのッ!?」
もちろんよ、と言ってセラは本棚から古い本を取り出した。
「楠流軍学・紀州流の忍術書『正忍記』でも、かの源義経こそが義経流忍術の祖であると記しているけれども――この義経こそが何を隠そう、鞍馬山でカラス天狗に師事して武芸百般を習ったという伝承が残されているのよ」
「つまり、忍者って天狗なんですねッ!?」
「そうわよ。山を歩いていたら、いきなり石が飛んでくる”天狗つぶて”や、他人の声を真似てまどわす”天狗笑い”のような不可思議な現象、ああいうのも全部、きっと、忍術なんでしょうねェ」
「セラ先輩、すごい……!
じゃあ、この爪もマツリちゃんのご先祖なのかもしれませんね」
「天狗は修験道の行者が天狗道に堕落して変じた妖怪である、という説もあるわ。そう考えると充分ありうるわね……!」
そこにマツリがやって来る。
「おおっ、ミコネ殿! こんにちわでゴザル。
セラ殿ーっ、交渉は上手くいったでゴザルよ!」
「出たッ、天狗ッ!」
「出たわねっ、天狗ッ!」
「な、何がでゴザルかぁーっ!?」
すっかり、セラに丸め込まれてしまったミコネ。
果たして「天狗の爪」の正体は何なのか?
その正体は――後編へ続く!