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怪異撃滅クラブ  作者: 秋野てくと
第三章「殺意に寄生し侵略するS級怪異『ウイチグス呪法典』」
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第五の書「犯人は、この中にいる」

 警察の捜査は一段落したようだった。

 容疑者全員が広間に集められる。


玄野くろのミコネさん。

 署までご同行してもらおうか?」


 威圧的な容貌の警部が、ミコネに声をかけた。

 ミコネは狼狽ろうばいしながら答える。


「ち、違いますッ!

 あたし、犯人なんかじゃ……!」


七志野ななしのモエさんの司法解剖の結果が出たんだよ。死因は窒息死であり、体内からはアコニチンが検出された。それと、面白いものが見つかってね」


 警部が取り出したのは、ビニル袋に入ったグミのパッケージだった。


「これはミコネさんの所持品だったね? 被害者はグミをあまり噛まずに食べる人だったらしく、それが幸いしたようだ。胃の中から未消化のグミの欠片が見つかったんだよ……検出されたアコニチンは、グミの表面に塗布されていたんだ!」


 最悪の事態である。

 この警部は、完全にミコネを疑っているらしい。


 警部はフン、と鼻を鳴らした。


「東京の警視庁ホンシャに照会したところ、玄野くろのミコネさん――君の過去についても調べがついたよ。まったく、母親が母親なら、娘も娘ということか……」


 ビクン、とミコネは肩を震わせた。


「お、お母さんのことは……」


「とにかく、詳しい話は署で聞くとするよ」


 警部がミコネに手を伸ばそうとする。

 そこに、凛とした声が響いた。


「――ミコネは犯人じゃない」


 殊能しゅのうヨミが立ち、震えるミコネの手を握った。

 途端に、震えがぴたりと止まる。


「ヨミちゃん……!

 あたし、本当にモエさんを殺してなんていないよッ!」


「信じる。私はミコネの味方だから」


「うんっ……!」


「何があろうと、ミコネの味方だから」


 ヨミはミコネに問いかけた。


「ミコネ、教えて。

 ミコネの持っているグミ、誰にあげたの?」


「えっ……! えっと、ここに来る途中にみんなに配ったのと……蒼龍館に来てからはモエさんだけ、だよ。あ、あとセラ先輩にはあげてない!」


「シオウと、松田と、ヒカルと、セラにはあげてない。

 それでいい?」


「そう、そのはずだよッ!」


 それなら――と言って、ヨミは片手を顔にかざした。

 まるで銀色のカーテンのように、つややかに垂れた髪に指を絡ませると、横にかき上げるようにして、ヨミは隠れた片目をあらわにする。



「キーワードは、三つ」


 真実を射抜く銀色の瞳、その眼差しが周囲を圧倒した。


「『即効性の毒薬』、『ミコネのグミ』、

 そして『ウイチグス呪法典グリモア』」


 この場を掌握しているのはヨミである。


「『怪異模倣案件モキュメント』は私が撃滅する……!」


 私は緊張のあまり、親指を噛む。

 そうして――怪異撃滅ディセクトが始まった。






「まず、警部に質問。アコニチンは『即効性の毒薬』……なのに、ミコネがグミを食べさせたのは、モエが死亡する1時間も前だった。この矛盾はどう?」


 吹けば飛ぶような小柄な少女が、その身に似合わず背筋を伸ばして、屈強な警察の実働部隊を相手に、まるで恫喝どうかつするように問う。


 警部はしどろもどろになりつつも、言った。


「そ、そんなの……1時間前というのは、あくまで、そこの執事の男が目撃した時刻ってだけだろう。実際は、その後のどこかの時間でだな。もう一度、被害者にグミを食べさせたんじゃないか?」


「それは無い、かも」



☆☆☆


 高木シオウが問いかけた。


「僕の記憶が正しければ、30分ほど前には、この館にいる全員が大広間にいたはずですが……この場でモエさんが、何かを食べたり飲んだりするのを目撃しましたか?」


「いいえ……」と松田。

「私も見ていないよ」と御堂みどうヒカルが答える。


☆☆☆



「目撃者が二人いる……経口摂取したアコニチンは遅くても20分ほどで中毒症状が出る、から……モエを殺害するには、大広間でしかグミを食べさせるチャンスが無かった。その状況で……こっそり食べさせるのは、不可能」


 警部が反論をひねり出す。


「それでもだ、たとえば、あらかじめグミをもう1つ渡しておいて、後から食べるように指示しておくとかだな……!」


「不確実。そんなことをしなくても――30分以上前に食べさせたグミで、殺害する方法がある……かも」


 榎木田えのきだセラが「そうかっ!」と叫んだ。


虎霊巫婆ボモール・ベリアン時限毒ラチュン・プラーハンねっ!」


 突然、呪文のような言葉を唱え始めたセラ。

 マツリは仰天して質問する。


「セラ殿、どうしたでゴザル!?」


「昭和初期にマレーシアを訪れた、日本人旅行者が書いた記録で読んだことがあるのよ。奇毒・珍毒の製造で有名な『とある村』では、タイ人の老婆ベリアンが駆使する秘儀ボモールによって、本来は即効性を持つ毒薬の毒性を変質させて、時限式の毒(ラチュン・プラーハン)に変えていた……って! そうよね、殊能しゅのうヨミ!?」


 ヨミは「……まぁ、そうかも」と引き気味に応えた。


「セラのことは気にしないで。とにかく……アコニチンは人体のナトリウムチャネルを「開く」状態に固定することで、中毒作用を引き起こす……けれども、有毒アルカロイドの中には、それとは逆に……ナトリウムチャネルを「閉じる」状態に固定する毒も存在する。たとえば……テトロドトキシン」


 ヨミの推理に、ミコネが反応する。


「テトロドトキシン、って聞いたことあるよッ!

 たしか……フグの毒だよねッ!?」


「ミコネ、正解。トリカブトのアコニチンと、フグのテトロドトキシンは、拮抗作用を持ってる。この二つの毒を同時に投与すると、ナトリウムチャネルを「開く」作用と「閉じる」作用が相殺しあって、結果的に毒は消滅する……んだけど」


「ちょっと待つでゴザル、ヨミ殿! テトロドトキシン……フグ毒の民間療法には、地面に埋まって毒が抜けるように待つ、というのがあったでゴザルが。あの忍術の正体は、テトロドトキシンの半減期が短いことを利用したものであって――」


「マツリ、賢い。テトロドトキシンの半減期はアコニチンよりも、ずっと短いから……テトロドトキシンの毒は、30分から1時間ほどで効力が消えてしまう……」



 拮抗作用を起こしていた二つの毒は――

 テトロドトキシンが体内から消失すると――

 アコニチンだけが残り、発動する!



「これが、モエに盛られた毒の正体。本来は即効性を持つアコニチンを使った時限殺人のトリック――遺体をもう一度調べれば、テトロドトキシンの残留物も発見できる……かも」


 口をあけて呆然としていた警部だが、我に返ったようだった。


「待て、待て! そんな複雑な毒を、わざわざ調合して持ち込んだというのか!?」


「調合の必要は無い、かも。

 元々……蒼龍館にあったから」


「そんな、馬鹿なっ!?」


 よろしいでしょうか――と。

 蒼龍館の館主、高木シオウが反論する。


殊能しゅのうヨミさん。お言葉ですが、そのような毒など、我が家にはありませんよ。そうですね、松田?」


「はい、そのとおりでございます! アコニチン、だの、何だの、この館の何処にあるというのですかっ!?」


 二人の反論を無視して、ヨミは言った。


「『即効性の毒薬』の謎は崩れた。残る二つのキーワードは『ミコネのグミ』と『ウイチグス呪法典グリモア』。全ての条件を満たす人物が、真犯人……だよ」



 ヨミは借りてきたホワイトボードに、図を書き出していく。


・毒を手に入れることが出来た者

・グミを手に入れることが出来た者

・ウイチグス呪法典グリモアを読めた者


 ここからは消去法の推理――になるらしい。



 ヨミが第一の条件について語りだした。


「まず『ウイチグス呪法典グリモアを読めた者』――今回の事件において、犯人が毒を手に入れるには、ウイチグス呪法典グリモアを読める必要があった」


 すかさず、セラが口を挟む。


「待ちなさいよ。本に書いてあるのは、あくまで知識でしょ? さっきの時限式の毒を用いた殺人トリック――毒物に関する知識が、仮にウイチグス呪法典グリモアに載っていたとしても、本を読むことは犯人の必須条件クリティカルたり得ないわよ。たとえば、犯人が別のルートでトリックの知識を得た可能性もあるんじゃないかしら?」


「セラ……うるさいかも。マツリ」


「承知でゴザル!」


「むーっ、むーっ!」


 セラの口がふさがれつつ、ヨミの推理は続く。


()()()()()()()()()()()()()()()()。ラテン語が読めるセラやヒカルはもちろん、それ以外の人たちも……スマホの翻訳アプリを使えば読むことは可能。シオウは目が不自由だけど、画像を取り込んで文字を抽出するような機能を持つアプリを併用すれば読めるし――よって、この条件では犯人は絞れない、かも」


 ――セラやヨミの話では、たとえ本が読めても、暗号が読めるかどうかは『殺意』を抱えているかどうかによる、とのことだったが。ひとまずは、前提条件らしい。



・ウイチグス呪法典グリモアを読めた者

 [全員]



「次は『グミを手に入れることが出来た者』。ミコネからグミを貰った人物は、そのグミを食べずに保管しておくことで、犯行に用いることができる。この条件から除外できるのは――」



☆☆☆


「グミはね、ここに来る途中にみんなに配ったのと……蒼龍館に来てからはモエさんだけ、だよ。あ、あとセラ先輩にはあげてない!」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それでいい?」


☆☆☆



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 推理の結果を見て、その場の空気が凍った。


「ちょっと、冗談よねェ……?」


「ヨ、ヨミ殿……!?」


 ホワイトボードに残されたのは――

 被害者自身である七志野ななしのモエの他は、私たちの名だけ。


 ミコネは息を吐くようにして言った。



「犯人は、あたし達の中にいる……。

 そうだよね、ヨミちゃん」



 ――この状況は予想できた。


 ウイチグス呪法典グリモアは『殺意』を持った適応者の精神に侵略して、それが誰であろうと殺人事件へと駆り立てる怪異。


 殊能しゅのうヨミは全員を疑わなければならない。


 ミコネは黙って、口を真一文字に結んでいる。

 ミコネとヨミ、幼馴染の二人は、互いの手を強く握り合った。

 ヨミはそれに応えるように、推理を――撃滅を継続する。


「撃滅は、まだ半分。次の条件は『毒を手に入れることが出来た者』。アコニチンとテトロドトキシンが互いを打ち消し合うように調合されて、拮抗状態が保たれた毒を入手する方法が、一つだけ存在する……見てて、ね」


 ヨミが取り出したのはウイチグス呪法典グリモアだった。

 慎重に手袋をはめつつ、開いたのは、例の破られたページ。


「これが、毒の正体……だよ」


 本にわずかに残っている切れ端をつまむと――

 ヨミは、コップの水の中に紙片を投げ込んだ。



☆☆☆


「結論から言うと、この本は近年に作られたものだったわ。ふざけたことに、一部には羊皮紙ではなく、妙な紙が使われてた」


「妙な紙、でゴザルか?」


「工業的に製造された洋紙――要するに現代の紙よ」


☆☆☆



 カラカラ、と箸でコップの水をかき回す。

 しばらくすると――

 紙は消え失せて、インクの黒だけが残った!


()()()。トイレットペーパーのように水に溶ける性質を持ち、その上にインクを載せることも出来る――破られたページが見つからなかったのはこのため、かも」


 水に残されたインク。

 毒々しいその色が、己の正体を証明しているようだ。


 毒の出処に気づいて、セラは驚愕きょうがくした。


「ウソでしょ……!? 毒のインクで書かれた、毒の本なんて……! 水に溶かせば、ページそのものが調合済みの毒になる……ッ! きっと、ページ自体が暗号で書かれた取扱説明書マニュアルになってたんだわ……! つまり、ウイチグス呪法典グリモアそのものが、今回の事件で殺害に使用された凶器ッ!」


「セラ、これでわかった? 『ウイチグス呪法典グリモアを読めた者』が、真犯人である必須条件クリティカルだってこと」


「くやしいことにね、完敗よ!」


「その上で、条件に合わない人物を除外する。『毒を手に入れることが出来た者』は『ウイチグス呪法典グリモアのページを破ることが出来た者』と読み替えることができる。この条件に当てはまる人物は、三人しかいない」


 書斎で最後に本を持っていた御堂みどうヒカルと――

 セラの客室に出入りしていた二人の、合計で三人。


 断罪のときがやってきた。

 ホワイトボードに全ての条件に合う人物の名が記される。




 怪異模倣案件モキュメント――

 撃滅完了ディセクト




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





・ウイチグス呪法典グリモアを読めた者

 [全員]


・グミを手に入れることが出来た者

 [七志野ななしのモエ]

 [玄野くろのミコネ]

 [殊能しゅのうヨミ]

 [無明むみょうマツリ]

 [秋野あきのテクト]


・毒を手に入れることが出来た者、改め

 ウイチグス呪法典グリモアのページを破ることが出来た者

 [御堂みどうヒカル]

 [榎木田えのきだセラ]

 [秋野あきのテクト]

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