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第9話 助けるから支えるにVTuber

「ったぁ……こっちも幽霊さんサイドでなんとかしてくれよ」


 着地のことを考えておらず、不格好にも胴から落ちたのだけれど、無傷で、のっそり立ち上がる。俺に構う余裕のある個体はいなかった。


「おにい、ちゃん?」


 落下地点付近にいた故麦が目を白黒させて、ステッキを手から滑り落としてしまう。


 それを妖刀の峰でキャッチ、上手くバランスを保って彼女目掛けて狙いを澄ます。


 妖刀の翡翠の炎は狙った相手しか燃やさない。


 ステッキに燃え移ることはなく手に収まる。


「おにいちゃんだよ。よく分かったな」


「わ、わかんないわけないでしょ!? なんでここに!? ってかその姿異種族になったってこと!? ああもう意味わかんない」


「俺のことはどうでもいい。故麦、こんな危ないことずっとやってたのか?」


「どうでもよくなんか…………う、うん。ゾンビになってからずっと」


 故麦から差し伸べられた手を取る。


 身体を起こしても、故麦の指先は俺の手から、正確には学ランの袖から離れなかった。


「俺は怒りに来たんじゃない。故麦を助けに来たんだ」


「助けに……?」


「うん。こんな危ないこともうやめよう。故麦が見ず知らずの人間のために傷付く必要ないだろ。レッタは俺がなんとか説得するから。頼む。見てられないんだ」


 交通事故より酷い怪我をしながら戦う故麦は見るに堪えない。


 「そっか」短く呟いて、袖から手を離す。


「ごめん。お兄ちゃん。もっとちゃんと話せば良かったね」


「故麦……」


「私は見ず知らずの人間のために何かするのが好きなんだよ。だからVTuberなんて始めたわけだし。〈ライバー〉だって、やりがいを感じてるよ」


「故麦……?」


「だからごめん! お兄ちゃんのためにはやめてあげられないや!」


 快活に笑う故麦に五年前の故麦の面影はなく、アンデッドキングたるコムギらしさが前面に押し出されて――否、これも故麦の一面なのだろう。


 外も中身もない。


 裏も表もない。


 推しであり妹。


 どちらも故麦で、コムギだ。


 五年前のあの日に囚われず、いまの故麦をちゃんと見なくちゃ。


「俺はずっと空回ってたんだな」


「で、でも。お兄ちゃんが来てくれたのはすっごい嬉しいよ! 異種族になっちゃってるのはめっちゃびっくりしたっていうか、どうやったのって感じだけど」


 自嘲気味の言葉に焦ったようなフォローが入る。兄貴の癖に居た堪れない……。


「作戦変更だ」


「へ?」


「助けるんじゃなくて支えることにする。故麦の負担を減らせるように、有名になって、強くなって、勝手に人を救ってしまうようなVTuberになる」


 まるで、白王コムギみたいな。


 刃は未だ獄炎を纏い、軽い一振りによって火花舞って、更なる被害を甚大にさせた。


「それならいいだろ? 先輩」


「まあそれなら……へえ、お兄ちゃんがVTuberね……待ってお兄ちゃんがVTuber!?」


 炎に焼かれた個体からまた新たな火種が生まれる。


 消えない以上、数の暴力には効果的だ。


 転げ回るアンドロイドを無傷の一機が羽交い絞めにして、集団から遠ざかり、鉄くずと化して、単眼の光を失う。


「おいおい」連中は学習してしまった。


 被害を拡大させぬよう、一機燃えれば一機の命でインシデントは回避できると。


 数本の火柱はそれで連れ出され、被害は徐々に縮小する。


 対処可能。そう言わんばかりに赤い単眼は俺を向いて明滅する。


 いいやまだだ。


 胸糞の悪さを覚えつつ、妖刀の切っ先を機械の兵士へ向ける。


 これにちりとでも当たれば連中は最低二体見殺しにせねばならないのだ。


 それに俺には物理攻撃が効かない。


 このリソース差をひっくり返すことなんて……これ、数減ってるか?


 故麦のゾンビアタック、波状攻撃によってそこそこ倒せたはずなのに、俺たちを取り囲む分厚い鉄屑の壁が薄くなっている気配はない。


「ぐっ……」


 連中、ついに動き出した。


 重厚な攻撃、指先に鈍い痛みが走るも、ぬらり肉薄する金属の爪を妖刀沿わせて捌き切る。


 刀越しに燃え移る翡翠の炎。


 アンドロイドは躊躇いなく片腕を斬り落とし、次撃を顔へ叩き込まんと――するり。かの腕は頭を通過して、他個体の胸へ突き刺さる。


 自分ごと斬るように妖刀を振るう。


 二機共ちかちかと燃えて、被害縮小のため戦場の外へ飛び込んだ。


 これでようやく二機。故麦の調子はどうだろうか。


「っ! 危ない!!」


 自分の身長の半分ほどのステッキを振り回しアンドロイドを粉砕する彼女は倒すことに熱中し過ぎて、踏み込み過ぎていた。


 安全域の間合いの奥、機械兵が密集し、一機下そうと他機からカウンターがくる領域まで。


 真っ白な首筋を狙う鋭い一撃。


 思わず、妖刀をぶん投げた。


「えっ!?」


 投擲した妖刀は故麦を殺すより先にアンドロイドの腕を貫き、全身に炎を纏わせて転げ回る。


 この世のものとは思えない叫びを上げるそれに故麦はやっと気付いて、驚いたような顔。


 すぐに妖刀を引き抜き、俺へ投げ返した。


「フォローされなくても私戦えるよ?」


「お前が死ぬとこ見たくないんだよ。このくらいいだろ」


「うーん」


 嫌らしい。


 というかこれ、故麦の死ぬ前提のビルド、というか立ち回りを矯正するところからかもしれない。


 故麦からすれば余計なおせっかいなのだろうけれど、現実で、死に慣れることが健全だとはやはり思えない。


 色々支え方を考えておかないとな。


 別のことを考えていても身体は勝手に動く。


 また一機倒した。


 オートマチックというよりは手癖で戦っている感覚に近い。


 慣れた対戦ゲームで気負わずにプレイできているような。


 知らないはずの殺し方が身に染みている。


 ずらりと並ぶアンドロイドの猛攻を防ぎ、少しずつ数を減らしている、はずなのだが、


「やっぱ、減ってねぇな」


 いくら戦い方が分かっているとは言え、疲労は蓄積し、荒れた息で吐露する。


「減る? 何が?」


「こいつらだよ。もう二十は倒したのに」


「単純に、もっといるってだけじゃない?」


 屋上からの目算は五十体前後だった。


故麦単独での戦闘でそれ以上倒しているはずだろう。


見かけ上半分は減っていてもおかしくないのに鉄板の包囲網は依然強固で、どうも裏を疑いたくなる。


戦士を無限投入できるワームホールが隠されているとか。


「どんな種や仕掛けがあろうとも! この王を打ち負かすことはできぬわ! 侵略者は侵略者らしくせいぜい小手先でもがくがいい!!」


 故麦はあんな調子だし、俺一人でなんとかするしかない。


 この戦局で怪しむべきは――答えは足元に転がっていた。


「ちょっと離れるぞ! 死ぬなよ!」燃焼する一機のアンドロイドを踏み台にして、大きく踏み込み、大ジャンプ! やっぱ、この身体思ったより跳ぶなっ!?


「うむ! この場は王に預けるがよい!」


 アンデッドキングモードの言葉に異様な安心感と、また死ぬのではないかと不安、二律背反の感情を抱え、アンドロイド群の頭上を通過する。


踏み込みが足らず、再び一機、蹴り飛ばしては包囲の外へ。


「はっはっは! 全員、我がステッキで弔ってやろ、あ、おい! どこへ行く! ちょっ、私はこっちなんですけど!?」


 跳び越し空中移動中の背中、足元から歪んだ機械音声と騒がしい足音が束になってまみれる。


精密機器の割にそのどれもが不揃いで、慌ただしかった。


 向かう先、着地予測地点にはぼんやりとした赤い灯がいくつも夜に浮かんでいる。


 膝のバネを生かし、今度は上手く着地。


ざりざりと靴の下で砂利を巻き込み、校庭に跡を残す。


連中は俺から一歩前の位置まで迫る。




「【お兄ちゃんの意地(ディアマイシスター)】!」




ごろんと転がる赤色灯――復元中のアンドロイドの頭部に妖刀を突き刺す、のと同時刻、四肢に頭部、腹部、全身を鋭利な爪が突き破った。




「機械の癖に、物覚え悪いんだな」




 幽霊に物理攻撃は効かない。


 瞬間、全てのアンドロイドの単眼の内側から妖刀の切っ先が飛び出、火噴く翡翠色。


 翡翠色の花が一斉に咲いたようだった。


 一切の赤い灯は暗闇に飲み込まれ、ガラス片や精緻な部品がきらきら輝いては地に満ち、グラウンドを華美に装飾する。


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