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第7話 突然変異したVTuber

 指先の感覚が消える。


 片手に軽々握る妖刀を咄嗟に手放すと――重く鈍い音を立てて、机から転がり落ちる刃。


「ひっ」それから逃げるように椅子を蹴り飛ばすと、足がもつれて、ドンッ! と派手に尻もちをついた。


 骨盤が痛い――はずなのに、脳は正しく痛みを受信しない。


 股の間、俺を避けて床に刺さり聳える妖刀のことしか考えられなかった。


 パニックを起こす寸前のメンタルに反して、冷静さが勝手に取り戻されていく。


 この妖刀が何なのか、何故俺は扱えているのか、何故あんなことをしたのか……疑問は尽きず、ふっと湧いては、すぐに解決されていく。


 俺の頭の中には俺の知らない引き出しがあった。


 それは〈幽霊〉御門イナホの壮絶な生涯と、百年余りの幽霊としての経験。


 数時間前に数時間足らずの突貫工事で作り上げた設定の肉付けが実感こもって蓄積されている。


 この妖刀は〈青字〉。


 生前愛用していた日本刀で、幽霊になってからも佩き続けたことで妖の力を得た。らしい。


 自分の妖刀なのだから扱えて当然。ただし他人が使えば命の保証はない。らしい。


 幽霊っぽさを表すためにやっただけ。犯人はもう死んでるからどうでもいい。らしい。


 存在するはずのない記憶の団塊なんて認めたくない。認めてなんかやるか。


 自分の中にもう一人の自分がいる感覚が怖くてたまらない。のと、同時に、百年以上死に抜いた老獪な頭脳がその理由を楽々提示してきている。




「おえっ」




 吐き気がする。


 作業続きで良かった。胃の中は空っぽらし――一度経験した寒気が襲う。


 激しい音を立てて壁を突き破るは三束の鋭利な刃物。


 俺を捕えて貫かんと直進し続ける。


 咄嗟に妖刀を床から抜いて、するりと切断する。


 そんな技術、自分にあるはずないのにいとも容易くできてしまった。が、刃物たちの勢いは止まらない。


「斬るだけじゃあ駄目なのか!?」


 断ち切られた先端の刃物は無数の細い糸のようなものに分裂して無力化できるが、根本まで無力化できるわけではないようだ。


 再度叩き斬り、部屋の中で可能な最大のバックステップでベッドまで飛び退き、難を逃れる。


 止まることを知らない刃物は肉を断つ感覚を求めてかしらみつぶしに俺のいない向こう壁を壊し、結果部屋が滅茶苦茶に壊滅していく。


 あの寒気は殺気だった。何者かが俺を殺しにやってきたのだ。


 殺されたくない。死にたくない。人間として当たり前の感覚が、足を竦ませた。


 目の前で奮発して買ったPCも、思い出の詰まった液タブも、VTuberグッズを飾った神棚も、もう粉微塵にされていく。


 なのに俺は見ていることしかできない。だって命が惜しいから。


 死んでしまうよりは気が済むまで破壊の限りを尽くしてもらった方が遥かにましだ。


 ましだけど、納得はできないし、くそ、こっちはただでさえ大変な状況だってのに。ともかく、早く逃げないと。




 ぽとり。




 白王コムギのビッグアクスタの破片が俺に助けを求めるように足元に転がってきた。


 コムギ三周年記念で公式から出た期間限定グッズ。


 従来グッズのおよそ三倍のアクリル板に印刷されており、「これだったら等身大パネル売れよ」と各所から至極真っ当な意見が飛び交った懐かしい一品である。


 期間限定品だからもう売っていないし、当時誰も買わなかったのでプレミアがついてしまっていた。


「くそ」


 音で位置がバレるかもしれないのに悪態をつかずにはいられなかった。


 故麦を失って、コムギに救われた五年間が意味の分からない刃物に斬り刻まれていくのに、黙ってなんかいられなかった。


 瞬間、攻撃は止まり、三束の刃は引っ込む。


 俺の声が聞こえてしまったのだろう。


 攻撃が一度も当たらず、ピンピンしていることを勘付かれて――索敵の時間が訪れる。


 衣擦れや呼吸、僅かな音で探られるかもしれない。


 不安は過ったが、俺は自然と刀を握っていた。


 御門イナホの記憶に依存するそれではなく、自分の意思で、カウンターを仕掛けるつもりだった。


 じり、と壁との間合いを詰める。上手い足の運び方は身体が知っていた。


 戦う理由は二つ。


 一つはグッズと電子機器をぶっ壊されて腹が立ったから。


 もう一つはライブ配信をまだ閉じれていないから。初配信ブツ切りなんてしたくないから。終わりの挨拶「おつイナホ」でちゃんと締めたいから。


 この世で一番面白くて可愛くて大天才の白王コムギはどんなクソゲーも長時間耐久も最後は笑って「おつキング」で終了する。


 絶対萎え落ちしないところも彼女の魅力で、適当にライブ配信を終わらせないことは、俺の中で面白いVTuberの絶対条件の一つだった。


 こいつを倒して、電気屋走って、借金してでも新しいパソコン買うぞ!


「VTuberになったからにはちゃんとしたいよな」


 翡翠色の火の粉は大きく――焔と化して、妖刀の刃を纏う。


 〈幽霊〉の能力を使えと魂が叫ぶ。いいだろう。使ってやるよ。


「能力の行使は俺の意思だからな。あまり調子に乗るなよ」


 誰に聞かせるでもなく一人零す。自分の中に自分の知らない知識、記憶のある感覚は未だに不愉快だったが、これを利用しない手はない。


 壁に肉薄し、〈青字デッドライン〉を振り下ろす。


「ディアマイ、」




 技名を叫ぶより早く、崩れかけの壁面からしなる刃が突出。




 先ほどよりも細く、薄く、その数は見えるだけで十束以上。


 全身を突き刺すべく用意された攻撃で、明らかなカウンターだった。


 途中で破壊行動を終わらせたのは索敵のためではない、隙を晒し、ここまで誘導するため!


 刃は歯。俺は化物の口の中に飛び込んでしまったのだ。


 半分は防げるが、もう半分は食らってしまう。


 御門イナホの感覚はそう訴える。


「だったら、」反撃を緩める気はない。


 振りかぶった妖刀の勢いそのまま、壁面、そして裏に潜むだろう犯人目掛けて能力を繰り出し、遮られた技名を言い直す。




「――――」




 燃え盛る翡翠の焔に焼かれて崩れかけの壁はとうとう瓦解する。


 がらがら崩れ去る瓦礫の隙間から技を受けた犯人の姿が――妖刀の一太刀を何重もの頭髪の装甲で防ぎ切ったレッタの姿が月光より強い街灯りに照らされている。


「〈ライバー〉が全員出払っているときに通報を受けまして、『刀を扱う〈異種族〉が人々に危害を成している』と。仕方なくわたくしが馳せ参じたのですよ。侵略者を狩るのも大切なお仕事ですから、ねぇ」


 刃は、自在に操る彼女の頭髪だった。


 俺の身体を刺繍するように数え切れないレイピアが如き刃たちは貫通し、床や壁、天井までもまとめて貫く。


「刃物使いには格別不利なんですけれども。いやあよかったよかった。苦戦していたら、通常業務に宇宙規模の遅れが出るところでしたよ」


 張り詰めた胸元のポケットからスマホを取り出すレッタ。


 指の先、内臓の活動まで咎める頭髪による制限をすり抜け、その腕を掴む。


「なっ」


「〈幽霊〉だから、物理攻撃が効かないらしいよ。全部、通り抜けるんだ」


 指の力を抜くと、掴んでいた彼女の腕を貫通した。


 自然と敬語は取れていた。


 攻撃されて腹が立っていたせいもあった。


 が、それよりも、気掛かりなことを口にした彼女への尊敬や信頼が目減りした影響の方が大きい。


「〈ライバー〉ってVTuberのことだよな。お前、故麦にもこんなことさせてんのか」


「は、はい?」


 虚を突かれたレッタはぽかんとする。それが更に癇に障って、奥歯を噛む。


「俺の妹に危ないことさせてたら、ただじゃおかねえっつってんだよ!!」


「妹……あっ!? もしかして否穂さんですか?」


「はあ? どっからどう見ても……あ、待てよ……もしかして俺の髪、白くなってないか?」


「それどころか格好が違いますよ。精巧なコスプレ衣装みたいです」


 下を向くと、学ラン姿だった。


 右肩には謎の腕章がついており、腰回りには翡翠色と黒を基調としたごてごての装飾がまとわりつく。


 空の鞘までくくられている始末。


 数時間前にこしらえた御門イナホのキャラデザと酷似している。


 やっぱり、俺は突然変異したのか。〈幽霊〉の御門イナホに。


 妖刀を鞘に納める。続いて、レッタも伸縮自在の髪を壁や床から引き抜く。


「説明を求む」


「こちらも聞きたいことは山積みですが?」


 溜息ついて、やれやれと大袈裟に肩を竦める。


 やっぱ斬ってやろうかなこいつ。


「まあ、あなたとの戦闘での相性がすこぶる悪いと判明したところなので、わたくしの疑問は棚上げしてあげます」


 しゅるるる。不意に桃色の毛先が胴に巻き付く。幽霊に物理的拘束が意味をなさないことはさっき身に染みたばかりと思うけれど、


「あなたの欲しい説明とは、わたくし共の裏家業のことでしょう?」


「……やっぱ何かやってんだな」


「こればかりは見てもらった方が早いのですよ。連れていきますけど、構いませんね?」


「頼む」


 迷いはなかった。


 せっかく蘇って、好きなことをできているはずの故麦が危ない目に遭っているとしたら――こいつの言う裏家業について、〈ライバー〉について、知っておく必要がある。いざとなったら。


 手のひらを妖刀の頭に乗せると、害意なさげに苦笑された。


 レッタは成人男性を容易く優しく持ち上げる。


 そう言えば、こいつはどこに立っていたのだろう。


 我が家は平均的な二階建て。豆腐のような家で、下屋はない。


 俺を攻撃する際、こうして腹を探り合っている間にも、レッタが立てる安定した足場はないはずだった。


 答えはすぐに出た。


 無色透明、屈折率なんてあるはずない空気を踏みしめて、夜の街を足掛かりに、いまにも子気味よいパンプスの踵が鳴り出しそう――彼女は空中を歩けるらしい。


「あなたが〈幽霊〉だから物理攻撃が効かないように、わたくしは〈宇宙人〉だから空が歩けるのですよ」






     ◇◆◇







 そして、現在に至る。


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