第6話 活動開始VTuber
【初配信】御門イナホ。俺が見えるのかい?【新人VTuber】
「ど、どうも~。声、聞こえてる~?」
「あ? 聞こえてんのかこれ。コメント反応ないな……えラグ? あー……よし、聞こえてるようなので自己紹介を」
「俺が見えるのかい? 御門イナホだ」
「齢は二十。こんな初夏の夜に死に、幽霊になった。以来ずっと成仏しないまま、こんな時代まで死に永らえてしまった。配信活動は俺が成仏するためにというか……まあそんなところだ。ママはスメラギ氏、パパは不在だ。今後見繕うつもりだよ」
ママとはイラストレイター。パパは大抵イラストを動かしてくれる方を指す。
デュアルモニターの片側に表示したコメント欄は『声良っ』『この絵柄見たことあるわ』『8888888』『ビジュいい~』と概ね好感触――。
『そっち系かあ』流れの緩やかな文字列の中でそれを見逃すことはできなかった。
「おっ、見たことあるか。サムネイルもスメラギ氏にお願いしたんだけど、めちゃよくね!? へへーんいいだろー……じゃ、おおよその活動内容を言っていこうかな。俺、おじいちゃんだからゲームあんま分からなくてさ、やるとしたら企画系かな。スメラギ氏ほどじゃあないけどイラスト結構描くし、なんかそれっぽい面白そうなことをします! 『好きなゲームは?』かぁ……最近やったのだと、」
何も決まっておらず、何も用意してない。
スッカスカのゼミ発表を見守るときと同じ悲惨な気持ちになりつつも、優しいリスナー諸君のおかげでなんとか配信という体裁は守れていた。
「『ファンネーム決まってるの?』決まってないなあ。いまここで募集していい?」
同時接続数は九十人で、待機人数から十人減っている。総数はそうであっても、入れ替わりがもっと起きた上での数字のはずだ。
『そっち系かあ』きっと悪気はないコメントが頭の中でリフレインする。
VTuberで設定が形骸化し、遵守する者が淘汰されていった理由の一つ『配信との相性がすこぶる悪い』が襲い掛かってきた。
設定を守るとは即ち演技し続けるということ。
一挙手一投足が切り抜かれる撮り直し不可能な環境でノーミスなんて神の所業だ。
それができるし、演技も自然な演者は評価される。
反対に白々しい大根役者は共感性羞恥を呼ぶ。
俺は恐らく後者! 恥ずかしくて死にそうだ!!
「じゃ、じゃあファンネームは〈イナコン〉。ついでにファンアートタグは〈イナホアート〉ということで」
頭がふわふわしてる間に色々と決まっていく。
なのに時間はちっとも減らない。
初配信だから三十分くらいで勘弁してやろうと当たりをつけていたのに、画面端の時刻表示は九時十分。
もうあと二十分も喋れと? 無理だが??
故麦こと白王コムギって本当に配信上手かったんだなぁ。
俺も〈異種族〉になって一緒にいられるようにするなんて到底無理な話だったのかなぁ。
半ば放心状態になりながら妹かつ最推しに思いを馳せ『募集した質問いつ返しそう?』とのコメントが目に留まる。
それだ! ただうたうだと話してるより、質問返しした方が盛り上がるだろうて!
「ここからは質問返しするよー! いま送ってくれてもいいからねー……さてさて一通目は……『幽霊って髪伸びるの?』え、いや、伸びるけど。日本人形の髪が勝手に伸びるホラーあるだろ、あの感じで伸びるんだよ、割と自由に」
幽霊ならばこのくらいの受け答えはするだろう、多分。にしても変な質問だな。
我、新人VTuberぞ?
もっと聞きたいことあるだろ……あるよな?
「気を取り直して次の質問! 『幽霊なのにパソコンとか買えるんだ』……? 幽霊と電子機器って割と密接な関係だろ。呪いのビデオテープとかメリーさんからの着信とか、予算がどこから降りてるのかなんて誰も知らんよ。配信したいなあって思ったら、ふって湧いてきたわ」
ははーん、読めたぞ。
視聴者の中に俺にボロを出させたい意地悪がいるな?
必死にキャラクターを取り繕う中で人間性が漏れ出てしまうシーンは一つの面白さではある。
しかし俺は〈異種族〉に、突然変異したいのだ。
一ミリとて素の自分を出してたまるか!
「次の質問……」順番に拾っていくと意地悪視聴者の思う壺と、キャラ設定のいじるような内容を目で弾き、実にありきたりで話し甲斐のありそうな話題を吟味する。
「む?」
妙にコメントの流れが当社比速い。
え、俺変なことしたっけ。
やすりで心臓を撫でられるような僅かな焦りを抱えて、文章を追う。
素早いコメントの尻尾を慣れない目で必死に捕まえ『なんか幽霊っぽいな』。
「幽霊っぽい、ってか、幽霊なんだよ。二十歳で死んで、未練たらたらの。一回言ったよな? 全く、これだから最近の若者は」
あ、いや、最初から配信見ているとは限んないか。
早とちり、というか早計な判断に身体が火照り、熱を逃がすようにホックに指を掛けて、ぱたぱたと服の中に冷たい空気を取り込む。
流れは更に加速。
同接はいつの間にか二百を越え、質問フォームには急にお便りが溜まり出す。
一体何が起こっているのやら……首を傾げ、マウスを握るのとは反対の手の所在がなくて顎を撫でた。
無精髭でも生えていたら様になっただろうに、生憎毛は薄い性質で、「そうだ! 質問!」配信はスピードが命。
こうして無言の間にブラウザバックされたら、せっかくの良い流れが台無しだ。先述の条件に当てはまる話題をマウスホイール大回転させて、
「『家族構成を教えてください』ね!」
そう言い切ってから気付いた。妹がゾンビだなんて言えない。なんとか上手くでっち上げなければ……。
「両親と妹がいたよ」
「両親は強い人たちだったので狂わず幸せに暮らせていたけど、妹は俺より早く死んでね」
「死に目には会えたんだが、酷く凄惨だった」
「目の前で殺されたのさ。俺は呆然として、助けを呼ぶこともできず、犯人を捕まえられず、こうして未練たらたらで――」
俺は妖刀〈青字〉を鞘から引き抜き、躊躇いなく配信画面に突き刺した。
「――まだ、犯人を捜してるのよ」
妖刀の鍔から翡翠色の火の粉が噴き出る。
画面から放たれるブルーライトが刃文をてらてら揺らめかせた。
刀身がディスプレイを貫通し、使い物にならなくする――はずなのだが、画面は依然その機能を果たし、傷一つついちゃいなかった。
それもそのはず。
〈青字〉は電子機器、主に画面をすり抜け、対象を斬りつけることができるのだ。
視聴者二百名余りの首筋に真剣が突きつけられ、その幽霊らしさは十全に知らしめること、が……。
「は?」
俺、いま、なにを。