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第5話 活動開始前夜VTuber

 VTuberとは、動画投稿や配信活動を主に行うネット活動者のいちジャンルだ。


 ゲーム実況をしたり、【歌ってみた】――楽曲のカバーを投稿したり、3Dアバターを用いた企画を立ち上げたり、全然バーチャルでなくともよい企画を実行したり、ライブをしたり、活動内容は多岐に渡る。


 Vオタとして歴のある俺だが、その全てを把握できているわけじゃあない。


 アニメを一括りに「アニメは~」、ラノベを一括りに「ラノベは~」と語ることができないのと同様に、VTuberも雑な語りがナンセンスと化した大規模コンテンツに成長していた。


「これがないからVは嫌い」という偏見へのアンサーとして「してる人いるよ?」が通用する。


 とにかく参入者も視聴者も多い、次世代の娯楽なのだ。


 これだけのブームが起きたのはアニメから飛び出してきたようなキャラクター性が大きい。


 いまとなってはあってないようなものとして扱われがちだけど……。


 設定だの、中の人だの、散々メタい話をしてきたが、俺はどちらかと言えばロールプレイ遵守する人の方が好きだし、表立ってメタ構造を面白がったりはしない。


 ならば、人間味を忌み嫌っているかと言えばそんなこともなく、ガワを被ってキャラを作っていること自体売りにしたメッタメタなVTuberもたまに見る。


 面白ければ無問題、雑食も雑食、それが俺のリスナーとしてのスタンスだ。






 部屋にこもって作業中。


 俺の自室は机とベッドとグッズを飾る神棚しかない、実に淡白な構成をしている。


「我ながらイケメン君に描けた」伸びをして、奮発して買ったゲーミングチェアに背中を預ける。


 デスクには液晶タブレット、ごちゃごちゃと絡み合うケーブルはディスプレイに繋がって、二つの画面には同じく腰に妖刀を佩く美青年の立ち絵が表示されていた。


 学帽に学ラン、そのこまごました左右非対称の描き込みは大正ロマン然としている。


 コムギと同じ白髪にコムギの深紅とは補色の翡翠の瞳、利発そうな顔立ちには四角四面として性格が表れている。


 ほんのり俺に似ているところも高ポイントだ。


 黒色をメインに据えた、まるで乙女ゲームの攻略対象のようなキャラクターデザインを今一度眺めて、鷹揚に頷く。






 アリーナから自宅に帰るまで、ずっと考えていた。


 故麦との失った五年間を取り戻したい。


 取り戻すために俺にできることは――それは沢山話して、沢山思い出を作ることの他にない。


 だが、故麦はゾンビ、〈異種族〉だった。


 レッタ社長が一般人を脅すレベルの存在丸ごと機密たる〈異種族〉が俺たちと変わらない生活をしているとは考えにくいし、あの場での提案がなかった以上、家族であっても気安く会うことはできないのだろう。


 なにやら妹は特殊な成り立ちらしいし。


 知名度さえあれば存在が確立され、強度と強さが人間に依存する〈異種族〉。


 大衆の認識次第で人間性を失い、人外へ変貌するVTuber。


 つまり、俺もVTuberになって〈異種族〉に突然変異すれば全ての問題が解決する。


 〈異種族〉同士の交流が問題ないことは社長と故麦を見れば分かる。






 PCのメモソフトを開く。


 名前は、俺が皇否穂だから、下の名前はイナホで確定だとして。


 苗字かぁ……皇のつく二字熟語と言えば皇帝。


 帝はミカドとも読む。


 よし、こいつは『御門みかどイナホ』だ。


 次は設定だな。


 ぱっと見ただの人間だし、特徴は妖刀くらいなもんだけど、特殊な人間ってだけじゃ異種族とは言い難いもんな。


 決定した名前を打ち込み、公式プロフィールをぽちぽちと思考半ばに打鍵する。




『御門イナホ

 生前は妖祓いの妖刀使い、現在は幽霊。

 自分の死因の記憶がすっぽり抜けており、調査しているうちに百年くらい経ってしまった。配信活動を始めたのは死因の情報収集のため』




「こんなもんかな……」


 なりたい自分になれるのがVTuber、ゴリゴリの中二病設定だとしても構うまい。


 腰を座面に滑らせ悪い姿勢を維持、思わず溜息をつく。


 もちろん妹のためだけに始めるのではない。


 前々から配信活動には興味があったし、やるからには徹底して面白いことをする心づもりだ。


 リスナーの俺がスタンス通り、「面白いからヨシ!」と太鼓判を押せる、最強のVTuberになってやる。


 「さて」ディスプレイ端に表示されている時刻は七時過ぎ。「目標は九時だな」


 背もたれから身体を起こし、スマホのアラームを八時五十五分に片手で掛け、もう片手でペンを握る。


 九時には初配信できるよう、準備しなければならないものが山盛りだ。


 長年Vオタクをしてきたおかげで、何が必要か大体頭に入っていて、指先は何のためらいもなく動いた。


 妹のため、最強のVTuberになるために、初配信を最高の形で成功させてやる!




                 ◇◆◇




「無理!!!」


 俺はごちゃごちゃの机に突っ伏し、あらん限りの声で叫んだ。


 時刻は、八時五十分。


 最低限の準備だけは終わらせようとサムネイルを描いて、BGM等諸々素材を配信画面に配置して、公式アカウントから初配信すること、質問募集なんかしちゃったりしていたら既にこの時間。


 まさか本当に最低限しか終わらないとは……。


「配信自体はできるけどオリジナリティというか全体的に面白みに欠ける内容になりそうだし、俺にイラストを動かす技術ないから一枚絵を張り付けるだけになるし、それってそもそもVTuber名乗っていいの?って感じだし、雑談系なのか歌系なのか企画系なのかゲーム系なのかの方針も定まってないし」


 机にキスしながらの愚痴はくぐもって、薄気味悪い感触で鼓膜を揺らす。


「つーか俺の声ってイケボなんかなぁ!? VTuber向きの声帯してるか!?」


 ピピピッ!!!


 大きなアラームの音にネガティブシンキングを遮られ、渋々スマホの画面をタップ。音を止めて、のそり身体を起こし――ディスプレイが目に入る。


 俺のイラスト用アカウントでも宣伝しておいた成果が、九時開始の配信待機画面のコメント、及び百人近い待機人数に現れている。


 チャンネルの登録者も五百人以上いた。


 『初配信』おどろおどろしいフォントの下には、御門イナホが墓地から這い出る不気味なイラスト。


 九時までのタイムリミットのうち一時間近くかけて完成させたサムネイルだ。


「……んーんーあーあー」


 やったこともないマイクチェックを試み、OBS画面でマイクボリュームの波形が震えるのも確認して、何を喋ろうかなんとなく整理する。


 事前情報は俺の立ち絵とサムネイルだけ。


 なのに、これらを見て面白そうと思ってくれた人が百人もいる。


 俺はVオタクだからこの数がどれだけ大きく、貴重な存在か知っている。


 大手企業勢はこれの百倍くらいのリスナーが毎日配信を見に来るわけだけれど、無名個人勢の、しかも初配信でこんなに見に来てくれるのは奇跡と言っていい。


 他にも面白い配信は沢山あるのに、俺を見てみようと時間を作ってくれた人が百人も。


 期待されている。


「頑張るぞ……!」


 高尚で贅沢な打算は削ぎ落され、マイクと画面にだけ神経が集中する。


 時刻は九時を回り、俺は配信ボタンに設定したキーボードのキーを押した。


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