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第3話 炎上回避するVTuber

ちょっとしたトラブルはあったものの、白王コムギワンマンライブ〈デッドオアライブ〉はアンコールまで完璧に盛り上げ、これ以上ないくらいの完成度で終演した。SNS上でも演出から彼女の歌唱力、ファンサの多様さなどをべた褒めする投稿ばかり。


 だが、中には『ちょっとしたトラブル』について言及する意見も散見された。




「すみませんでしたっ!!」




 俺は両足を綺麗に折り畳み、頭を床へ擦り付けていた。


 いわゆる土下座である。


 『ちょっとしたトラブル』それは謎の男とコムギが客席とステージで会話をしたことだった。


 ライブ参戦したファンによるとコムギは「お兄ちゃん」と発したらしく、恐らく実兄が最前列にいて動揺したのではないかと一様に語っており、幸い炎上には至らず、家族のほっこりエピソードとして片付けられているらしい。


 いやだとしても! 俺はなんてことを!!


 自責の念は強まり、頭部で床を掃除する勢いで擦る。


「あなたが謝罪したくなる気持ちも分かりますがねぇ、宇宙規模では大したトラブルではありませんし。元はと言えば、うちのコムギ――あなたの妹さんがライブを中断してしまったことが原因であるわけですし。コムギの責任、つまり彼女の所属するグループの責任、したがってVTuberグループ〈レッタ〉社長のわたくしの責任であるわけで、ねぇ」


 ぬるぬるした声色の声が突如、上部から下へ。


 ちら、様子を窺えば社長さんが俺と同じく頭を下げて、土下座の体勢だった。


「なんで社長さんが謝るんですか!? ちょっ、顔を上げてください!」


「では、一緒に顔を上げましょう。せーの」


 言われるがまま土下座から正座へ直ると、俺よりずっと座高の高い彼女と顔を見合わせてしまう。


 ぱりっと糊の利いた黒スーツを着こなす、いかにも仕事のできそうな年上の女性。


 折り目正しい服装の割に髪色は至極派手で、頭頂部は緑色、床につくほど長い毛先にかけてはピンク色にグラデーションで染められている。


 片目が頭髪で隠れており、見えるもう片目も同系色のグラデーション、とろんと柔らかく、表情全体を見てもとろけている。


「……どうかしましたか?」


 じっと見つめていたのがバレて、こてん首を傾げられてしまう。


「いえ……社長さんって本当にそのビジュアルなんだなと」


「顔出しNG、バーチャル体でしかお話しない、というていで通してますからねぇ」


 ぬめぬめとした笑みを零し、薄く艶やかな唇の内側からギザ歯が見え隠れする。


「これでライブでの一件はおあいこということで、ね」社長さんは近くの一人掛けソファを引き寄せて、体重を預ける。


 奇抜な頭髪を触手のようにうねらせ難なく家具を持ち上げる彼女はその毛先で器用に唖然としたままの俺を持ち上げ、二人掛けのソファ、白王コムギの隣へ座らせてしまう。


「ひゃっ!? な、なんだお兄ちゃんか…………そ、その、二人でのお話は終わったの?」


「ええ、終わりましたよコムギさん。円満解決です」


「あんたに訊いてねーし」


 俺は白王コムギの控え室に通されていた。


 アリーナが有名アーティスト用に設えた部屋なだけあり、広々かつ備品は充実している。


 小さなおててでスマホを抱え、エゴサ中だった当のコムギは上目遣いで俺に擦り寄る。


「お話終わったんだよね? もう甘えていいんだよね?」


「ち、ちょっと待った。まだ全てが終わったというわけではないんだよ」


 じりじり詰まるコムギとの距離。


 ソファから半分はみ出し一定スペースを保とうとするも、その猛攻は留まることを知らない。


 五年間推し続けていた推しに甘えられているし、五年前に喪った大切な妹に甘えられているとも捉えられるこの特殊な状況に俺は情緒の置き場を見失っていた。


 果てしなく嬉しいんだよ? 嬉しいんだけど、どちらか片方でも感情大爆発しそうなのに両方なもんだから、理解がちっとも追い付かない。


 は? なんだこれ? めっちゃ嬉しいのに嬉し過ぎて気分が悪い。吐きそう。


「あ、あの……あんな感動シーンやっといてなんなんだけど、本当に故麦なんだよな?」


「死後五年も経ってるからねぇ。お兄ちゃんが私の顔を覚えていないのも当然だよ」


「顔どころか次元が違うんだよ。覚えてるかどうかとかの次元でもないんだよ」


「冗談だよぉ。お兄ちゃん、真に受けすぎ」


 配信と変わらずコムギはけらけら軽快に笑い、故麦もこんな笑い方だったなと思い出す。


 あまり野暮なことは言いたくないけれど、彼女はコムギであってコムギでない――人間らしい中の人として現実には存在しているはずなのだが、どうしてか現実でもコムギだった。文字通り、画面から飛び出したようなビジュアルである。


 透き通るような肌に深紅の瞳。


 人間離れした美貌がモニター越しと変わらずそこにある。


 比喩とか婉曲表現とかではなく、マジでゾンビの白王コムギが座っているのだ。


「俺の知らぬ間にブレイクスルー起きてバーチャルがごっちゃになったのか?」


「んーあながち間違いじゃない、かも? お兄ちゃん天才だね」


「おいおいあんま褒めるなよ。俺は嬉しさでいっぱいいっぱいなんだ。これ以上嬉しくなったら、嬉死するぞ」


「もー事故死した妹の前でそんなこと言う?」


「……………………ごめんなさい」


「そんなマジに受け取んないで!? 私のよく言うゾンビ流ジョークじゃん! お兄ちゃん配信見てたんなら分かるっしょ?」


「い、いま思えば、リスナーとのプロレスの数々も俺のせいだったんだな。死ネタ(笑)ってぞんざいに扱ってた自分が恥ずかしいよ。重ね重ねごめんなさい」


「もうっ! 気にしいはお兄ちゃんの美徳だけど欠点だよ!」


「……ごめん。お前がそう言うなら、気にしないことにするよ」


「お前じゃなくて故麦。な、なんだったらマイハニーとかお嫁さんとかでも、なんちゃって、きゃっ」


「あーごめん。故麦が可愛すぎて聞き逃した。なんて言ったの?」


「もぅっ、お兄ちゃんったらっ。かわいいかわいい私の声もちゃんと聞いてよねっ?」


 ふー危ない危ない、なんとか話を切り上げられたようで。


 これ以上、妹かつ推しと楽しいおしゃべりをしたら泣きながら笑うところだったからな。


 二つの夢が一度に叶うと人は簡単に壊れるのだ。


 もはやソファの肘掛けに肩身狭く座っていた俺にコムギは容赦なく、うるうる瞳を潤ませて、ライブ中の格好良さはどこへやら、ドレス姿のまま腕にしがみつき頬を擦り付ける。


 ごろごろと猫みたいに喉を鳴らして、あ、おい、匂い嗅ぐな。俺も嗅ぐぞ。


 死別したはずの妹との感動の再会、のはずが、色々あり過ぎて思考がまとまらない。




 人生を救われた推しが引きこもる要因となった妹だったこと。


 死んだはずの妹が生き返っていたこと。


 推しが現実に存在してめちゃくちゃ甘えてきていること。




 そんな一気に受け止め切れるかよ……。


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