第1話 現実に存在しているVTuber
深夜。何年も前に卒業した高校の校庭で死神が舞う。
「〈死者弔い束ねる王〉に歯向かうなど百万年早い! 全員っ、このガトリングで弔ってやろぅっ!」
真っ白な死装束を纏い、死化粧で美しく飾られた死神――白王コムギは生き生きと、大鎌の代わりにゴン太のガトリング砲を、しかも二丁、振り回し、銃弾を縦横無尽にばら撒く。
彼女が叩く軽口と銃口の向かう先は化物。
五十は下らない個体数、コムギを取り囲んでいる。
連中に耐久力はないらしく、何発もの銃撃がその身体を貫くと、ネジや歯車、パンクで緻密な機械部品がまろびでる。
「〈アンドロイド〉ですよ」
校舎の屋上にて、共に見下ろしていた〈宇宙人〉、レッタが口を開いた。
「数世紀後のこの星、つまり未来からやってきた人類の英知の結晶でございます。おおかた人類に嫌気が差して、技術力が低い過去から侵略しようと考えたのでしょう」
「っ…………!」静かな緊迫が走る。
この波状攻撃を一人で防ぎきれるはずなかった。
背後から、化物のてらてらした金属製の爪がコムギの柔らかな肩を貫いた。
血が踊るように噴き出し――されど、彼女は狂気を含む笑みを止めたりはしない。
月の似合う白髪が数束舞い落ちて、深紅の瞳がぎょろりと動く。
「【死ぬとでも?】」
地を蹴り、その身を大きく回転――軽々扱うガトリング砲の銃身でアンドロイドの頭部を殴りつけた。
その衝撃によって身体もろとも弾け飛び、肩に刺さったままの爪を引き抜く。
骨を砕き、肉が裂け、そこにはぽっかり穴が空き、多量出血で死に至る傷――のはずなのに、砕けた骨も、裂けた肉も、みるみるうちに修復されて、穴が埋まって、完治した。
「今のは、かなりよいぞ。ほめてつかわす」
宇宙人がアンドロイドの説明をして、死神は侵略中のアンドロイドと戦闘中。
統一感のない世界観に俺の理解力は限界を迎えつつあった。
「ちなみに、彼女は死神ではなくゾンビなんですよ、ねぇ。命を刈り取る者ではなく、一度刈り取られた者なんです」
「……知ってるよ」
キャパオーバーしていても、白王コムギの種族くらい、設定くらい頭の引き出しに入ってある。
だから一目見てあの死神、もといゾンビが彼女と判断できたのだ。
白王コムギ。
レッタという企業所属、最強のゾンビ系VTuber。
登録者数百万人越え、SNSも相応のフォロワー数を獲得しており「VTuberと言えば?」で必ず名前が挙がる、最近アリーナでワンマンライブも行った超絶有名VTuber。
「知ってるから驚いてんだよ」
VTuberの頭文字は『Virtual』のVだ。
リアルにはいない。
Live2Dやらモーションキャプチャーやら技術力を結集して画面上に映し出される、美しき嘘。
現実にはそんな人いないのに、企業ぐるみでいるように見せかける、配信者の一形態に過ぎない。
どこかの誰かがイラストのガワを被って、キャラクターのふりをしているのだ。
だのに、頬っぺたをつねっても夢は覚めてはくれない。
彼女の受けた傷も、アンドロイドの侵略も、五感の全てが現実だと訴えかけてくる。
「なんで……、なんでお前がこんなことしてんだよ! 故麦っ!!」
戦闘に夢中で、俺の言葉は届かない。
白王コムギ。
いわゆる中の人は皇故麦。
五年前に死んだ俺の妹だ。