音街
「音街」1
入学式では私が入学生代表となった。案の定緊張はしていない。
「いやあ、やっぱり音街はすごいなあ」
大学生の姉である望見が私の頭をわしゃわしゃと撫でた。車の中には入学式当日にしか流れない雰囲気が漂っている。いつも通り窓の外を眺めるが、そこにはいつも通りの景色がない。
「大学行かなくて良いの?」
高校二年生の意紀が呆れた顔をした。望見はいいんだよお、と微笑みをたたえる。
「妹の大事な入学式なんだから、立ち会わなきゃダメってもんよ」
「望見、ありがとう」
私がそう言うと、望見はえへへ、と得意げに、そして恥ずかしげに笑った。
「音街」2
一組の担任は端正な顔立ちをした教師だった。どこかおどけた印象を受ける。面倒臭そうでは無く、一つ安心した。この学校はクラス替えをせず、担任も三年間変わらない。ここが一つ大事な分岐点となる。
「これから皆さんの担任になります、三浦です、よろしくお願いします」
そう決められていたかのように声の揃った「お願いします」が私たちの側から三浦先生に返される。
三浦先生が忙しそうに出て行くと、自然な成り行きで自己紹介が始まった。小ボケを挟む男子は数人いたが、それも一部だけで、後半は真面目に自分を紹介する人がほとんどだった。私もそのほとんどの一人になった。
「音街」3
スクールバスを見たことはあっても、乗るのは初めてだった。移動時間もそれなりに長く、暇つぶしに苦労した。
暗算をし続けるアプリにも段々と飽きてきたが、ナンプレという素晴らしいパズルゲームを入学後にできた友達から教わった。私はスクールバスの窓から見る景色はそっちのけでのめり込んだ。
その友達は、生粋の数学オタクであった。それ以外にも趣味が合った。新生活も悪いことばかりでない。なんなら、良いことしか起きていない。
降りるバス停に到着し、バスを降りる。心なしか、鞄も朝より軽くなったように感じる。
それには珍しく星が見え、我が町が田舎だと強く実感した。イヤホンを外し、ドアノブを握る。
「音街」4
私と高田柿子は中学時代を思い出して笑い合っている。出会い始めの頃はどこかやはり壁があって、今ではそれが考えられなかった。
懐かしがるには春は早すぎるとも思ったが、そもそも私たちはいつだってそうだったと一人納得した。