颯太
「颯太」一
歪みの効いたエレキギターが眠ってい家の布団を剥がした。咄嗟に時間を見ると、七時を過ぎていた。しかし、まだ七時、とも言える。八時半出発なので、五分後に起きても間に合う。
……フランダースの犬でアナグラムができないだろうか。フランダース。フランスができるな。
「フランスの犬だー」
いや、まだ面白くない。フラダンスができるな。
「フラダンスの犬ー」
うん。今日も頭が痛い。
隣の部屋から響いたエレキギターの音はいつの間にかピアノに変わっている。うめき声みたいなジャズもどきが流れてきた。兄よ、お前にジャズピアノは早い。
漏れ出してくる歪なmoanin’に耳を傾けながら支度をしている最中、だんだんとこれこそがジャズである気がしてきた。いつのまにか気持ちのいいスウィングに乗っている。
「颯太」二
入学式直前の学校は静かだが騒がしい。明るい空気を裏返すと、灰色が紛れている。桜がまだ咲いておらず、少し寂しげなこともあるのだろう。
先程まで少しの盛り上がりを見せていた初対面の同じ年に生まれた者たちの会話も、教師の「ちょっと待ってて」という声にスイッチを押されたように静かになった。
読書をする人もいれば、明後日の方向を向いている人、明日に向かって今にも走り出さんとしている人、おそらく担任のものと思われるルービックキューブをいじっている人もいる。さすが二組。進学コースとは名ばかりではないようで、頭が良さそうだ。しかし、来る前は皆眼鏡を押し上げてキメ顔をするような少年少女の集いだと思っていたが、僕がそうでないように、みんなも常人に近いようだ。
そもそもこの学校の偏差値はそこまで高くないし、頭のいい人が全員眼鏡をかけているわけでもあるまい。
入学式では特に面白いこともなかったので割愛する。強いていえば新入生代表が一組の一貫コースコースの人で、やはり頭脳派集団ということなのだろうか。
人生で今初めて頭脳派という言葉を使えたことに喜びを噛み締めた。そして味もしめた。
因みに一貫コースとは、この高校の附属中学からエスカレーター式で高校に進学した者たちの集いで、まあ言わばエリートだ。
「颯太」三
これは自慢だが、この後に行った模試のような者で、僕が学年一位になった。少々怖いイメージがあったものの、話してみると一組もお堅い集団ではないようで、人の温かさを実感した。
「颯太」四
この学校には軽音部が無く、中学の頃からの仲の三人と作ることにした。しかしなかなかに厳しいようだ。そもそも同好会から始めなければならないし、同好会を作るには一年以上の活動が必要である。
根気よく活動を続けるしかないようだ。一応記しておくが、僕はキーボードがギターだと思う。
「颯太」五
いつのまにかバンドの中での立ち位置がバッキングギターになっている。コード引きは嫌いなのに。
その後、僕は星野源の「SUN」に手を出し、見事挫折した。