☆『一回目』『一日目』『朝』☆ その8
遅刻したことを理解してないはずはないのだけど、クァトランに悪びれた様子は一切なかった。ど派手な登場に何も言えない皆を尻目に、次々とカツサンドを飲み込みながら、ハルミ先生にすら頭を下げることなく、近くの椅子――どころじゃない、机の上に足を組んで座る。
「三人とも、遅刻ですよ~?」
と、ようやくハルミ先生が困ったように言うと、クローネが一歩前に出て、反省など微塵もしていない様子で笑う。
「だってお嬢が髪のセットが決まらないって言うんだもーん!」
『わがままだよナー!』
『巻き添えくっちまったニャー!』
「『『あははははははははは!』』」
クローネがなにか喋ると、《ぬいぐるみを操る魔法》によって、まるで生きているかのように振る舞う両手のマペットが追随する。
ついにバンッ、と音を立てて立ち上がったのは、我らがマグナリア学級委員長。
大遅刻をかました上でこの暴挙、ルール遵守の権化が見逃すはずがない。
「皆を待たせておいて、謝罪の一つもないわけ?」
「あれ、謝ってないっけ?」
『謝ってないよナー』『気持ちが足りてないニャー』
自分の手に嵌めたマペットに、わざとらしく尋ねるクローネ、これを挑発と呼ばずしてなんと呼ぼう。
「いっけない、忘れてたかも? ごめんごめーん!」
『悪気はないからナー!』『許して欲しいニャー!』
「『『ごめんなさーい!』』」
委員長の額にビキッ、と青筋が入る音が、こちらまで聞こえてきた気がする。
「クロクロ、駄目だよ、ちゃんと謝らないとー。迷惑かけたんだからさー」
ニアニャが仲裁に入るが、黒猫を抱き寄せて頭を撫でながら、全然そちらを見ないで言うものだから、何の説得力もない。
ついに、マグナリアの拳が淡い水色に光る。《魔力》を収束させている証拠だ……ってまずい本気で殴るつもりだ。
煽ったクローネ自身も、この状況を期待していた節がある……だって口元めっちゃ笑ってるもん! マペットから黒い《魔力光》が溢れ出し――――。
「うるさいわよ、バカ」
ゴツン、とかじゃなかった。
もう、グキャッ、という、生物が発しては行けない、骨が折れ曲がったような異音。
あれだけ大量にあったカツサンドを食べ尽くしたクァトランが、空いた手でクローネの頭をおもむろにぶん殴った音だった。
床に顔をめり込ませたまま、ぴくりとも動かないクローネに、マグナリアもあっけにとられて静止してしまったほどだ。
「アンタが何しようと勝手だけどさぁ、クローネ」
暴力の発生源は、再び机に座り直して、言った。
「まだ説明の途中でしょうが、静かにしてなさいよ」
いや。
そもそもお前らが遅れてきたのが原因なんだけど。
と、多分、全員が思ったけど、誰も口にしなかった。
「…………じゃあ、静かになったので、続けましょうか~」
「それでええんです? ハルミ先生」
一応、ミツネさんが言及してくれた。流石だ。
「ん~、個別課題にちょっとペナルティを足しておきましょう~、遅刻と、校内暴力は問題なので~」
しれっと罰則が足され、遅刻組三人の手元にも封筒が配られた。
「ふん、どうせ大した課題じゃ…………はぁ!? ハルミ! ちょっと何よこれ!」
中身を確認したクァトランが素っ頓狂な声をあげた。
何が書かれてたんだろう、私よりわけのわからん課題ではないと思うけど。
「――――あははははは! お嬢ー! めっちゃ痛いんだけどー!」
『死ぬかと思ったナ!』『頭から血ぃ出てるニャー!』
がばっと起き上がったクローネが抗議の声を挙げた、よかった、生きてた。
だらだらと額から血を流しながら、楽しげに笑うクローネ、もうこの子たち、怖いよぉ……。
地球(日本)出身の魔法少女と、《魔法の世界》出身の魔法少女の外見的な特徴の差異として、瞳の下にある小さな菱形の模様があげられる。
これは魔法少女の能力を図るバロメーターであり、魔法の根幹である《秘輝石》への適性を示している。
《魔法の世界》においては、この文様の有無で魔法少女になれるかどうかが決まり、マグナリアやファラフのように数が一つあるだけでもこうして日本への『留学』が認められる程に貴重な人材として扱われる。
ラミアやルーズ姫のように家柄や血統に恵まれ、類まれなる才能を持っていれば、時折二つ発現することがある。これはもうエリートと言って差し支えない。
魔法少女全体を数えても、二割に満たない可視化された才能。世界で最も有名な魔法少女、プレシャス・プリンセスもそうだ。
ちなみに、私やメア、ミツネさんなんかは、そもそも魔法少女としての名前に姓が使われている通り、日本人が後天的に魔法少女になった存在なので、この文様はない。
で。
クローネ、ニアニャ、そしてクァトラン。
この三人は、文様が三つある。
、《魔法の世界》の歴史でも、数えるほどしか居ない、何千万人、何億人に一人の奇跡の才能……彼女達が同じクラスに集められたのは、勿論偶然ではない。
クローネ・クローネ、懲役396年。
ニアニャ・ギーニャ、懲役422年。
私と同年代ぐらいであるはずの彼女たちが、一体何をしでかしたかは知らないが、この二人は、《魔法の世界》における大罪人であるらしい。
本来なら処刑されてもおかしくない所を、クァトランが従者として監視することを条件に、学園へ通う事を許された。
その行動と言動に矯正の兆しが見られ、社会復帰が可能とみなされたなら恩赦を受けられるので、頑張るから仲良くしてね、と自己紹介された訳だ。
結果として歴史上に残るレベルの才能の塊兼問題児が三人でグループを作ってしまい、しかもご覧の通り管理しているはずのクァトランが立場と実力に物を言わせてわがまま放題好き勝手するものだから、二人もそれなりに調子こいてるという、前提条件が崩壊した感じになってしまっているのだ。
ただ……。
「強いのは確かなんだよなあ……」
私が百人いたとしても、クローネの操るぬいぐるみ一体に傷ひとつつけられないだろう。魔界攻略に当たって、彼女たちが味方だというなら、頼りになるのは間違いない。
「ん? リンリン、わたしのこと褒めたー?」
「ひゃえっ」
いつの間にか、目の前にニアニャの顔が迫っていた。考え事をしていたせいもあるんだろうけど、とにかく動きに掴みどころがないせいで、気づけなかった。
「えっへっへー、だいじょぶだいじょぶ、大船に乗ったつもりでいてよー、わたし今回はすっごいやる気なんだー!」
ギザギザに尖った歯を見せながら、にかっと笑うニアニャ。
「《八大魔界》はたしかに手強いけどさー、それ以外の成りかけならそんなに怖い所じゃないよー? 《魔法の世界》じゃぽこぽこ湧いてたけどー、わたし一人でも平気なぐらいだったしー」
「そうは言うけど、私からしたら初体験で初実戦なんだよ」
やだなあ、ぽこぽこ湧く魔界。
「ふっふっふー、じゃあサポートしちゃおうかなー? お嬢達は放って置いても大丈夫だしー、メアメアもー、ミツミツもー、ライライもー、頼ってねー?」
「頼りにしてるよ、割とマジメに」
ニアニャは比較的友好的、というか、普通に会話する分にはいい子なんだよね、クァトランやクローネと一緒にいると化学反応で余計なことをするけど……いやでも単純にクローネより長い懲役食らってんだよなニアニャって。何したのかまでは知らないけど……一応、殺人ではないらしい、《魔法の世界》の倫理観でもそれは許されない事だそうで。
「ありがとさん、いざというときは頼らせてもらうわあ、ね、ファラフ?」
「は、はい! で、でも、自分の力で出来るところまで、が、頑張ります!」
ファラフはともかく、ミツネさんはどこまで本気やら。
「では、出発は一時間後、一旦寮に戻って、着替えや私物など、必要なものを整えてから、屋上に集合してくださ~い」
それと、とハルミ先生は続けた。
「今ならまだ、参加辞退は可能ですので~、今挑むのが怖い、という子がいれば、遠慮なくどうぞ~」
その場で辞退を申し出る娘は居なかった。