魔法少女の幼馴染
☆
真剣に勝ちに行く以上、誰をどの競技に割り振るのか、それぞれの適性を改めて測る必要がある……という委員長の一言によって、クラス内での選抜レースをやることになった訳だが。
「いやあ、まさかクァトランが《箒》に乗れないとは……」
「平気な顔して乗れるアンタらがおかしいのよ! 揺れるし! バランス取れないし!」
「その上すっ飛んでいくし……」
「ちょっと《魔力》注いだだけじゃない! もぉー!」
「クァトランのちょっとはちょっとじゃないんだよ……」
なんていうか、《箒》って体感的には自転車みたいな感じで、練習すれば乗れるようにはなるけど、ぶっつけ本番でいきなり乗れるようなものでもないというか……競技シーンで活躍したければ、専門的な練習や機材のハードルがぐっと上がるところも含めて近しいと思う。
「そもそも乗るのが初めてならクローネたちみたいに言えばよかったじゃん」
二人が補助に徹していたのは『一度も《箒》乗ったことがないから乗り方わかんない』という身も蓋もない理由だったし。
「やってみたらなんとかなるかもしれないじゃない!」
「そんな冒険心で空飛ぶの怖くない?」
まあそんなわけで、最強の魔法少女ことクァトランにしては珍しい失態を経て、どっぷり海水に浸かってしまった髪の毛のお手入れを命じられた私は、夕食後のこの時間、クァトランの部屋を訪れているのだった。
これでもかというぐらい流水ですすいで、シャンプーで丁寧に揉み洗いして汚れを落とし、トリートメントでしっかり保湿。尚、この工程は風呂場で行われたが、私は目隠しをした状態での作業を強要された。なぜだ。
ま、とにかく後はじっくり乾かすだけだ。ふふ……だんだん水分が抜けていく髪もいいよね。
「ねえ、あと三〇分で終わる?」
「えっ、後三〇分も堪能していいの?」
「きしょっ! そうじゃねーわよ。抑えが効かなくなってきそうってこと」
クァトランの固有魔法は、髪の毛を束ねあげ、角を作ることで成り立っている。
短い時間なら自力で抑え込めるらしいが、確かに髪の毛を洗うのにも時間をかけたし、あまりねっとりいじくるのも良くないか……。
ドライヤーの風を当てながら、櫛を通して梳いていく。いつも束ねて丸めて角を作っているから、癖の一つもつきそうなものだけど、クァトランのそれは驚くほど細いのに、サラサラのツヤツヤで、触り心地という観点でいうとメアにも劣らない。
これを思い通りにお手入れしていいというのだから、神様仏様クァトラン様と言ったものだ。何回でも海に墜落して欲しい。明日にでも。
「言っとくけど二度目はないからね」
「まだ何もしてないし言ってないじゃんか」
「息が荒い。視線がキモい」
「し、失礼な……!」
私はただ学術的見地から素晴らしい髪の毛に関する質感や触感を大事に……いや、やめておこう、何を言っても私の有利に働かない気がするし、自分の命も大事なので、それ以上余計なことはせず、真面目にやろう。
「よし、完成、どうでしょうお姫様」
「くるしゅうない。いいじゃない。そのうち何かお礼してあげるわ」
「ほんと? プレシャス・プリンセスフィギュアの抽選申し込みに名前貸してくれる?」
「前言撤回。……何だっけ、確か……」
「プレシャスを知らない生物は、多分この世でもクァトランだけだと思うよ……」
そこから私はとうとうと、プレシャス・プリンセスについて語った。
誰かの為に戦う姿が誰よりも格好いい事、聖剣《桜花の剣》に関する豆知識、彼女の輝かしい戦歴の数々………途中で死のデコピンを喰らい強制中断させられたけど。
「それ以外で考えときなさい、以上」
ありがたいお褒めの言葉を下賜していただけたので、どうやらご満足いただけたらしい。
念の為、クァトランがしっかり角を作る所まで確認し、部屋を出ようとしたところで。
「アンタらの為だけじゃないわよ、私自身の為でもあるわ」
背中越しに、そう言われた。なんのことだかわからなくて、振り返って首を傾げると、クァトランはふ、と小さく笑った。
「なんでもない。それじゃ、おやすみ」
気づけばもう二十三時……うーん、だいぶ長居しちゃったな。自分の髪の手入れを考えると結構ギリギリだ。メアはもう寝てるかもしれない。
「……あれ?」
寮の部屋はカードキーで施錠と解錠をするのだけど、鍵が開いていた。
私が部屋を出るときは一応閉めたんだけどな。メアが一度外に出たのかな? 全く不用心なんだから。
扉を開くと……まだ明かりがついていた。
「遅かったじゃないですか、どこをほっつき歩いてたんです?」
同時に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
☆
「…………なんだ、烏か」
誰かが部屋に勝手に入っている、という状況は、普通なら警戒すべき所なのだろうけれど、その人物は自分がよく知っている相手だったので……一瞬抱いた緊張がほどける落差で、どっと肩が重くなった。
すやすやと寝息を立てるメアのベッドに腰掛けて、タブレットにタッチペンで何やら書き込んでいるのは……私とメア、共通の幼馴染である魔法少女――レイヴン・グレイヴだった。
ライムグリーンの髪の毛、右は緑、左は赤の特徴的な虹彩異色。特に左目は白目の部分が黒く塗りつぶされたようになっていて、見間違えようもない。
「なんだ、じゃねーですよ。何時間待ったと思ってんですか。気づいたらメアちゃんは寝ちゃうし」
「まあ普段はもう寝てる時間だから……で、どうしたんだよ、こんな時間に」
「先にわたしの質問に答えてくださいよ」
じと、とレイの瞳が細められた。
「わたしと、メアちゃんを、ほっぽって、どこを、ほっつき歩いてたんですか」
「お前が来るってわかってたらもうちょい早めに切り上げて来たって」
帽子を置いて、マントを脱いで、体を身軽にしながら、ため息を吐く。
「ちょっと友達に呼ばれたんだよ」
「へえ、リーンちゃんに友達っていたんです?」
「喧嘩を売ってるなら買うぞ私は」
とりあえず汗を流したい、というか髪の手入れをしたい。
「というか、まだそのタッチペン使ってるの? いい加減買い替えたら?」
「嫌ですよ、わたしはこれがいーんです、これ以外使いません」
べー、と舌まで出されてしまった。
カラスの意匠をかたどった変わったタッチペンだが、ずっと愛用してるからか、見た目もかなり古いし、なによりお世辞にも造形が綺麗とは言い難い。
まあ、本人が気に入ってるならいいけどさ。
「あのさ、私、シャワー浴びたいんだけど……」
「はぁ? これ以上わたしを待たせようってんですか」
「要件があるならさっさと言ってくれって意味なんだけど」
「わたしの用事をインスタントに済ませようとは、随分と偉くなったじゃねーですか」
「面倒くさいなぁ……レイ、お風呂は?」
「あ、さっきメアちゃんと入りました」
「んなっ、このっ、くそっ、ぐうう…………!」
「うわ、怒り方キッショ…………」
だ、だってメア、最近は私とはあんまり一緒にお風呂入ってくれないし……!
「おっぱい見る目が怖いからじゃねーですか、それは普通に」
「心を読むな。……あ、そうだ思い出した! お前、あの豊胸体操全然効果ないじゃんか!」
「あれ信じてたんですか!? ウ、ウケッ、あは、あははははははははは!」
「今この場で殺してやる……!」
「あははははははははははははははははは!」
しかし今この位置で攻撃をするとメアを巻き込んでしまうので、《魔弾》をぶっ放すことなくぐっと我慢する。
いや、私の攻撃でメアがどうこうなるという意味ではなくて、〝眠りを妨げられたメア〟という存在の凶暴性を知っているが故の警戒心である。
熟睡状態のメアは、真横でゲラゲラ笑った程度では起きやしないが、直接攻撃されたら流石に……三〇%くらいの確率で起床する恐れがなくもないわけで。
「もういいや、お前はそこで首を洗って待ってろ、いいな!」
「ちっ、しょーがねですね……」
というわけで、レイを待たせて浴室へ向かう。体はざっと洗う程度で、髪の毛は……うーん、潮風を浴びたからしっかり手入れをしたかったんだけど、あまり時間をかけすぎると乗り込んできそうな気もするから、手早く済ませるか……。
「でたよー」
バスローブに着替えて部屋に戻ると、レイは眉をしかめにしかめた、不機嫌大爆発五秒前くらいのツラをしていた。
「もう日付変わってんですけど!?」
「そんな……たった一時間半しかお手入れしてないのに……!」
「心臓止めてやりましょうかテメー……!」
うっかり日頃より丹念にトリートメントの浸透を試みてしまった……まあそれはともかく、生乾きだと当然よくないので、弱いドライヤーの風を当てながら、私はレイの横に座った。
「で、どうしたのさ一体」
「なんで話一つするのに、こんな待たされねーといけねーんですか……」
「間が悪いのかなぁ……あ、そっち持ってよ」
「その上乾かすのを手伝わせようとすんじゃねーですよ」
ぶつくさ言いながらもタブレットを脇において持ってくれる辺り、さすが我が家族だ。
ついでに櫛を手渡すと、おい、という表情をしたものの、すぐに呆れ顔になって梳き始めてくれたので、これ幸いと弱温風を当てていく。
「リーンちゃんとメアちゃんは今年も《集団戦》なんですよね」
「まーね。それ以外出る枠ないし」
ドライヤーの静かなモーター音に紛れて、柔らかに寝息の気配。
一人の髪を二人がかりで乾かす、という変な状況の中で、レイは告げた。
「今年はわたしが《個人戦》に出ます」
「………………マジ?」
一瞬、動きが止まってしまう。顔を上げると、にんまりした表情で、こちらを見ていた。
「マジです。ナハちゃんもダヴィちゃんもぶっ倒して、よーやくわたしの時代ですよ」
得意げに、誇らしく……昔からそうだった。
何かを自慢したい時、レイはこういう表情をする。
「で、そっちのクラスは、あのお姫様が出るんですよね」
私は月組、レイヴンは星組。クラスは違えど、当然その存在は知っている。
最強の魔法少女、クァトラン・クアートラ。
「ねえ、リーンちゃん。わたしとそのお姫様、戦ったらどっちが勝つと思います?」
夢見メアとレイヴン・グレイヴ。
身寄りのない魔法少女たちを育てる『春の家』という育成施設で、九歳からクロ学に入学するまでの時間を、私はこの二人と過ごしてきた。
だから私は、レイヴン・グレイヴという魔法少女が何が出来るかをすべて知っている。
戦い方も、固有魔法の応用も、未だ学園の誰にも見せていないだろう奥の手も。
同様に、クァトランの力の秘密もまた、知っている。
何を以て最強なのか。悪魔を一方的に蹂躙し、圧倒する底の見えない力の根源を…………知っている。
それを踏まえて、私は言った。
「…………わからない」
クァトラン・クアートラが負ける所、なんてもちろん想像出来ないのだけれど。
同じぐらい、レイヴン・グレイヴが負ける所も想像できないのだ。
ある意味で、レイはあらゆる魔法少女の天敵とも言える存在だから。
「…………ノータイムでわたし、って言ってほしかったんですけどねぇ」
ちぇ、とつまらなそうに唇を尖らせ、しかし、それ以上の不満を表明することはなく。
「ま、いーでしょう。結果は本番で見せればいーんですからぁ」
「……なんで今更《個人戦》に出る気になったんだよ、去年までやる気なかっただろ」
「そりゃあそーですよぉ、中等部の《個人戦》なんてカメラに映らねーじゃないですか」
タブレットを手に持ち直して、不敵に笑った。
「人目につかなきゃ目立てない。目立てなきゃ意味がない。無名から駆け上がってこそ、意味があるんです。そのための準備もやってきました」
「私はなんにも聞いてないぞ」
「当たり前じゃねーですか、リーンちゃんに何が出来るってんです?」
そう言われれば返す言葉などあるはずもない。
私は最弱の魔法少女、語辺リーン。
レイヴン・グレイヴは……誰よりもそれを知っている。
「《個人戦》優勝のご褒美は知ってるでしょう? 魔法少女協会が一つ、何でも望みを叶えてくれる」
魔法少女協会、まぁつまり、《地球》側における魔法少女の管理組合みたいなもので、『大魔爛祭』の開催も魔法少女協会とそこに属する魔法少女たちが行っている。
だから望みを叶えてくれる、と言ってもそれは超常的な力でぴかーん、とかなるわけじゃなくて、お金なり何なりの相応のリソースを割いてやりたいことをさせてくれるよ、って話。
確かプレシャス・プリンセスがかつて《個人戦》を優勝した際に望んだのは『皆とお友達になるために世界一周の旅!』だったはず。《個人戦》の優勝者は、つまり同世代で一番強い魔法少女なのだから、相応の権利を与えよう……というわけだ。
「仮に優勝できたとして、何が欲しいんだよ」
レイが求めるもの、とぱっと言われて思いつくものは一つしかなく、そしてそれは《個人戦》で優勝したからどうこうなる類のものではないはずだし。
「さー、なんですかねー」
「意味深に言っといてぼかすのかよ」
「まぁまぁ、よーするに応援してくださいね、って言いに来たんです」
「そりゃ、やるってんなら応援するけどさ」
「クラスメートよりですよ?」
「その場合、私の応援程度じゃどっちにも影響しないだろ」
「…………はー、わかんねー人ですねー」
もういいです、と背中を向けてしまった。しまった、ふてくされさせてしまった。
「まぁ、そういうなって、あとさ」
「なんですか、もー眠いんですけど」
ちゃっかりタブレットの充電ケーブルを電源に繋いで、そのままメアのベッドにもぞもぞ潜り込もうとするレイ……泊まっていくんかい。
ま、それは別にいいんだけど、
「ちょっと頼みがあるんだけど聞いてくんない?」
「この流れでよくわたしに何かモノを頼めましたねぇ! 内容が何であれ嫌ですけど!?」
「そう言うなって、ほら」
私は鷹揚に両手を広げて、努めて笑顔で言った。
「今日はこっちきていいからさ」
じとー、と胡散くさげにこちらを睨むレイ。しまった、今日はそう言う気分じゃなかったか。
少し考える仕草を見て、ちら、とメアを横目で見て、それからもう一度こちらを見て。
「抱き枕にされんの、嫌がってたじゃねーですか」
「三ヶ月ほど人権を奪われていた時に抱き枕慣れしちゃってね……」
最近では、逆に人肌がないと寝付きが悪くなってきたというか……でもメアにそれを言うと『抱き枕になってあげる』が取引材料に使えなくなる為、迂闊にこちらからは求めにくいというか。
それからさらに数十秒、考える仕草を見せてから、盛大にため息を吐いて。
「…………まーいいでしょう」
念の為、メアを起こさぬよう、ゆっくり立ち上がって、そのままぼふ、と私のベッドに倒れ込み、目をこすりながら言った。
「で、頼みって?」
内容を聞く前にそう言ってくれる所が、お前のいいところだよ、レイ。
メアより低い体温、肉付きが薄いわけではないけれど、軽い身体。嗅ぎ慣れた石鹸の匂い。
「明日、起きたら言うよ」
体を横に倒したら溜め込んでいた眠気が湧いてきたのか、レイの目が露骨にうとうとしているので、私は小さな声で言って、明かりを消した。
……つまり、私も少しはやる気になってみただけだ。
みんなが前向きにやろうとしてるのだから、私だって。
それが例え、最弱のあがきであったとしても。




