売られた喧嘩を即座に買う。
☆
さて、時間は少し巻き戻って二週間前、早くも梅雨の気配を感じ始める六月頭のこと。
「それでは~、そろそろ『大魔爛祭』の準備をしないといけませんね~」
通常授業が終わった後、高等部一年月組の生徒一同の前で、我らが担任、安倍ハルミ先生はいつも通り胡散臭いニコニコ笑顔を崩さないままそう告げた。
教室前方のスクリーンに大きく表示されているのは、第二十四回『大魔爛祭』の文字。
世間一般でいう夏休み――七月三週目から八月の冒頭にかけて、三日間かけて行われる魔法少女の祭典だ。
中等部までは学園内でワイワイやってスコアを競う程度だったけれど、高等部からは本格的に他の学園との勝負になる。もちろんテレビ中継もネット配信も行われるから、ここで大きな成果を出せれば、一躍次代のスターへの道が開かれる……私はあまり興味ないけど。
「私たち月組の参加種目は、《箒競争》、《集団戦》、《個人戦》の三競技ですね~。例年と変わらずです~」
《箒》での速度を競い合う《箒競争》、複数チームが同時に戦って生き残りを競う《集団戦》、そして世代最強を決める《個人戦》。いわゆる花形の三競技。
続いて、それぞれの競技名の下に数字が表示される。
「代表の決め方は~、皆さんにおまかせします~。《箒競争》は三人、《集団戦》は五人までの人数制限がありますが~、《個人戦》は何人参加してもオーケーですよ~」
とは言うものの、基本的にどの競技も事前の準備が大変だし、一度参加したら《魔力》なんか空っぽになってしまうから、複数競技にまたがって参加する魔法少女は稀だ。
「……ちなみにだけど、今年はどうするの?」
私は後ろの席に座るクァトラン、クローネ、ニアニャのトリオに声をかけた。
「パスよパス、面倒ごとはゴメンだわ」
「あたしらもにゃー、前科あるしにゃー」
『表舞台にゃ出れないニャー』『悲しいナー』
「みんな、頑張れ頑張れー!」
「だよねえ……」
現行で懲役刑を消化している二人はもちろん、クァトランも中等部から一貫して『大魔爛祭』を辞退してきた。開会式の担当が回ってきた時、何発か大技をかまして会場を騒がせたくらいで……なんて協調性のない奴らなんだと去年までなら憤っていたところだけど、クァトランの事情を鑑みれば――なにせ身内から命を狙われているのだ――変に目立たないに越したことはないのだと、理解はできるのでなんとも言い難い。
なので、私達はただでさえ少ないクラス人数から面子を配分しなければならない事になる。
例年通りなら、ラミアが《個人戦》に出て、他のメンバーで残りの競技を回さないといけないわけだが、《箒競争》で三人取られると、《集団戦》は三人で戦わなくてはならず、人数差の不利で早期リタイア、点数が伸びず最下位――が我ら月組のいつもの流れだった。
「やっぱり私たちは《集団戦》かなぁ?」
隣のメアがくいくいと袖を引いてきた。
「かな。《箒競争》で委員長やファラフに勝てるビジョンは見えないし……」
国立クロムローム魔法学園は中高一貫制を取っている。
各学年それぞれ二クラス、落第がなければ一クラスに最大で十人の魔法少女が所属しているので、多くて合計百二十人が上限値となる。
これは他の六校と比べるとかなり少ない……いや、体感としてはクロ学(略称)のことしか知らないから話だけなんだけど、例えば最大の生徒数を抱える私立アイフィス魔法大学付属高等学校なんかは、クロ学の十倍以上の魔法少女が居るらしい。十倍て。
私たちは少ないリソースを全ツッパする為、私のような最弱の魔法少女も駆り出さないといけないのだけど、他の学園は枠を競い合って勝ち残った上澄みが選手としてやってくるのである。甲子園における強豪校と弱小校みたいなものだ。
「では、本日の授業はここまでで~す、先生はこれから本土で打ち合わせがあるので~、何かあったらケータイに連絡してくださいね~」
連絡事項も早々に、ハルミ先生は教室を出ていってしまった。この手の行事に関して、ウチのクラスは基本放任主義なので(頼めば手伝ってくれるけども)いつものことだ。
「ま、私たちはできる範囲で、ゆるく頑張ろうよ」
なんて志の低い発言をした直後。
「お邪魔しますわーーーーーーーーーー!」
教室の扉が、ずばぁん! とか ごがぁん! とかそれぐらいの勢いで開け放たれた。
「クロムローム魔法学園高等部一年星組! 如月塚ヘクセンナハトでっすっわ―! ごきげんよう月組の皆様―!」
そして勢いに負けず劣らずクソデカい声で叫んだのは、名乗り上げの通り…………。
「あれ、ナハトお嬢じゃん」
隣のクラスの委員長、如月塚ヘクセンナハトだった。
クァトランに負けず劣らずの毛量、とんでもねえ縦ロールが特徴的だが、それ以上に目を引くのは、体の部位によって色が異なる、ツギハギだらけの皮膚だろう。何も知らない人が見たら、ゾンビか何かに見えるだろう。
実際はゾンビなんかより、ある意味ではもっと質の悪い、キメラみたいな魔法少女なのだけど………
「何の用?」
ハルミ先生に代わって、メンバー決めの為に前に出ようとしていた委員長が全員を代表してそう言った。
「少しお時間いただいてもよろしくて!?」
「…………」
我らが委員長、マグナリア・ガンメイジ。頑固一辺倒の彼女は一度決めたことを決して曲げないし、ルールは絶対に守る融通が利かない石頭の魔法少女である。
果たして彼女的にこの割り込みはアリかナシか…………数秒の沈黙の後、す、と立ち位置を譲った。
「五分以内ね」
「かしこまりですわー!」
そうして私達の前に立ったナハトお嬢は、クソデカい声をそのままに宣言した。
「我々星組は、来る『大魔爛祭』にて総合優勝を目標として戦うことを決めましたわー!」
「………どういうこと?」
委員長の質問だが、これは文字通り『どういう意味なのだ』という追及と、なんでそれをわざわざこっちで宣言するんだ、という質問の二通りの意味があったに違いない。だって私がそうだったから。
ナハトお嬢も当然その疑問を想定していたらしく、尊大に腕を組んだ。
谷間に存在するゴールドイエローのスフィアを見せつける様に、胸元が見えるデザインのコスチュームなので、豊かな胸が持ち上がったのがよく見える、よしよし。
「リーンちゃん?」
「メア、お嬢が話すよ」
横からの圧力はガン無視させてもらうとして。
「『大魔爛祭』におけるクロムローム魔法学園の戦績はご存知でして!?」
質問に応えたのは、ミツネさんだった。へらへらと笑いながら一言。
「万年最下位、やね」
『大魔爛祭』は《地球》に存在する七つの魔法少女教育機関によって競われる、魔法少女大運動会だ。
成績は個人ごと、クラスごと、学年ごと……そして学園ごとに管理され、総合得点が高い順に評定される。
私たちが通う孤島のマジカルメガフロート『国立クロムローム魔法学園』。
有能な魔法少女が多い、エリート気質の『聖イーヴィス魔法女学院』。
研究施設を兼ねる秘匿主義の『ルード・ゴード魔導院』
前述の通り最も生徒数が多い『私立アイフィス魔法大学付属高等学校』。
唯一普通の高校に学科が存在する『都立ヴァミーリ高等学校・魔法少女科』。
日本以外の諸外国から才能がある少女たちを集めた『アルカシェーン国際魔法アカデミア』。
《魔法の世界》からの留学生が八割以上を数える『エメラリア・マジカルハイスクール』。
その序列において、クロムローム魔法学園はここ八年、常に最下位である。
一番の理由はやっぱり生徒総数が圧倒的に少ないことなんだけれど……一種目では尖った活躍を見せる生徒が居ても、総合点で負けてしまうパターンが多いのだ。今も昔も先輩方は基本的にバックアップ要員が多いっていうのもあるんだろうけど。
配点が最も大きく、注目度の高い《個人戦》に至っては、クロ学の生徒が決勝トーナメントに残ることすら稀、仮に出られても一回戦負け、というのが現状だ。
「わたくしは……わたくしたちはこの現状を非常に憂いていますわ。この通り首がぐるりと回ってしまうぐらいに」
ゴキゴキゴキ、と嫌な音を立てながら、その場で首を三六〇度回転させるナハトお嬢、いや、怖い怖い怖い。
「高等部に進学したら一発かましてやろうと決めておりましたの。ですが――――」
「ですが?」
「学園単位での総合入賞には全体のスコア上昇が不可欠ですわ! だから尋ねに来ましたの。月組の皆様はどうなさるおつもりかと!」
びし、と指を突きつけるのは委員長に対して――だけではない。
教室に集まった、月組の生徒全員に、だ。
「もし例年通り、やる気なく過ごすつもりであれば結構。でしたらその場合、《箒競争》のコース練習と、《集団戦》のフィールド練習の時間を譲っていただきたいのですわ」
どちらの練習もそれなりのスペースと相応の準備が必要で、各クラスへの割当時間外で練習しようとするなら事前の予約が必要になる。
ナハトお嬢はその割当時間を寄越せ、と言っているのだ。
「話にならないわ」
もちろん、毎年《箒競争》に全力をぶつけている委員長からしたら論外だろう。
「そもそも、ウチのクラスはスコアに貢献しているもの。《箒競争》なら去年の戦績は学年二位、タイムスコアでもファラフがトップテンに入ってるわ」
「その《箒競争》の学年一位が星組のアイミであることをお忘れ? それに貴方がた、今年も人数不足なのでしょう? 《集団戦》をまともにこなせて?」
ナハトお嬢はなお挑発的に、腕を組みかえる。その拍子に胸もたわむ。ふむ……あの感じ、全く、あれほど下着はつけたほうがいいと言ってるのに…………。
「リ、イ、ン、ちゃ、ん?」
「メア、この会議には私たちの明日がかかってるよ」
じぃぃぃ、と私の顔を覗き込む眼光から顔を背けながら、委員長同士のバチバチを見やる。
「真面目な話、私、メア、ルーズ姫の三人だとジリ貧ではあるよね」
最大参加人数が五人の競技で三人、という時点でマイナススタートであることに加え、メアもルーズ姫も、固有魔法が直接戦闘向きではない上に、タメが必要な大型の《魔弾》をぶっ放すタイプだ。だから近接系の魔法少女に距離を詰められるとなすすべなくやられてしまう。
私? 私は論外だよ。役に立つわけ無いじゃん。
せめて近距離戦に長けたラミアが居てくれれば戦術の立てようもあるんだけど、一番配点が大きい《個人戦》に選手を出さないわけには行かないし……。
《箒競争》からミツネさんを引っ張ってくればもうちょっと戦えるようになるかも知れないけれど……や、さすがにそれだとウチのクラスで一番高い成績が見込める《箒競争》の勝率を大きく下げることになる。
いっそ《集団戦》を捨てて全員《個人戦》に注力するっていう手もなくはないが、うん、その場合、もれなく私が不良債権だな。
とか、頭の中でごちゃっと考えただけでも、やっぱりウチのクラスが『大魔爛祭』で総合点を稼ぐのにはきつい物がある。この問題が解決する方法があるとすれば……。
「そっちだって進級試験で一人落第して総勢九人じゃない」
「あら、それでも人数は足りていてよ?」
見えない火花がバチバチと飛び交う。ナハトお嬢とて嫌な奴、というわけではないが、わざわざこっちのクラスに乗り込んで宣戦布告してくるあたり、今回はどうも本気らしい。
しかし委員長だって譲れといわれて譲るような性格じゃない。このままだと物理的な殴り合いに発展しかねない。
「あー、あのさ、一旦冷静になって…………」
とりあえず場をなだめようと口を開いた私を遮る様に。
「勝ちゃあいいんでしょーが」
つまらなそうな、呆れたような、やる気がないような。
それでいて、バリバリの敵意と気概に満ちた声が、背後から聞こえた。
「《個人戦》には私が出るわ。それで優勝よ、なにか問題ある?」
膝を組み、腕を組み、全てを睥睨しながら、最強の魔法少女……クァトラン・クアートラはそう告げた。
「あぁ、安心しなさい。あんたらの所とぶつかっても――――手加減してやるから」
傲慢な言動、高慢な態度。けれど、クァトランの放つ言葉には、明確な重みがある。
「――――やる気になってくださったのなら、結構ですわ」
その覇気に――さすがのナハトお嬢も、笑顔を崩さないながら、冷や汗を拭ったのが見えた。
ふっふっふ、と含み有りげに笑い、そのままずりずりとすり足で扉まで移動し、
「お互い最善を尽くしましょうでーすーわー! ごめんあそばせっ!」
そう宣言して、ナハトお嬢は素早く教室を出ていった。扉をバシィーンと叩きつけて閉めるのを忘れない。
勢いよく乗り込んできて、勢いよく言い散らかして、勢いよく出ていった後に残された、シーンとした空気。
しばらく誰も口を開かなかったが、やがて委員長が顔を上げて、クァトランを見た。
「本気で言ってるの? クァトラン」
「大見得切った以上、やるしかないでしょ」
ふん、と鼻息を鳴らすクァトラン……いや、待てよ。 クァトランが出る? 《個人戦》に?
中等部からこっち、一度も『大魔爛祭』に出なかったクァトランが?
「おいおいお嬢、いいのかよー?」
『やばくないかナー?』『止められてたはずだニャー』
「お嬢お嬢ー、『大魔爛祭』ってクアートラ王国からも来賓がくるんでしょー?」
「そーね。下手すれば上の姉さまが来るかもね」
大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、あんまり大丈夫じゃない気がする。
クァトランが今まで行事に参加してこなかったのは、法や規則で禁じられている訳では無いにせよ、政治的な問題が大きいはずで、実際、さっきまではそれを嫌っていたはずなのに。
「……もしかして、私たちの為?」
小さな声で問いかけると、クァトランは再びふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「別に、そんな事ないわよ。勘違いしないでよね」
「そんな古典レベルのツンデレ仕草を見せてくれるとは思ってなかったよ」
「何よそれ……仮にも私のクラスが、くだらねー都合で言われ放題だったのが気に食わなかっただけよ。大体あいつら、今年は頑張るって何? 去年まで同じ負け犬だったんでしょーが」
「いや、星組に関してはそうでもない」
憮然としていたラミアが、静かに口を開いた。
「去年の戦績……《集団戦》では中等部全体で三位、《個人戦》にフロム・ヒドゥンを回さなければ優勝もあり得たはずだ」
「フロムかー……」
《魔法の世界》出身の魔法少女は、瞳の下に菱形の文様がある。
この個数が多ければ多いほど強い、というのが定説で、少ないから強くない、というわけではないが、多くて弱い、ということはありえない一種のバロメーターだ。
月組ではクァトラン、クローネ、ニアニャの三人がそれに該当する。
そして月組で唯一、自前で三つの印を有する魔法少女がフロム・ヒドゥンだ。
実際、戦闘力を鑑みるなら―――。
「フロムっちかー。あたしと引き分けてんだよにゃー」
……進学試験前に行われたクラス対抗親善試合では、クローネと正面からぶつかって、引き分けという結果を残している。
あの時のクローネが本気だったかどうかはさておいて、だが。
「そもそもフロムっちの固有魔法って《個人戦》向けじゃなくねー?」
「そう、だから相性の悪い固有魔法持ちの魔法少女とぶつかったこともあって、早い段階で途中敗退してしまった。トーナメントの噛み合わせ次第では、もっと記録を残せたはずだ」
「つまり……?」
「星組が本気で結果を出すつもりなら、今度は《集団戦》にフロム・ヒドゥンをぶつけてくるだろう。代わりの《個人戦》を誰がやるつもりかはわからないが、如月塚やダヴィニア辺りなら結果を残せるはずだ。月組と違って一対一に優れた魔法少女が多いからね」
「思いつきでくっちゃべってるわけじゃねーってことね。ふうん?」
隣のクラス、という一番近しい存在にもほとんど興味のなかったクァトランは、ラミアによる星組の評価を聞いて、僅かに目を細めた。
「だったらいいわ、クローネ、アンタも《集団戦》に出なさい」
「ほえっ?」
「それからニアニャ。アンタは《個人戦》。私とアンタで一位と二位取れれば、総合優勝も狙えるでしょ」
「ふええ?」
自分たちに矛先が向いてくると思ってなかったのだろうクローネとニアニャは、珍しく、揃って驚いた声を上げた。
もちろん、それは他のクラスメートたちも同様で、私は皆を代表して問うた。
「あの、クァトラン。クローネとニアニャは……その、『大魔爛祭』にでても大丈夫なの?」
「さあ?」
クァトランはしれっと言い放ち、にやりと悪どい笑みを浮かべた。
「私にあるのはこいつらの監督責任だけだから。やりすぎなきゃいいのよ」
「…………へへっ、悪い女だなー、お嬢―」
『ひどいナー!』『怒られそうだニャー!』
「けどさー、けどさー、お嬢―。ほんとにいいのー?」
この二人が心配するぐらいなんだから、よほど問題行為なんだろう。
だが、クァトランは平然と言い放つ。
「私が参加する時点でお上に喧嘩売ってんのよ。だったら細かい気を使っても仕方ないわ。で?」
クァトランは、教壇の委員長に目を向けた。
「私とこの二人という駒が加わって、ウチのクラスはどう動くのかしら」
その問いに、マグナリア・ガンメイジはメガネをクイッと上げて――――。
「――――勝ちに行くわよ」
力強く、そう宣言した。
こうして、私たちクロムローム魔法学園高等部一年月組のメンバーは、クラス史上稀に見る熱量で、『大魔爛祭』へと挑むことになったのだ。




