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☆『一回目』『一日目』『朝』☆ その6

 扉を開けた気配もなかったし、音もしなかった……なのにいつの間にか、教壇に当然のように立っている。

 メアのものと同デザインの、大きな丸縁メガネ。薄いピンクの髪の毛をシニヨンヘアにまとめ上げ、ぴちっとしたスーツを着込んでいる。


 私達の担任魔法少女、紛れもなく安倍(あべ)ハルミ先生だ。


「おはようございます、先生」


 マグナリアが代表して挨拶を返すと、ハルミ先生はニコニコしながら満足気に頷いた。


「今日は晴れてよかったわねぇ、絶好の試験日和! それじゃあ試験の日程を説明……」

「あの、先生、ちなみになんですけど、みんな揃ってないです」


 早速ゴリゴリに話を進めようとするので、私は一応挙手してから発言した。


「あらぁ?」


 講堂の時計は集合時刻の九時を確かに回っているが、まだ姿を見せないクラスメイトが、後三人いる。

「んーと、どうしましょうねぇ」

「遅刻者に配慮する必要はありません、話を進めてください」


 ルールの申し子、マグナリア・ガンメイジの情け容赦ない足切り宣言が炸裂した。


「ん~…………」


 しばし考える仕草を見せるハルミ先生だったが、


「まあ~ニアニャちゃんなら“聞いてる”でしょうから~進めちゃいますね~?」


 はん? 何を言われたかわからず、ハルミ先生の視線を追いかける。


『…………』


 本当に、本当にいつの間にか。

 一番右奥の机の上に、一匹の黒猫が身体を丸めて鎮座していた。

 小柄な子猫だが、半分閉じかけたまぶたの向こうにある瞳孔が歯車の形をしていて、ぐるぐると回っている。

 姿を見せないクラスメイトの一人である、ニアニャ・ギーニャの《使い魔(マスコット)》だった。


「いつのまに……」

「最初から居ったよ、寝とったみたいやけど」


 ミツネさんが言うんだから、そうなんだろう……私が気づかなかっただけか。


「はぁい、じゃあ話を進めちゃいますよ~、まずは皆さん、今年度もよく頑張ってくださいました~、座学、実技共に赤点無し! 先生嬉しいわぁ~」


 両手を顔の前で合わせて、嬉しそうなハルミ先生。まあ補習はあったけどね、私とか。


「無事皆で進級試験が行えることを~、嬉しく思います~、まずは、こちらをどうぞ~」


 そう言ってハルミ先生が軽く指をふると、ほとんど赤に近い、濃密な桃色の《魔力光(エーテルライト)》がぶわっと講堂内に広がっていく。


 一度拡散した光は、各人の手元に向かって集まっていき、薄べったく広がっていくと、封蝋で閉じられた一通の封筒に変化して、ぱさっと音を立てて落ちた。


「進級試験には、全体課題と個別課題が用意されています~、全体課題は文字通り、皆で取り組む一つの大きな課題。個別課題は、その全体課題をこなしつつ取り組む、各々に課されたノルマのこと。どちらか片方でも失敗すると、進級は見送りになります~」

「全体課題は、貢献度や、途中の実績とかは関係無しですの?」


 ルーズ姫の質問に、ハルミ先生は頷いた。


「はい~、全体課題の方は、零か百かのどっちかですよ~。皆さんの、チームワークに期待します~」


 無茶言うなよ。

 どれだけ個人の成績が良くても、全体課題を失敗したらその時点で全員が留年確定(ゲームオーバー)

 かなり大味なルールだ……でもさあ。


「問題ないだろう、己が愚者であることを弁えず、皆の足を引っ張るような、愚鈍な者が居ない限りは」

「そうですわね、周りを顧みず、猪突猛進に剣を振るえば何もかもが解決すると思っている野蛮人が居ない限りは」


 この段階ですでに空気最悪だもん、ごらん、ファラフが泣きそうな顔してる。

 個々人の実力、という観点で言えばうちのクラスは頭一つ抜けてるけど、個人主義者の多さ、イコール、チームワークの欠如なわけで……。


「皆さんに配った便箋の中身は、課題のしおりと、それぞれの個別課題になっています~、もう確認していいですよ~」


 ハートとお花がたっぷりあしらわれた、少女趣味の可愛らしい封筒の封を切ると、これまた丁寧に、二枚の便箋が折りたたまれていた。

 どうかまともでわかりやすく、できれば簡単な課題でありますように、と祈りながら、開いた。










----- ----- ----- ----- ----- -----

国立クロムローム魔法学園 中等部三年 

語辺リーン様へ


進級試験のお知らせです。


あなたの魔法を活かしましょう。

あなたの正義を見せましょう。

あなたの覚悟を試しましょう。


皆が嘘をついています。


ハッピーエンドを目指しましょう。


国立クロムローム魔法学園 中等部三年月組担任 安倍ハルミ

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 えー……………………? 何これぇ…………。

 どこからどこまでが課題で何をしたら達成なのか全然わかんない……。


 他の人はどんなモンなんだろう、と思って、ちら、と隣のメアの手元を覗いてみると、文面のある部分にモヤがかかっていて、文章として認識できなかった。魔法で保護されているらしい。


 ただ、手紙からメアの顔に視線を移すと、夕飯にピーマンがでてきた時みたいな顔をしているので、多分私と似たような感じらしい、どうしようこれ。


「個人課題は基本的に相談禁止です~、特別に明記されてない限りは、()()()()()()()内容を他の人に伝えたりしてもいけません~、その時点で落第となりますので~、ご注意くださいね~?」


 ……うん、課題の内容をほかの人が読み取れない時点でそうだと思った。

 少なくとも私の課題には何も書いてあるようには見えないので、助けは求められないということだ……求められてもこれは困りそうだけど。


「だったらせめて条件を明確にしてほしいんですけど……」


 思わず苦言を呈した所、ハルミ先生はんー? と首を傾げて。


「内容を喋ったら、駄目ですからね~?」


 と、再度繰り返した。

 あ、そうですか……この程度の言及でもギリアウト判定ですか……。


「安心してください~、無茶なことは書いてません~、それぞれの力を最大限発揮すれば、必ず達成できる内容になっています~」


 最大限力を発揮するために何をしたらいいのかを知りたいとかそういう段階なんだけど、この物言いだと個別に質問しにいっても答えてはくれなさそうだ。


「さて、それではお待ちかね、全体課題に関してです~」


 教卓の後方上部から、みゅいいいいん、と音を立ててスクリーンが降りてきた。備え付けのプロテクターが投影した映像は……地図だ。


「おさらいしましょう~、ここがクロムローム魔法学園ですね」


 和歌山県の最下端、紀伊大島から南に40km地点にある、小さな島が拡大された。

魔法少女を育成、訓練するための拠点であり、校舎、寮、いくつかの商業施設、《魔法の世界(マギスフィア)》と行き来するための【(ゲート)】が詰め込まれた魔法製人工島(マジカルメガフロート)

 そこから一度ズームアウトして、日本全土が映し出される。

 上は北海道から、下は四国まで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「学園から西、太平洋に向かって400km地点に、《魔界(、、)》が確認されました」


 《魔界》、つまり魔に汚染された世界。


 四十年前、《魔法の世界(マギスフィア)》から《魔王》と呼ばれる存在が、地球にやってきた事が、すべての始まりとされている。


 大雑把な概要だけかいつまむと、長く《魔法の世界(マギスフィア)》の半分を暴力で支配していた《魔王》に対し、《クアートラ王国》を含む全国家、全人類が立ち上がり連合軍を結成、種の生存を賭けた世界規模の大戦争が生じた。


 多大な犠牲の末に、ついに《魔王》を追い詰めた連合軍だったが、《魔王》は奥の手として、《魔法の世界(マギスフィア)》ではない、異世界を利用することを考えた。勿論、この異世界とは地球のことだ。


 なにせ地球には《魔法の世界(マギスフィア)》においてあらゆる魔法技術の根幹となる《魔力(エーテル)》という資源(、、)が、溢れかえっていたからだ。


 私達地球人類は、この日を迎えるまで、フィクションの中では存在していた《魔力(エーテル)》という万能()()が、現実の世界にも満ち溢れていることを認識していなかった。


 当時の日本は魔法への対抗手段がなく、日本中の霊脈地帯――空間に満ちる《魔力(エーテル)》が一際濃い土地を次々と奪われ、魔物を生み出す土壌、《魔王》の支配域、即ち《魔界》へと変えられてしまった。


 最初に《魔王》が降り立った北海道網走市を始めとして、都合八箇所、通称《日本八大魔界》と呼ばれている土地は、日本……いや、世界が取り戻さなければならない、最重要タスクなのだ。

 四年前、都内の一都市が新たに《魔界》にされてしまった事は、今でも記憶に新しい。


 この《魔王》の侵略に対抗すべく、日本政府と《魔法の世界(マギスフィア)》が協力し作り上げたシステムこそが、魔法学園。


 《魔王》と、《魔王》が作り出した《魔界》から生まれる恐るべき魔物と戦うために、()()()()()()()魔法を学んでいる少女達――即ち、()()()()である。

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