《箒競争》代表選手選抜レース
今回は夏コミ体験版になります。
第二部「大魔爛祭編」の本投稿は冬コミ前(12月~)を予定しています。
☆ クロムローム魔法学園 語辺リーン
魔法少女は《箒》に乗って空を飛ぶ。
比喩表現ではなく、《魔力》を取り込むことで、浮遊し、推進力を得る道具のことだ。
《地球》と《魔法の世界》は異なる文化を歩んできた世界だけれど、不思議と掃き掃除に使う道具の形状も、『跨って空を飛ぶ物』という認識も同じだった。
違いは《地球》では空想の産物で、《魔法の世界》では実用的な技術だった、という点だ。
「あーっ、もう、遅いっ!」
細長い《箒》に跨った状態で、スフィアから絞り出した《魔力》を注ぎ込む。
私の透明な《魔力光》が《箒》の穂先から吹き出して、速度を上げる。
法的な括りでは東京都に属しているけれど、その実、クロムローム魔法学園は僻地の孤島に存在しているので、五月初めでも日差しは眩しく、暑い。
どこまでも広がる海が大きな鏡面となって、照り返す日光で上からも下からも照らされて――そんな生ぬるい空気を切り裂いて、魔法少女は空を飛ぶ。
私の使っている《箒》は学園の支給品、一般的な形状のもので、長さは一メートル半。
特別なカスタムもしてないから最高速度も加速力も平凡、その分、安定感はあるのだけど……小細工の出来ない実力勝負だと、自分が如何に魔法少女として貧弱かを思い知らされる。
「リーンちゃん、大丈夫?」
同じタイプの《箒》に乗って、横に寄ってきたのはメアだった。
いつものナイトドレス風のコスチュームではなく、動きやすい体育着を着ているので、頭の角がなんともアンマッチな感じ。
「なんだよ! 私にかまってる暇があるのか、メア!」
「周回遅れのリーンちゃんの様子を見に来るぐらいは余裕あるけど……」
「なんだなんだ! 同情してるつもりか! 畜生! 馬鹿にしやがって!」
「すごいやさぐれてる……」
「感じは掴めてきたんだ、こう……ぐっとしてぎゅっと行けば良いんだろ!?」
「感覚的だね……」
「じゃあメアはどうやってるんだよ!」
「えー? こう…………がっとやってぼんってやって、びゅーんって」
「何の参考にもならないっ!」
こうやって会話している間にも、当然結構な速度で飛行しているわけで、落ちないようにバランスを取るのも一苦労だ。
前面には薄く《魔力》の防壁を張って空気抵抗から身を守らねば、そもそも目を開けていられない。その辺りの魔力操作も並行してやらなきゃいけないのが《箒競争》の難しい所だ。
魔法少女が行う魔力操作は、現状、九つの項目に分けられる。
『出力』……《魔力》を一度にどれだけ体外に放てるか。
『容量』…… スフィアにどれだけ《魔力》を蓄えられるか。
『生成』…… スフィアが生産できる《魔力》の量。
『付与』……自分の《魔力》を体外の物体に纏わせる技術。
『変質』……《魔力》を炎や氷、雷といった別の物に変化させる技術。
『圧縮』……空間あたりの《魔力》をどれだけ高密度にできるか。
『拡散』……体外に放った自分の《魔力》を維持する技術。
『吸収』……周囲の環境魔力をどれだけ効率よく吸収できるか。
『希釈』……自分の《魔力》の色を薄める技術。
得意不得意は個々人が持つスフィアの性質に依存するのだけど…………。
《箒競争》では自分の《魔力》を《箒》に流し込む『付与』、流し込んだ《魔力》を穂先に蓄積する『圧縮』、それを解き放って推進力に変える『出力』の三つの能力を要求される。
私の無色透明な《魔力》は物体に流し込む際に抵抗が少なく、『付与』自体は得意で小回りが利くのだけど、肝心の『圧縮』と『出力』が平均値以下なので、加速力も最高速度も周囲に大きく劣る……障害物競走ならまだしも、シンプルに速度を競う競技では大きなハンデだ。
「それじゃ、先行くねっ」
そして一緒に並走してくれる、なんて甘い展開はなく、メアは出力を上げた。
穂先から私とは比較にならない量の《魔力光》が吹き出し、ココアブラウンの尾を引きながら、あっという間に上へ上へと上昇していく。しまった、ここから縦コースか。
メアは『圧縮』と『出力』に優れた魔法少女なので、戦闘時は大玉の《魔弾》をぶっ放すし、《箒》では短期的な急加速が出来る。私と比べたら徒歩と自転車くらいの差だろうか。
「……そんなメアでもウチのクラスじゃ下位なんだよなぁ」
結果が見えていても、めげない、しょげない、だって私が諦めない……ということで、《箒》の先端を上へ向け、垂直に急上昇していく。縦移動は重力に逆らう動きだから、より高い『出力』が求められる。
スフィアから《魔力》を絞り出して《箒》に注ぎ込み、浮遊力を維持して、落下しないよう上へ、上へ。
数十秒進むと、コースを示す為に設置された、空中に浮かぶ大きな光輪が見えた。あれを順番にくぐらないと最終的なタイムにペナルティが入るので、ちゃんと通過しなくては。
「…………ん?」
軌道を逸らさないように手に力を込めていたら、ボン、バンッ、となんだか物騒な音が聞こえてきた。
「視界を遮るのをやめていただけませんか、迷惑です」
「貴様こそ、品のない《箒》でよく参加しようと思ったものだな」
「ジュリィ家には鏡の一つもないのですか? ああ、申し訳ありません、自己認識を改めるなどという自制を貴女に求めたのは間違いでしたね」
ラミアとルーズ姫だ。一定の距離を取って追い抜いたり追い抜かされたりをしながら、時に《魔弾》を撃ったり剣を振ったりで、互いに牽制し合っている。
ちなみに、《魔力》を浮遊力と加速力に変換できる機構があれば定義上は《箒》と呼ばれる……つまり形状は私が跨っているようなシンプルな箒型じゃなくてもよくて、ルーズ姫はなんて言ったら良いのかな、お姫様が座るような豪華ででっかい一人用のソファみたいな形状の《箒》、ラミアに至ってはミスリル鋼で出来た機械仕掛けの馬みたいな形をしている。
こと《魔法の世界》の貴族は権威を示す為にコストを費やして《箒》を豪華にしがちだ。
「…………お先にー」
……実際の所、速度を出すという点においては空気抵抗や被弾面積を考慮すると細長い棒状の物にしがみついているのが一番理にかなっているらしく、それ以外の形はあまり実用的ではないらしい。
まあこの二人は《箒競争》の代表を狙ってるわけじゃないだろうから、口実を付けていちゃつきたいんだろう。
脇をすり抜けてリングをくぐる。二人を置き去りにして先へ。
空気がかなり薄くなる所まで上昇すると、やっと横方向へ誘導するリングが見えた。
縦移動より横移動の方がそれは楽なのだけど……。
「面倒なコースだなぁ……!」
狭い範囲に配置されたリングを全部通ろうとすると、細かなカーブに縦横の移動が組み合わさった、複雑な挙動をしながら進む必要がある。ここからは速度もさることながら、正確性が要求される。
まっすぐ進んだと思ったら直角に、続いて角度をつけて下方向、と思ったら急上昇、左右への小刻みな移動を挟んで、今度はUターン。
一個一個の挙動を丁寧に……《箒》での小回りに関しては前述の通り得意ではあるのだけど、それは気軽にこなせるという意味じゃないし、速度は当然犠牲になるし……。
「すいません、横通ります!」
「うわっ」
そんな私の隣を、ギュンと追い抜いて行く影があった。
アラビアンな絨毯型の《箒》に、四つん這いになって座るファラフだ。片手に大きな本を持ちながら、水色の《魔力光》を走らせて、速度を落とさないまま――――。
「いくよ、ジーン!」
『ホッホッホ!』
直角軌道、からの左右反復横跳び、次いで直滑降、からの急上昇。
そこから更に三度の連続急カーブ――というルートを、私の最高速度以上の速さで、リングの潜り逃がし一つなく駆けていく。当然だけど私の後ろから来たってことは、周回遅れにされているということだ。
速度とコントロールというのは基本的に反比例するものだけど……もう影すら見えなくなってしまった。
せめてもう一周差をつけられないようにせねば……と《箒》を前に進めると。
「よっ、ほっ、はっ」
カーブの度に一度止まって、方向転換する……という挙動をしているミツネさんがいた。
なんちゃって狐耳巫女のミツネさんの《箒》は、和風な竹箒型で、しかも跨るのではなく、こう、横を向いてお尻を乗せるスタイルだから、余計に安定していない。
ぐらぐら体を揺らしながら進むミツネさんの隣に並ぶと、私に気付いて、お、と顔を上げた。
「リーンやん、頑張っとる?」
「まあぼちぼち。ミツネさんは?」
「見ての通りや、最初はぶっちぎっとったのに、ここで足止め」
ミツネさんはどちらかと言うと『出力』に長ける魔法少女だが、何かに《魔力》を付与するのがとんでもなく苦手だ。直線距離を速度で競うならクラスでも上位だが、曲がったり下ったりはいちいち足を止めているようだった。
「しかし張り切っとるなぁ、ファラフは」
「代表戦に出たいんでしょ? 去年はアイミに負けちゃったし」
去年の《箒競争》、私たち月組が参加した第四レースは、最終的に隣のクラスの魔法少女、アイミとファラフの一騎打ちとなって、わずかの所で競り負けてしまったのだった。
「新技も引っ提げてきたし、今年のファラフは一味違うよって。ウチは頑張ってサポートするだけやね」
一足先に《箒競争》の代表に決まっているミツネさんは、まぁのんきなものだった。
「ええい、先いくよミツネさん!」
「はいな、頑張りや~」
緩やかに下降しながらも、ぐねぐねとカーブが続くコースを駆け抜けて……よし、地上が見えてきた。
「ゴールリング……!」
ひときわ大きく、金色に輝くリングをくぐり抜けて、そのまま大地に着地。
慣性にしばらく引っ張られて、地面を軽く走って減速、停止と同時に《箒》をぶん投げて、そのまま大の字になって倒れ込んだ。マントが汚れちゃうけど知ったことか。
「もー限界、もーいい、もー疲れた」
代表は三周のタイムで競うルールだけど、ノルマのコース一周は果たした、私はよく頑張った。
《箒競争》は常に《魔力》を吐き出し続ける長距離走、かつ速度を競う短距離走の二つの性質を持っている。加速・減速・軌道変更といった要素はもちろん、《箒》に跨っているだけでも常に《魔力》を垂れ流すことになるわけで。
重力に逆らい空を飛ぶ……と言うのは、ただそれだけで大変なのだ。
私のスフィアは溜め込める《魔力》の量はすごいのだが、肝心の生成量は並である。
一周五〇キロメートルのコースを走りきれたのだって快挙なのだ、快挙。
「いえーい、おつおつ~!」
『頑張ったニャー』
『褒めてやるかナー』
ぴょこ、ぴょこ、と弾む足取りで近寄ってきたクラスメート……クローネが、ぶっ倒れた私を見下ろしながら、ニヤニヤと笑った。
「さんきゅー…………出来たら冷たい水をください……」
「あいよー! ニアニャー! スポドリ一丁~」
「はいはーい! リンリン、よく頑張ったねー」
クーラーボックスから冷えたドリンクを取り出して、ニアニャが駆け寄ってきた。
「今年はちゃんと一周できてえらーい!」
「ありがと、自分でもよくやったと思う……!」
去年までは途中で海ぽちゃしてたからね。
我がクラスの暴力装置の代表みたいな二人は、そもそも選抜戦に参加しておらず、本日はこうしてサポートを務めてくれている。受け取ったボトルに口をつけると、冷たい液体が喉を駆け抜けて、ようやく体の熱が、少しだけ冷めていく感じ。
「はぁー……順位は今どんな感じ?」
一息ついて、空を見上げる……なにせコースの長さが五〇キロということは、ここから見上げていても全体順位なんてわからないわけで。
「んー、ダントツトップは委員長かにゃー。それをファラフが追っかけてーって感じ」
「下馬評は変わんない感じかー」
「メアメアも頑張ってたけどねー。やっぱりあの二人は速いよー」
そうこう言っているうちに、キュイイイイイイイイイイイイン、という空気を裂く音……を通り越してなんかぶちまけているような轟音が、遥か彼方から聞こえ始めた。
「噂をすれば、きたきたー」
ニアニャがぶんぶんと手を振る先に、一つの光点が見える。それはぐんぐんとこちらに向かって近づいてきて――――――。
「うわっ」
轟音が真上を通り過ぎると共に、暴風が渦巻いた。
自慢のウィッチハットが飛ばないように抑え込みながら、発生源に視線を向ける。
とんでもねえ速度でゴールリングを通過した《箒》の搭乗者……委員長、マグナリア・ガンメイジは、先程の荒々しい運転とは裏腹に、ふわりと柔らかな軌道で降りてきた。
プシュウ、と音を立てて外殻を固定するボルトが外れ、扉が開いた。
少女一人が体を横にすれば、かろうじて中に入れそうなサイズの小型ポット、とでも言うべきだろうか。
空気抵抗を軽減する為にライフル弾のような形状をした軽金属製の外殻、《魔力》による推進力をより効率よくする為に後部に配置されたどでかいブースター。
…………《魔力》を浮遊力と加速力に変換できる機構があれば、定義上は《箒》と呼ぶことができる。ラミアやルーズ姫のように実家の権威の為に見た目を優先している場合もあるけれど、それ以上に飛ぶことに命を燃やす《箒競争》ガチ勢は特化したカスタム機を有している、らしい。
決して安い買い物じゃない……私の感覚でいうと自動車を一台買うようなものなので、学生の身分では本来手の届かない価格であるということだけ添えておこう。
「――――少し遅いわね、タイムが落ちた」
《箒》の外に出てきた委員長は、でっけぇ遮光ゴーグルを外しながら呟いた。私の三倍の速度で周回を終えてゴールしているはずだが、どうにもお気に召さないらしい。
「でもダントツ一位だよ~、さすがさすが~!」
「当然よ、これだけは譲れないわ」
駆け寄るニアニャからスポドリを受けとる委員長、なんというか様になっている。
流れる汗を袖で拭い、きらきらと日差しを浴びながらいい顔をしていらっしゃる。
それから少し遅れてファラフ、かなり間を置いてメア、更に少ししてからミツネさん、一定の距離を取りながらラミアとルーズ姫がほぼ同時……と、私と違って三周のノルマをきっちり終えた面々が戻ってきた。
「あーっ! また勝てなかったぁーっ!」
「本番は妨害ありだからね。期待してるわよ、ファラフ」
普段の控えめな印象はどこへやら、悔しさを隠さないファラフに、期待してるとは口にしつつも、ふふん、と得意げに腕を組む委員長。
選抜レースとは言うけれど、ウチの《箒競争》のツートップがこの二人であることは皆わかっていて、要するにこれは授業の一環がてら行われる、恒例行事みたいなものなのだ。
「で、三枠目はウチでええの?」
ふわふわと竹箒にまたがったまま、ミツネさんが委員長に尋ねた。
「ええ、戦力比を考えてもこれがベターでしょう。新戦力は期待外れだったし」
ちら、と委員長が視線を向けた先。
私たちが先ほどまでその上を駆けていた、どこまでも青く広がる大きな大きな海。
……の、海面が、ゴボゴボと泡立ち始めた。
海底が沸騰してるのか? といわんばかりに、泡はどんどん大きくなっていって……やがて黒い影がざば、と顔を出した。
「ああああああああああああああああああああ!」
そしてそのまま上空にすげぇ勢いで真っ直ぐ吹っ飛んでいった。
今のは何か? 海坊主か? 新手の魔物か?
否、空中に残る黒い《魔力光》の軌跡を目で追えばわかる。
我らが最強の魔法少女、クァトラン・クアートラである。
「「ぎゃははははははははははははは!」」
『飛んでったニャー!』『受けるナー!』
クローネとニアニャは大爆笑、私は命が惜しいのでこらえてるけど、おお、自分の出力に振り回されて右に左に飛び回るクァトランがまるでロケット花火か何かのようだ。
しばらく空中を無軌道に飛び回っていたけれど、やがてボンッ、と景気のいい音がして、再度ドボンと海に落ちた。
「…………………………」
ゲラゲラと笑う従者二人以外が沈黙していると、突然、海面から数mの位置に、直径五mくらいの、黒いリングが発生した。《魔力》で編まれたものだ。
そのリングからビュン、と海中に向かって帯状になった《魔力》が何本か伸びる。
何だあれ、いや、クァトランが作ったんだろうけど……。
疑問をいだいた数秒後、ばしゃんと景気の良い音を立てて、全身ずぶ濡れになったクァトランが勢いよく飛び出してきた。
べちゃ、と音を立てて着地。豪奢なドレスや髪の毛の先端から、ぼたぼたと海水が滴り落ちて、地面を濡らしていく。
手には学園支給の《箒》が握られていたが……まぁ穂先の部分が完全に弾け飛んでいるし、全体に罅が入っているしで完全に壊れていた。直すより買い直したほうが早い、のサンプルみたいな感じだ。
なるほど、《魔力》をゴムみたいに伸縮させて、体を引っ張って浮上したみたいだ。
凄く器用な真似をするなあ……。
「「ぎゃはははははははははははははぎゃああああああああああああああ!」」
沈黙を守り続けていた他のクラスメートたちと違い、遠慮なく笑い続けていたクローネとニアニャは、クァトランがノータイムでぶっ放した《魔弾》で吹っ飛んで、結構遠くの方の海にぼちゃんぼちゃんと落ちていった。うーん生きてるかなあれ。
「最下位はクァトラン、記録無しと。……あなた、苦手な科目あったのね」
儚い命を散らした記録係の二人に代わって、委員長は淡々とスコアを記載していく。
「……………………」
クァトランはそれでも無言だったが、手にした《箒》はただでさえ半壊している状態でミシミシと圧力を加えられたものだから、ベキ、と音を立ててへし折れてしまった。
……一応ベースは金属フレームのハズなんだけどな……。
誰も何もいわないと空気が悪くなってしまうので、ここは一つねぎらいの言葉でもかけておこうかな。
「ま、まぁ…………お、お疲れ?」
それが引き金になったのか、クァトランはビシャンと壊れた《箒》を放り捨てて、ぺたんと座り込んで、天を仰いで、大声で叫んだ。
「こ、このポンコツが悪いのよーーーーーーーーー―――――――っ!」
聖クロムローム魔法学園、高等部一年月組、語辺リーン。
『大魔爛祭』の目玉種目の一つ、《箒競争》のクラス代表決定戦の成績は、下から二番目だった。




