☆『九回目』『二日目』『朝』☆ その1
クァトランが死んでいる。
右腕だけを残して、ベッドにはおびただしい量の血がぶちまけられていて。
残りの身体が無事であることを期待できるなら、あまりに楽観が過ぎるというものだ。
九時を回っても食堂に降りてこないクァトランの様子を見に、ニアニャがくーちゃんを派遣し、その惨状を発見した。
エントランスに九人が集まり……うん、ありがとうメア。ちゃんとファラフを守ってくれて。そして寝坊せずに起きてきてくれて……。
メア曰く『物凄いことしてた』らしく、二人が帰るのを見送るまで隠れて眺めていたらしい。
今までの周回と大きく異なる点……迷宮の崩落が起こらず、前晩でファラフが行方不明にならず、皆で楽しく遊んで、というルートを歩んできた魔法少女達の間には、動機や遺恨が存在しない。
生きた心地がしないのは、ミツネさんとファラフだろうけれど、本来は知らぬ存ぜぬを貫き通して、事なきを得ようとする立場のはずだから、やっぱり余計なことは言わない。
「…………ニアニャ」
だから警戒や疑心暗鬼よりも、混乱と困惑が先に立つ――――何をしてよいか、何を行ってよいのか、誰もわからず、方針を示せないこの状況であれば。
「クァトランの暗殺を指示したのは、何番目の王女様なの?」
――――こっちが先手を取れる。
ぽかんとした顔をされるのも、もう慣れたものだ。
いや、事情を知っているメアは気を引き締めた顔で、ミツネさんとファラフは驚愕の表情を浮かべていたけれど。
「――――――――」
返事の代わりに、ぐるぐるとニアニャの瞳の歯車が回転し始める。
「ちょっと、どういう事?」
委員長が私の肩を掴んで、瞳を覗き込んでくる。
下手すれば殴られかねない状況だけど、私はこれ以上ないほど、平常心だった。
動揺は見て取れないはずだ。でも、呼吸と脈拍は、ちょっと怪しいかな?
「………………?」
怪訝そうに眉をしかめ、それから何かに気づいたようにはっとなり、委員長は私の右手を取って、叫んだ。
「何、これ……あなた、どうしたの!? 何があったの!」
委員長の方が動揺していた……石頭の彼女にしては、本当に珍しい、貴重な光景だ。
「ちょっと、夜更かしとか」
私の右手の甲、魔法少女の存在根幹。
透明な《秘輝石》には、無数の亀裂が走っていた。
だからすごく体調が悪いし、身体もダルいし、鼓動も狂っている。
何より、この状態で下手な魔法を使ったら、私の《秘輝石》は砕け散る。
もう――――この場で時間を遡ることはできない。
だからこれが、最後の一回だと自覚して――――私は、その名を呼んだ。
「……でてきなよ、悪魔」
本来、クァトランの暗殺が恙無く行われ、そしてラミアとルーズ姫という『見られたら殺す』とかいう倫理観のブチきれたイレギュラーが居なかった場合。
クァトランの死因はわからず仕舞いのまま学園へ戻り、証拠らしい証拠は裏で隠滅され、ニアニャとクローネは自由を得る。
ミツネさん達の安全が保証されるかどうかまではわからないけれど……悪魔からすれば、そういう筋書きだったはずだ。
そう、本来、悪魔は表に出てくるつもりなんて、なかったはずなのだ。
私がニアニャを名指しで晒し上げ、得られるはずだった自由を侵害しなければ。
悪魔が本性を曝け出し、魔法少女達を全滅させたのは、それが悪魔が自由を得るために必要だったから。
だから、時間逆行を疑われている私が、悪魔の存在を暴き立てれば――――。
『――――君のことが理解ができないなあ』
黒猫の口が開いて、悪魔の中身が飛び出した。
「皆、こっちっ!」
既に悪魔の出現を知っていたメアが、《魔力》を固めて《防壁》を貼ると同時。
悪魔が出現した衝撃で、天井が吹き飛び、屋根が砕け散り――瓦礫の雨が降り注いだ。
『私の存在を知っているならば、黙っていればよかったのではないだろうか? なぜニアニャの邪魔をする必要があった? 私のことを指摘しなければ、私はなにもしなかったのに』
「だろうね」
誰もが言葉を失う中、私は悪魔を正面から睨みつける。
「けどさ、私が目指してるのは、そんな安っぽい終わり方じゃないんだ」
だから悪魔の存在は見過ごせない。好き勝手なんて、させてたまるか。
「誰も死なない」
「何も失わない」
「皆が課題をクリアして、進級して」
「笑顔で学園に帰るんだよ」
「――――そんな結末以外、私はいらない」
『君の言っていることはとても不思議だ。理解ができない』
頭部にニアニャを収めた悪魔は、無造作に腕を振り上げた。
莫大な《魔力光》が黒い束となって、凝縮し――――
『王女は死んだ。君たちも死ぬ。そんな結末はどこにもないと、私は思うのだが』
――――黒い太陽かと見まごうような、巨大な《魔弾》が形成された。
私達全員を飲み込んでなお余りある――死そのもの。
「え、っと、リーンちゃん」
瓦礫から身を守る《防壁》を作り続けていたメアは、恐る恐る振り向いて。
「あれは――――ちょっと、無理かも」
泣きそうな顔で、そういった。
前回は適当に腕を振り回していたけれど、あれは本当に、雑に虫を潰すような作業をしていただけで――――悪魔が《魔力》をちゃんと運用すれば、こんな事もできるのか。
『ではさようなら、魔法少女達』
ず、と途中にある空気すらも消滅させながら、黒球が降ってきて――――。
「――――ちょっと聞きたいんだけど」
――――魔力塊が爆散した余波で、暴風が荒れ狂う。
空気が弾け、木々がなぎ倒され、屋敷だった瓦礫の残骸が宙を舞って吹き飛んでいく。
「きゃあああああああああああっ!」
誰かの悲鳴があがる、私も……吹き飛ばないようにするのに精一杯。
だけど、他の場所より明らかに被害が少ないのは――――――。
「どこの、誰が、死んだって?」
悪魔と私達の間に立つ魔法少女が、自身の《魔力》で以て《防壁》を作り出したからに他ならない。
「随分、態度と身体が大きくなったみたいじゃない」
彼女には、右肩から先がなかった。
けれど、ピンとそびえ立つ四つの角は健在で。
揺るぎなく、穢れなく、間違いなく、そこに居た。
「……遅いよ、死ぬかと思った」
「命拾いしたわね。ざまあないわ」
私の抗議を鼻で笑い飛ばして。
最強の魔法少女、クァトラン・クアートラは、悪魔に向かって告げた。
「で、アンタ――――覚悟はできてるんでしょうね」
クァトランの額の《秘輝石》から、純黒の《魔力光》が解き放たれた。




