☆『八回目』『二日目』『朝』☆ その3
正直、委員長やその他の誰かが、いつブチきれてもおかしくなかったけれど、それでもなんとか、強引に、話をここまで持ってこれた。
ミツネさんもファラフも、強い覚悟と決意を持って、決定的に自分の意志で実行したわけじゃない。選択を強制されて、守りたい方を選んだだけだ。
ツッコミどころが多々あって、冷静に捌かれたら狂人の妄言になる所を、本来知り得ぬ事実を列挙して混乱を誘う事で、無理やり理屈をこじつけて――証拠や根拠が足りなければ、自白してもらえばいいのだ。
ニアニャを舞台に引きずり下ろし、少しでも情報を得る為に。
「――――――――」
ぐるぐると瞳孔の歯車を回転させながら、ニアニャはかくん、と首を傾げ。
まるで糸が切れた人形のように、立ち尽くして、ぴくりとも動かない。
「…………あの、ニアニャ?」
どうしよう、ここで止まられて、皆に冷静になられると、色々と粗探しされる可能性があるので、できればなにか言ってもらいたい…………。
「ぞる」
とてとてと、くーちゃんがニアニャの前にやってきた。
ニアニャと同じ周期で、瞳の歯車をぐるぐると回し。
「ぞるぞぞるぞるぞるぞぞるぞるぞるぞるぞぞろるぞるぞる」
言語なのか雑音なのかわからない、独特の音を放ちながら、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる――――。
「――――『ああ、申し訳ないね』」
不意にニアニャの口から発せられたのは、今まで聞いたことのない、低く濁った、男の声だった。
いや、もしくーちゃんの放つ音を、言葉に変換する事ができたら、こんな声になる、か?
『はじめまして、魔法少女諸君』
ぎこちない動作で一礼したそれは、動揺する私達を尻目に、続けてこう言った。
『私は君たちが《悪魔》と呼ぶ存在であり、ニアニャの主だよ』
☆
悪魔。
それは《魔法の世界》における資源の名前であり、魔法少女の力の源でもある。
魔法少女は《秘輝石》を介して、『孔』と呼ばれる悪魔が封印された世界へと接続し、その中に住まう悪魔の存在を取り込んで契約を成し、自らの固有魔法を得る。
自身の素養と、悪魔の性質。この二つが合わさって、魔法少女の唯一無二の個性が生まれるのだ。
ただ、悪魔はあくまで(冗談ではなく)間接的に触れて影響を受けるものであって、実体が伴う存在ではない。彼らが住まう世界と、私達が住まう世界は、根本的にルールが違うから、悪魔は魔法少女の世界で、魔法少女は悪魔の世界で存在することはできない。
悪魔は例外なく、頭部に一本から三本までの角を持ち、基本的に本数が多いほど、強い力を有しているという。
……っていうのが、私が知っている、授業で習った悪魔という存在の知識だ。
本物を見たことがないし、そもそも『孔』の外に出てくるなんて聞いたことがないし。
……この期に及んでこんな奴がでてくるとは思わないじゃん、だって。
『見事な推理だった。おみそれしたよ。ただ、付け加えるなら、私の固有魔法は、他者を害するような約束を交わすことはできないんだ。これは能力としての制限でもある。こちらからのメリットを提示することで、破った際のペナルティを重くする事は可能だが』
機嫌が良いのか、どうなのか、聞いても居ないことを、ぺらぺらと語りだす悪魔は、実に楽しそうに見えた。
『ミツネと交わした約束は「クァトランの髪を解くこと」だ。得られる結果は変わらないけれど、こういう抜け穴が、私の魔法の使い方であるということを、どうか理解してほしい』
「おい」
最初に動いたのは、クローネだった。
「んなどーでもいいことは聞いてねーんだよ」
マペットを掲げ、腰を揺らすと、スカートの中からボトボトと、幾つもぬいぐるみが落ちてくる。
「テメー誰だよ、ニアニャをどうした」
殺意と敵意を隠そうとせず、全身から黒い《魔力光》が溢れ出す。
『ふむ』
ぐるぐるぐるぐる。
悪魔を名乗った存在は、しばし考える仕草を見せた後。
『勘違いしているようだから説明するけれど、私こそが本体であり、ニアニャは君たちが言う所の《使い魔》に相当する存在なんだ、クローネ・クローネ』
ゆったりと構えた口調は、とても敵対者と相対しているとは思えないほど、優雅でのんびりとしている。
「あぁ!?」
『そして、勘違いしてほしくはないのだ。私はニアニャを愛している。自由を与えてあげたかった。だからあの暴君を始末することに全力を尽くし、結果、それが叶った。私の約束は、他者を利用した策略であってもニアニャの手による殺人を達成したと、そう解釈している』
悪魔は、にたりと微笑んで、クローネにその手を差し出した。
『ニアニャと仲良く日々を過ごしてくれた君にも、私は感謝をしている。君も自由だ、クローネ・クローネ。おめでとう』
「――――っざけんなテメェ!」
わ、っと一斉に、ぬいぐるみたちがニアニャの足元に居る、猫のくーちゃんに群がった。
加減など微塵も介在しない、躊躇なき全力の攻撃。凶暴な攻撃力を秘めたぬいぐるみ達の一斉攻撃。
それらが体に触れる、その瞬間。
ぞる、とくーちゃんの口が開いて。
『君の挙動の意味がわからない。君は救われたはずなのに』
内側から、何かが這い出てきた。
それは屋敷よりも遥かに大きかったので、容易に天井を破壊した。
「リーンちゃんっ!」
メアの悲鳴が聞こえたけれど、多分、その場に居た皆は平等に吹き飛ばされた。
地面を二度、三度と転がって、咳き込む間もなく顔を上げ、私はそれを見上げた。
……真っ黒な《魔力光》で形作られた、全長十mを超える、四つん這いの、人型の何か、に、私には、見えた。
頭部に当たる部分に、ニアニャの身体がぷかりと浮かんでいて、そこから、三本の大きな角が生えている。
「…………嘘、でしょ」
それはきょろきょろと何かを探すように首を動かし、やがて腕を緩慢に動かして、太い指先の先端で、器用に小さな者をつまみ上げた。
「――ルーズ姫!?」
遠目だけれど、それは確かにルーズ姫だった。片腕を掴まれて宙ぶらりんになった状態で、《魔弾》を作り出し、悪魔に向けて解き放つ。
ボン、ボンと大玉が炸裂するも、まるで霧の中をゆくように、全くの無傷で。
ぐにゃりと頭部の一部に孔が形成され、菓子でも摘むように、軽くヒョイと放り入れて。
グチャグチャバキバキゴリゴリグキ、と。
噛んで、砕いて、潰して、飲み込む音が、聞こえた。
「きぃ――――さまぁああああああああああああああああああ!」
ダン、と大地そのものを揺るがす力強さでもって、離れた場所にいたラミアが、剣を構えて跳躍した。
悪魔がそちらを見る前に、空を《魔力》で形成した足場でもって飛び跳ねて、太い腕目掛けて剣を振るい――――両断。
「通じた!?」
ずずず、と僅かに重力に逆らいながらも落下を始める腕の断面から、ずるりずるりと黒い光の束が伸びた。
「――――っ、止め、あっ」
それはあっという間に奔流となって、ラミアを飲み込んでしまった。本体側の断面からも《魔力光》が伸びて、彼女が与えた傷だったものは、あっという間にくっついた。
『本当はこんなこと、したくはなかったのだ。ニアニャは君たちを好いていたし』
呆然と立ち尽くすファラフを、悪魔は振り上げた腕を叩きつけて大地の染みに変えた。
『私も君たちのことを、決して嫌いではなかったのに』
その惨劇を見て吼え叫び、突撃したミツネさんを、悪魔は指で軽く弾いた。
上半身が吹き飛んで、バラバラになって飛んでいった。
『ああ、悲しい。とても悲しい――――私はただ、自由になれさえすればよかったのに』
先ほどから、悪魔の足元で拳を振るい続けていた委員長を、両手ですくい上げると、空中にぽいと放り投げて、落下する最中の身体を、両手でバチンと潰した。
「――――――――」
どうしろってんだ、こんなモン。
何が出来るんだ、これ相手に。
「リーンちゃん、危な――――」
「…………あ」
気づいたときには、眼前に悪魔の手のひらが迫っていた。
今までに感じたことのない衝撃が身体を貫いて、自分の体が空中を舞う感覚。
どしゃ、と高所から落下しても、まだ生きているのは、頑丈な魔法少女の身体と、たまたま落ちた場所が、例の砂浜だったから、程度の理由しかない。
…………これは、無理だ。どうにもならない、どうにもできない。
最弱の魔法少女の、手に負える問題じゃない。
メアはどこに飛ばされたんだろう、姿が見えない。無事かどうかもわからない。
『おや、しまったな。どこへ行ったかな……そこかな』
ぎょろりぎょろりと首を動かし、私の居場所を探る悪魔。
瞳らしい器官がないし、知覚は《魔力》頼りなのか……?
『ああ、いたいた。君は本当に目立たないね。君と話がしたかったんだ、語辺リーン』
けれど、滲む絶望を加速させるように、悪魔は緩慢な、だけど大きな足取りで、確実にこちらへと向かってきた。
悪魔は、大きな頭を、ずいと寄せて、
『一つ確認したいのだけれど』
囁くように、告げた。
『君は、時間を遡っているのではないかな?』
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