☆『八回目』『二日目』『朝』☆ その1
私がこれから行うのは、結局最後まで証拠が集まらなかったから、推定五割、嘘四割、後一割は難癖をスパイスに添えた運任せ、という、委員長を笑うことが出来ない、行き先不明の大暴投、速度制限無しの暴走特急で突き進むしかないってことだ。
それでも、止まるわけには行かない。魔法少女は、止まれない。
☆
クァトランが死んでいた。
部屋中に内臓という内臓をぶちまけて、その分、腹部には血と黒の空洞が広がっていた。
表情はわからない、顔面の前半分が砕け散っているからだ。片方だけ残った眼球がこぼれ落ちて、虚空を見ている……いや、もう何も映ってないのか。
それを収める口腔がないので、舌はデロリと力なく曲がり、最強の魔法少女の象徴であった四本の角の内、髪の毛を結い上げていた一本が、無惨に解けていた。
私にとって、慣れたくはないが、何度も見た光景であるけれど、他の皆にとっては等しく初見の惨劇で、言葉を失うには十分だった。
エントランスホールに戻って早々、委員長が口を開く。
「…………ファラフは?」
崩落が起きて……つまり、クァトランを殺す理由がある誰かが居る時、委員長は真っ先にファラフを疑う。
「昨日の疲れが残っていて、まだ寝てる」
「そう」
間髪入れず、私達の部屋に向かって歩き出す委員長の行く手を、私は立ちはだかって塞いだ。
「委員長、ちょっと待って」
待ってと言われて止まるぐらいなら、マグナリア・ガンメイジが委員長などやってられないことも、私はよく知っている。
「一人が死んで、その死人に恨みを持っている娘がいる。何か関わってると思うのは当然でしょう」
「アホ抜かせ、ファラフが何をどうやったらクァトランを殺せるねん!」
委員長の疑いが間違っている事を、誰より知っているミツネさんだからこそ、そう叫ぶ。
「だけど現実問題として、クァトランは死んでるじゃない。私達は警察でも探偵でもない、そんな事を議論するより、本人を問い詰めたほうが早いわ」
「っぐ…………」
だけど、まさか自分が犯人だと名乗り出るわけにはいかないから――言葉に詰まる。
「そうだ、クァトランは誰も殺せない」
だから、私はこのタイミングで口を挟んだ。
「リーンちゃん……?」
全員の視線が、私に集まった。
注目されることにも、目立つことにもなれてないけど。
…………やるしかない。
「寝込みを襲っても、毒を盛っても、勿論物理的にも、魔法的にも、クァトランは最強だ、私達が一番良く知ってる、クァトランを殺すなんて、不可能だ」
名探偵の推理披露パートみたいになってるけど、私はこれから自分が正しくないと理解している事を、さも真実みたいに語らないといけないのだ。
「だったら、決まってる。クァトランを殺したのは――クァトラン自身だ」
「…………自殺とでもいいたいの? クァトランが、まさか昨日の一件を気に病んで、後悔の末に命を絶ったって?」
委員長の視線は、いつかなる時も平常だ。私の顔をひっつかんで向き合った時も、今この瞬間も、彼女はいつだって変わらない。
「まさか」
私はその視線に、正面から向き合って否定する。
クァトランは自殺なんてするタマじゃない、それはこの場の共通認識で間違いない。
だけど……私と皆とでは、少しその認識の意味合いが異なっている。
「クァトランは自殺なんてしない。だけど、クァトランを殺したのは、やっぱりクァトラン自身だ」
私の言っている言葉の意味がわからない、あるいは噛み砕こうとするから、全員、口を挟めない。その隙間を縫うように、私はさらに重ねて、ぶちまけた。
「クァトランは多分、自分の《魔力》を制御できなくなったんだと思う」
ぴく、と動きを止めて、目を見開いたのは、他でもない、ミツネさんだった。
「《魔力》の制御を失う? あのクァトランが? 彼女が死んでしまった今、原因としては確かにありえるかも知れないが……申し訳ないが、理屈がわからない」
ラミアがいい具合にパスをくれたので、このまま続けさせてもらおう。
「私達はなんとなく、『クァトランだから』で納得してたけど、強さに秘密はやっぱりあると思うんだ」
自分のツインテールを揶揄するように、こめかみの辺りで指をくるくると動かした。
「クァトランのツインテールの、片方がほどけてるのは見た?」
問われて、各々顔を見合わせる。凄惨な遺体だったから、すぐに目をそらした娘もいたし、皆、言われてやっとそうだったっけ? ってなってるぐらいだろうか。
「クァトランは髪の毛を人に触られるのを異様に嫌うんだ。ちょっと汚れを取ってあげようとしたら、思いきりぶん投げられて床に叩きつけられるぐらい」
プライドが高いから? 勝手に触れられるのを嫌うから?
それもゼロではないと思うけど……実際、何の交流もないクァトランに身勝手に触れれば、そうなってもおかしくはないと思うけど。
私からすれば二回目の、少しは心を許してくれたクァトランが、それでも反射的に暴力を行使してまで、私を咎めた理由は、多分、これだ。
そう――――――。
「クァトランはツインテールを維持することで、《魔力》を制御している!」
お前は本当に何を言っているんだ、という幾度目かの視線が突き刺さる。
いや、私も正直、百%の自信はない。無茶言ってると思う。
ただ、手元の材料を揃えて並べて、頭を捻って考えて、有り得そうな可能性がそれしか無かったんだよ!
ただ、的外れではないはずだ――なにせ。
「………………」
――――――ミツネさんの顔色が、あからさまに悪くなった。
「だったら――――」
委員長は思い込んだら――つまり思考が確定したら、その目的に向かって一直線だけど、思考の余地があれば、それを組み込んで再思考する余地を作る癖がある。
「その仮説が正しいとして、じゃあクァトランは、髪の毛を結び損ねて事故で亡くなった、っていうこと?」
たとえ突拍子のないような意見でも、考慮に値するなら考えてくれる、だから私はその隙間に、ひたすら新しい材料をねじ込む。
「クァトランがそんなに間抜けだったら、そもそもこんな計画になってなかったと思う」
「計画?」
「うん――――――クァトラン暗殺計画」
ついにその名前を口にした。もう、冗談や間違いじゃ済まされなくなった。
「そうだよね、ミツネさん」
「…………リーン、あんた、何言うてるん」
皆は当然のごとく、名指しされたミツネさんが、否定を述べて、私の言動を咎めるものだと思っていたはずだ。
けれど、一目、その顔を見て、そうじゃないことに気づいてしまった。
それ以上の二の句がでない、何か言おうとしているけれど、続きを発せられない。
私はミツネさんの事をクラスメートとして尊敬してるし、好きだし、友達だと思ってる。
だからそんな、何でお前はそれを知っているんだ、という、恐怖と絶望に満ちた、化物を見るような顔をしないでほしい。
私は、小指と人差し指を立てて、くっつけた人差し指と薬指を親指に重ねる……狐のポーズを作って、こんこん、と口を開いてみせた。
「髪の毛を解くことがクァトランを殺害する為の条件なら、ミツネさんほど適した魔法少女は居ない。だってほら、覚えてる?」
そして私は今一度、自分の髪の毛をくるくると指し示した。
「遠く離れた場所から、寝てる私に全く気づかれないまま、細かい三つ編みを作れるぐらい、繊細で器用な操作が出来るんだ、《遠くにある物を動かす魔法》なら」
ヘリの上で勝手に編み込まれていた私の髪の毛だけど、今考えると、もしかしたらある種の予行演習だったのかも知れない。
「……それは、状況証拠やろ、できるかできないかいうたら、できるって、だけ」
「そうだね、《魔力》の残滓を追えるわけじゃないし」
私の手持ちの情報は、全て時間を逆行したことで得たものだ。
八回目の二日目には、物的な証拠も、重要な証人も存在しない。
だから――ごめん、ミツネさん。
私は、精神的に追い詰めていくことしか出来ない。
「なら、切り口を変えてみようか。ミツネさんは何のためにこんな事をしたんだろう」
びく、とミツネさんの肩が震えた。
ミツネさんは、離れて暮らしているという弟妹の生活を守るためにクァトランの暗殺に及んだ。
彼女が一番恐れるのは、事件の枠が課題の外へ発展し、より詳細な調査が入ること。
ミツネさんはその立場上、そもそも疑いを持たれることすら、してはいけなかったのだ。
「ま、待っ――――――」
ミツネさんの声を遮るように。
ぎぃ、と扉が開く音がした。
「ち…………違う!」
ふらつき、よろめきながら姿を見せたファラフが、壁に手を這わせて伝いながら、かすれた声で、叫ぶ。
「僕が…………」
それは、もう悲鳴だった。
「僕が、殺したんだ、クァトランさんの《魔力》を記録して、クァトランさんの同じ魔法で、そうすれば、ジーンの仇を撃てるって……」
「ファラフ、それは違う」
私は、それが不可能であることを本人の口から聞いているし。
「だって、ジーンを殺したのはファラフだから」




