☆『八回目』『一日目』『夜』☆ その3
夢見メアの固有魔法、《夢を覗き見る魔法》は文字通り、他者が見ている夢を、まるでテレビドラマを見るように観測する事ができる。
特異性が高い反面、ファラフやミツネさんのように、戦闘に応用が利く固有魔法ではないので、メアは《魔力》の運用一本で前線に立っている強い魔法少女ということなのだが、まあこれは置いといて。
「絶対駄目! やだ! やらない!」
問題は、メア自身が積極的にそれを使いたがらないところだ。
大きな理由の一つとして、プライバシーの多大な侵害になる、というのがあげられる。
メア曰く、夢の中というのはとても無防備で、本人が最も隠したい秘密ですら、場合によっては容易に暴けてしまうという。
ただ、今回に限っては、私はその『知られたくないこと』ほど知りたいわけで。
「悪いことだって言うのはすごくよくわかってる。メアが乗り気じゃないのも、本当にやりたくないのもわかってる。それでもお願い、協力してほしい」
「えうううあうあうあうえうあー……!」
メアが私の『お願い』でも安易に首を縦に振らないのだから、ほんっとうに気が乗らないのだろう。
上を見て、下を見て、左を見て、右を見て、私の頬を張り倒し痛ぁい!
「…………今のは何で?」
「先払い!」
「何の!?」
問いには答えず、すぅ、はぁ、となんどか深呼吸を繰り返し、やがて、今までにないほどのジト目で私を睨みつけながら、メアは言った。
「三ヶ月」
「え?」
「リーンちゃんの基本的人権、三ヶ月」
…………基本的人権と来たか。
魔法少女に法の上での基本的人権が適用されるかどうかはさておき、それが必要なことならば、私に拒否する理由はない。
…………よかった、踏み倒すつもりで本当に良かった。
「わかった、それでいいよ」
「…………もう、クァトランちゃん、寝てる?」
「ちょっと前に部屋に入ったばかりだから、どうだろう……夜更かししてなきゃベッドに入ってるはずだけど」
「念の為、一時間ぐらいまとっか。離れた場所にいる人の夢を見るには、相手が寝てる時に、こっちも眠らないと……」
眼の前で寝ている場合は直接観測できるらしいが、そうでない場合はある程度……もっというとメアの《魔力光》が僅かでも良いので届く範囲に居た上で、こちらも眠らないといけないとのこと。
そういうわけで、準備の間にシャワーや着替えを済ませ、就寝準備を整えた後。
「じゃあ、リーンちゃん、こっち来て」
補助灯のみを残して、明かりを落とし。
横たわったベッドの隣をぽんぽん、と叩くので、招かれるまま隣に寝転がる。
「……変なことしちゃ駄目だからね?」
そう言うと、メアは私の右手を手にとって。
「ん……」
手の甲についた私の《秘輝石》を、自分の服の中、メアの《秘輝石》がある胸元へと引き寄せ、石と石同士を触れ合わせた。
途端に、猛烈な眠気がやってくる。抗えない睡魔が一瞬で思考を塗りつぶしていく。
「あと、これやってると……ふぁ…………寝ても、《魔力》、回復しないから……気をつけて…………ね…………」
「………………え………………?」
そのつぶやきを最後に、私の意識はまどろみの奔流に飲み込まれた。
☆
「うわああああああああああああああああああああああ」
何故悲鳴を上げているのかというと、私は落下しているからだ。
そう、落下だ。真っ白でなにもない空間の中、私は自由落下をしている。
意識的には、眠りに落ちてからぶつんと途切れて、その後いきなりこの状態なわけで、混乱が止まらない。
「リーンちゃんっ!」
はしっ、と手首を掴まれて、落下感がふわっとした浮遊感に変化する。
「メ、メアアアアアア!」
危なかった怖かった今までで一番怖かった。
大きな傘を片手に、ゆらりふわりと少しずつ降りながら、メアはえへへ、と笑った。
「ごめんごめん、遠くの人の夢を見に行くときは、こうなっちゃうの忘れてた」
「忘れないでぇ!」
メアの身体にはしっと抱きついて、なんとかバランスを取る。
この世界で意識が死んでしまった場合、どうなるんだろう、死ぬのかな。
「今、私の《魔力光》に意識を一部乗せてる状態だから……」
「だから?」
「何かあって霧散しちゃったら、記憶がかけたりしちゃうかも」
「ひい」
メアが迂闊に固有魔法を使わないのは、こういうリスクもあるからか。
「直接観測なら問題ないんだけどね。……これでいい?」
すとん、と着地した場所は、やっぱり真っ白で。
そこかしこに、昔の漫画でしか見たことがないような、四角くて大きい、レトロなテレビがおいてある……というか、地面(と呼ぶべきかどうかわからないけど)からにょきにょきと生えている、なんともシュールな光景が広がっていた。
「これがクァトランちゃんの、夢のチャンネル」
そのテレビについた丸いメーターみたいなものを、小刻みに回しながらメアは言った。
「いくつか注意事項ね。まず、暴れたり大声を出したりしないこと。感情が大きく揺れると、この世界から追い出されちゃうかも知れないから」
「りょ、了解」
「次に、私の魔法は見るだけで、外から干渉はできないから、都合よく記憶を操作したりは出来ないからね」
「うん、それは知ってる」
「最後に。ここで見たことは、誰にも言わない。知らない事にして生きること。自分の中にとどめておくこと、これは絶対。破ったら、リーンちゃんでも許さない、いい?」
「…………わかった」
メアの真剣な瞳に貫かれて、首を横に振れるほど私は強くない。
すべての条件を飲んで、私は画面が見やすいように座った。
「…………ただ、リーンちゃんが何を知りたくて、クァトランちゃんの夢を見たいのかわからないけど、夢って不確かなものだよ?」
「うん、それもまあ、わかる」
私だって夢ぐらいは見るし…………いや、ここ最近はなんか、意識が途絶えて、気づいたらヘリの上だから、あまり眠ったって感じがしないんだけども。
「夢って記憶の整理だから、体験したこととか考えたことが、ごっちゃになって混ざっちゃったり、変なものになってたりするし」
「……それでもいいんだ、私が……」
クァトランが眠る寝室に立ち入れない私が、それを知るには、もうこれしかない。
私が知りたいのは。私が観測したいのは。――――クァトランが死ぬ、その瞬間だ。




