☆『八回目』『一日目』『夜』☆ その2
「げ」
ロビーに入ると、ちょうど食堂からクァトランがでてきた所だった。
……つまみ食いでもしてたんだろうか。
クァトランからしたら、ファラフとの鉢合わせは非常に気まずいだろうから、その反応もむべなるかな。
「メア、先にファラフを連れて部屋に戻ってて」
「え、でも……」
「いいから」
私が再度促すと、メアは少し悩む素振りを見せてから、結局指示に従ってくれた。
改めて……私に対する友好度ゼロのクァトランと向き直る。
既に自分の試験合格を切り捨てた後だけあって、私が楽しく話した前のクァトランと比べると、既に他者を拒む息苦しい威圧感を感じる。
何を言っても怒られそうなので、慎重に言葉を選んだ結果、無言で顔を見つめる、という行為に及んでしまうことになり。
「……何か用?」
気を遣って、向こうから先に声をかけてくれた。
…………まあ、別に私から何か言うべきことがあるわけじゃなくて、顔見てそそくさと部屋に帰るのは凄い態度悪いなと思っただけだから……ああ。
この後、クァトランが普通に目を覚ましてくれたら、まだ救いがあるのに。
「クァトラン、あのさ」
これ……下手すると殺されるな。
言うけどさ。
「クァトランは、ジーンが潰される所を見た?」
「あ?」
その瞬間。
空気を裂くように伸びてきた手が、私の首を鷲掴みにして、ミチ、と力を込めてきた。
「――――何のつもり?」
気管が絞られ、呼吸が途絶える。
ただでさえ今回は会話してないのに、ナイーブな所に首つっこまれたら、こうなる事は目に見えていた。
何のつもり、と言われても答えようがない状況だから、私はただ、クァトランの目を見た。傲慢で、高貴で、それ故に誰にも屈しない強者の瞳を。
クァトランも、クローネもそうだった。
彼女たちは、目を反らした相手には失望して、興味を失うけれど。
正面から向き合えば――――少なくとも、何かしらの意思は汲み取ってくれる。
「…………くだらねー出歯亀じゃないなら、何なのよ」
ぱ、と手を離されると、戻ってきた呼吸と、身体の浮遊感が相まって、反射的に咳き込んでしまい、すぐに質問には答えられない。
「げほっ、かはっ、ふ、はっ……」
でも委員長の強行軍に付き合わされた時よりマシかも知れない……まだ自分が苦しいことがわかるからね。
「確認……したかった、んだよ……」
「何を?」
「…………………………」
「………………?」
「…………………………」
「…………カタリベ!」
「うわっ! 何!?」
「何!? じゃねーわよ! 人に物聞いといて自分の世界に引きこもるんじゃねーっての」
「あ、ご、ごめん。ちょっと考え事……」
「ただでさえ変わり者なんだからこれ以上イカれるのやめなさいよ、気持ち悪い」
私、クァトランに変わり者って思われてるんだ…………今これ以上って言われた?
「…………はぁ、どぉでもいいわ。じゃあね」
アンタにかまってると疲れるわ、と言い残して、クァトランが背を向けた。
まだ立ち上がれていない私は、階段を上って、部屋に入る背中を見届けた。
……そういや、ニアニャとの約束は有効……のはずなんだけど。
実際に約束を破ろうとしたらどうなるんだろう、と軽い気持ちで、後を追いかけようと立ち上がり、一歩進んだところで。
「――――――あ?」
それはもう、違和感、とかではなかった。
自分が持ってる、自分の中の道徳観、倫理観、ルール――そういう感覚に、無理やりねじ込まれた『何か』がもたらす猛烈な忌避感が、『やるな』という警告を発している。
逆らうとか、逆らわないとか、我慢するとか、そういう段階じゃない。
「お………………ぁっ…………」
視界がぐるりと傾きかけるのを何とかこらえて、首をふる。
これは、無理だ。
自分の意志じゃどうにもならない。
……これ、私の意思に関係なく、強制的にクァトランの部屋に叩き込まれたら、どうなるんだろう。脳が爆発して死ぬんじゃないか? 能動的に約束を破ってないから平気なのか?
反射的に抜け道を考えようとした瞬間、グル、とまた視界が回転しだした。
「…………っ! 考えるのも駄目なのか…………!」
思い切り自分の頬を張って、思考を何とか切り替える。
思ってたより厄介だぞこれ……! 一応、階段やら、扉を眺めるぐらいなら、問題は起こらないので、重要なのは『部屋に入ろうとする意思』そのものみたいだ。
「参ったな……」
やっぱり、あれをやるしかないか。
メアに物凄い借りを作ってしまうけれど……うん、これは仕方ない。
さっきはネガティブに捕らえていた時間逆行による交流のリセットだけど、取引をする分には便利だ、だって全部踏み倒せるし。
「ん?」
あれ、なんかおかしいな。何だこの違和感は、さっきも感じたような……。
「――――――リーンリンッ」
「うわああああああああああああああああああああああ!」
軽く背中をぽん、と叩かれて、私は今日一番の悲鳴を上げた。
「あははははー! 驚いた驚いたー!」
ばっと振り向いた先で、下手人のニアニャが笑っていた。
「ニ、ニアニャ……」
「はーい! 呼ばれて飛び出て、ニアニアニャー!」
「呼んでないのに飛び出てきた……」
「えー、さみしいこといわないでよー、わたしとリンリンの仲じゃーん」
一応、お互いの立場を考えると敵対関係なんだけどなあ。
「で、で、リンリン、聞きたいことがあるんだけどー」
む、まずいか? 私は思わず身構えたが、そんな振る舞いを咎めることもなく、ニアニャは笑顔のままこう聞いてきた。
「わたしってリンリンと何の約束をしたの?」
「…………ん?」
おかしいな、私はてっきり『何でわたしの知らない約束をしてるの?』と言われると思っていたのだけど、そしてそれを一番恐れているのだけど……。
ニアニャの約束が時間逆行を跨いで有効であることが証明された以上、ニアニャは『交わした覚えのない約束』の存在を知ることで、逆説的に私の固有魔法にたどり着ける可能性がある。
私が一番怖いのは、暴力を背景に『時間を遡ってはいけない』という約束を結ばされる事だ。これをやられると詰む、というか本当に死ぬ。
だからニアニャの声をかけられた時点で、私は頭を弾くかどうか考えていたのだが……ニアニャの口ぶりからすると、約束が結ばれている事実より、その内容の方が気になっている、のか?
「自分が交わした約束のこと、覚えてないの?」
このセリフを、しれっとさらっと、動揺を顔に出さずシラフで言えた私に、誰か助演女優賞を送ってほしい。……出てないよね?
「うん! 時々あるんだー。わたしの知らないとこで約束してることー」
時々あるのかよ。ちゃんと管理してくれよ。
「気づいたら知らない所にいることもあるしー、知らないことしてることもあるしー」
…………いや待って、怖い怖い怖い。それはそれで怖い。
怖い、けど、ニアニャの背景が、少し見えた気がする。
「…………クァトランが寝てる時に、部屋には入らないでって」
「あー、そっかー、うん、それはだめだめー、お嬢はぜーったい、寝る時一人だからー」
私の返答に納得したのか、ニアニャはうんうんと頷いてくれた。
……無邪気で、どこまでも楽しそうに笑うニアニャ・ギーニャが。
クァトランを殺そうとしている、その為に、ミツネさんの命を握っている。
「すっきりさっぱり疑問解決―! それじゃあリンリン、おやすみーっ!」
「……うん、お休み」
ニアニャが自室に戻るのを見届けて……さて、ここからはメアと交渉だ。
気合を入れていくぞ、と頬を叩いて、私も部屋に戻って――――。
「ぞる」
……階段の手摺の上に、くーちゃんが居た。
見てる……こっちを見てる。明らかに……。
じぃーっと、見つめられている……。
「ど、どうしたのかな、くーちゃん」
この子、私のこと好きすぎない? って勘違いするぐらいにはエンカウントしている気がする……。
「ぞる、ぞるるぞる、ぞるる? ぞるるるる、ぞる? ぞるる」
「ごめんねー、ちょっとわかんないや」
「ぞるる……」
沈黙はしたものの、ただひたすらに、じぃーっと、じぃーっと見つめ続けられている。
……そういやクローネが言ってたな、くーちゃんは《魔力》の流れを目で追うんだっけ。
「忍法透明隠れの術……」
試しに、自分の身体を《魔力光》で覆ってみた。傍目からすると薄ぼんやりと光る変な魔法少女なのだが、意外なことに、くーちゃんは耳をピンと立て、きょろきょろと首を振り始めた。
おお……これ、有効なのか……覚えておこう、今後のために。
「ぞるるるるるるるる」
聞こえない聞こえない、私には何も聞こえない。
そそくさと部屋に戻って、身に纏った《魔力光》を再回収。
危なかった……まあ別に部屋に戻る所を見られても困りはしないんだけども。
と、一息ついたところで。
「遅かったね」
部屋に戻ってそうそう、頬を膨らませたメアに言われてしまった。
ファラフは奥のベッドで、疲れからか既に眠っているようだった。
憔悴が見て取れるし、今夜は多分、起き上がってはこなさそうだ。
「首、どうしたの?」
「ぇ?」
ちょいちょい、とメアが指で示す先は……そうか、凄い絞められたもんな。
「ちょっと首を絞められて……」
「ちょっと首を絞められて!?」
しまった、人聞きが悪くなってしまった。何も間違ってないのがより一層酷い。
ファラフのことを気遣ってか、小声で叫ぶという器用な真似をするメアだった。
「い、いや、違う違う。ちょっと…………あの、色々あって」
「ねえ、リーンちゃん…………」
駄目だ、言い訳の余地がない。ここは力技でいこう。
「ごめん、違うのメア。言い訳じゃなくて、本当に色々あって、私も困ってて、あとお願いがあるんだけど聞いてほしくて」
「この流れで私がお願いを聞くの!?」
「メアにしかできないことなんだって!」
「ええー…………?」
じとっ、とした目で睨んでくるメア。まずい、長年連れ添ってきた分、色々とおろそかにしたツケが回ってきた気がする。
ええい、いいや行ったれ。言うだけなら文字通りタダ、開き直って踏み倒せ。
「お願い聞いてくれたら、試験終わった後、一週間、いや、一ヶ月、何でも言うこと聞くから!」
「……………………」
あ、悩んでる。すごい真剣に悩んでる。あれは脳をフル回転させて色々目論んでる時のメアだ。
「………………………………………………本当に?」
長すぎる沈黙が、本気であることを示していた。
「……絶対に本当、神は居ないから悪魔に誓う」
二度目の誓いの言葉をペラペラ並べ立てながら、私は内心で決意する。
私、今回は確実に死のう。じゃないと取り返しがつかないことになる。
「…………わかった、いいよ。何すればいい?」
「うん、あのね」
努めて笑顔を作って、私は言った。
「クァトランの夢を覗きたいんだ」




