☆『八回目』『一日目』『昼』☆
「ゼヒュッ、ゼヒュッ、ヒュゴッ、ホッ、ハァーッ、ヒュオッ」
これ、何の音だと思う?
正解はね、私の呼吸音。
「ここが最下層で間違いないみたいね」
本当に、本当に気まぐれだったのだ。
色々検証したいことはあるが、それは夜からの話だった……ちょっと思うところがあって、まだニアニャとはペアを組みたく無かった私は、一度も組んだ事のない委員長と、『まあ一回くらいはやっておくか』くらいのノリで指名してしまったのだ。
いや、聞いてたよ? 知ってはいたよ? ある程度予想はしてたよ?
でもさ、まさかさ、本当にさ、比喩無しで一秒たりも止まらないとは思わないじゃん。
委員長、マグナリア・ガンメイジが完全に停止したのは、第五階層の最深部、八つのくぼみが備わった扉の前のみ。それ以外は、もう、マジで、止まらなかった。
腕力と持久力を強化した委員長は、遅れる私の首根っこを掴んでひっぱり、倒せる魔物は倒し、スルーできるやつはスルーして、階層の主は出てきた瞬間何もさせず、ボコボコのバキバキに殴り蹴り倒し、最速の総当たりでここまで辿り着いたわけだ。そりゃニアニャも力尽きるよ。むしろメアは良く大丈夫だったな。
「大丈夫? 水飲む?」
「その…………気遣いは…………もうちょっと、早く…………して、ほしかっ……」
ポーチから小型の水筒を取り出し、差し出してくれたので、もう、ありがたくもらうことにした。飲み干してやる。
進行の都合上、二体の階層の主を倒したので、手に入れた結晶は二つ。
私が水を飲んでる間に扉にはめ込んで、確認を終えた委員長は、よし、と頷いて。
「じゃ、戻りましょうか」
「正気か!?」
「他のペアが手に入れた結晶がないと先に進めないわ。続きは明日ね」
そういや、委員長チーム、いつも帰りは私より早かった気がする……え、復路もこのペースなの……?
「ちょっと、ちょっとだけ休ませて……!」
「もう、仕方ないわね。じゃあ十分だけね」
短いなオイ……いや、でも委員長が十分と決めたなら十分なんだろう。
良くも悪くも融通が利かない石頭……。
「…………委員長」
「何?」
「委員長の課題って、私達にクジ引きを引かせるだけ?」
「ノーコメント。説明していいとは書かれてなかったから」
腕を組み、メガネをくいっと上げて、ふふん、と得意気に笑う。
そりゃあもうニヤニヤと、何かを企んでいる顔だった。
「まだもうちょっとなにかあるのは分かった」
「何で」
「何でって」
「内緒にしてもらわないと困るわ」
「言わないけどさ」
委員長は私が知る限り、良くも悪くも、裏表がまったくない。
即決即断が常だから、何かを秘めておく事とかはすごく苦手、つまり、嘘が下手だ。
……皆が嘘をついているのなら。
委員長は、どんな嘘をついているんだろう。
「そういや、あのクジってハルミ先生から預かってたの?」
世間話の延長のつもりで、特に大した意図はない質問だった。
委員長の様子を伺う限り、あのクジが《魔力》に反応するものだとは気づいてなかったっぽいけれど、ヘリに積んであったのかな?
「いえ」
ところが委員長は、全く取り繕わず、堂々と。
「ニアニャが見つけてくれたの」
「…………………………はい?」
「最初に屋敷の中を捜索したでしょう? 食堂のテーブルの上に置いてあったらしいわ」
「…………何で、それを委員長に?」
じゃあ、課題用なのは間違いないのか。
いや、でも、もしも、もしもだけれど。
中身をニアニャが入れ替える余地があったとして、それで……何が変わる?
「ところでリーン」
私が衝撃を受けている間に、すっと話題を差し込んでくる委員長。
「…………何でしょう委員長」
「UNOとジェンガならどっちが好きかしら」
「なんで今食後の余興の話が出てきたの?」
「クローネはやっぱり苦手よね、ジェンガ」
「まあ精密動作は不得意な気がするけど……」
「ある程度平等で、ルールがわかりやすく、全員が参加できる……やはりUNOが適切ね」
「もしかしてだけどめちゃくちゃ楽しみにしてる?」
「何言ってるの。これは進級試験なのよ? 気をしっかり引き締めなさい」
「うわ納得行かねえ!」
真っ先に取り出してきたくせに! 知ってるんだぞ!
……今回はミツネさんとファラフがペアを組んでて、クァトランを止める人がいない。
多分崩落が起きて、空気が最悪になるだろうから、ゲームをやる流れにもならないと思うけど……。
「……ねえ、委員長」
「何?」
「私の課題、すっげー大変なんだけどさ」
「そう。助けは必要?」
「正直、一人じゃいっぱいいっぱいかな」
別に泣き言を言いたいわけじゃない。何かの答えを求めているわけでもない。
「でも、助けを求め辛いっていうか、自分が頑張らないと、駄目な感じ」
ただ、なんとなく。
二人以外誰も居ない、この迷宮の最深部で、どうでもいい話がしたくなっただけだ。
「そう」
委員長の反応は、淡白だった。
いつもどおり淡々と、表情は変わらず、慌てず、動じず、揺るがない。
「じゃあ、頑張りなさい」
「……うん、頑張るよ」
問題点は見えたけど、課題が山積みで、解決策は全く見いだせなくても。
それでも、私が、やらないといけない。
呼吸は、整った。大丈夫、立って歩ける。
「委員長、水筒ありが――――」
空になってしまった水筒を渡そうとした、ちょうどそのタイミングで。
頭をがっと掴まれて、ぐいっと正面を向けられた。
委員長のメガネと、青い瞳が眼前にずいっと迫る。
「リーン」
そんな状態でも、全く表情は揺るがず。
「あなたは私の知る限り、一番弱い魔法少女だわ」
「ここで急にディスられることある?」
なんかいい感じのことを言ってくれるんじゃないのかよ。
「褒めてるの。私は皆を見てるから、わかるわ」
世辞も妥協も配慮も遠慮も――一切の嘘のない瞳が、私を正面から貫いている。
「一番弱いはずのあなたのことを、誰も侮ってない」
「…………」
「どうせあなたは諦めないし、投げ出したりしないでしょ。だから別に励まさないわ」
ぱ、と頭を離されて、委員長は水筒をポーチにしまった。
強い力で固定されたせいか、若干首が痛むけど……。
「……今のは、励ましじゃないんだ」
「単なる事実確認よ。やるならもっとちゃんと励ますわ」
「……どうやって?」
「やる気が出るまで口におやつの酢昆布をねじ込んであげる」
「謹んで遠慮します」
参ったな。
思ったより、しっかりと励まされてしまった。
マグナリア・ガンメイジ。
最強の魔法少女を、最悪の二人を、貴族の子女を差し置いて。
クラスの代表として在るのは――皆が委員長であることを認めてるのは、彼女のこういう所なんだろう。
「委員長は、頼りになるね」
「当たり前じゃない」
ふふん、と気持ち得意げに鼻を鳴らしてから、シームレスな動きで、すっ……と。
「あれ?」
服の襟を掴まれた。
「十分経ったわ」
「………………あ、そう? ほんとに? 私もうちょっと褒められてもいいよ?」
「無駄話をしている時間はないわ」
「今、私の疲れた心にじーんときたやり取り、無駄話って言った?」
「じゃ、行きましょうか」
身体が浮遊感に包まれた。
「待っ」
勿論、待ってくれはしない。魔法少女は止まらない。委員長も止まらないのだ。




