☆『七回目』『一日目』『昼』☆
七回目の一日目、私からすると六回目の迷宮探索が始まって少しして。
第一階層の階層主を無事に倒し終え、お互いお疲れ様、と労をねぎらい、少し休もうか、と崩れた石に腰掛けたところで。
「どうやってクァトランを殺すつもりなの?」
と私が聞いた時。
「……………………………………は?」
ミツネさんは、細く閉じられたはずの瞳を、それはそれは大きく見開いた。
「……なんや、藪から棒に」
袖で口元を隠して、表情を見せまいとして。
「驚いて変な声出てもうた。どないしたの、リーン」
そう言った。否定も肯定も言葉には、出さない。
「や、ほら、私は探偵じゃなくて魔法少女だからさ。方法も動機もわかんないし、犯人当てだって当てずっぽうなんだけど」
一回目ではファラフを犯人と断定し、私を拷問すらしようとした委員長だけれど、そのロジックは、直情的かつ短絡的であることを差し引いても、別に的外れじゃない、と私は思っている。
手段と感情を無視すれば、消去法というのは理にかなってるんだ。
三回目までで分かった事実、ファラフの死とクァトランの死は関係ない。
そしてミツネさんが居ない時、クァトランが死ななかった。
だからミツネさんが犯人。試行回数で突き止めた、推理じゃなくて、結果論の消去法。
まさかラミアとルーズ姫が迷宮の中でイチャついた結果、クラスメート殺しに及んだ結果、こんな事になるとは思わなかったんだけどさ……。
何が役に立つかわからないものだ。や、役に立つって言い方も酷いか。
「クァトランを殺すのは、ミツネさんだ。それは間違いない」
ミツネさん視点からすれば、現時点で根拠も証拠も理由もない、やってもいない殺人について難癖をつけられている状態だから、これはもう激怒して、ぶち殺されたっておかしくない。
私は少なくとも、そのつもりでいた。
そんな激情からでもいいから、なにか手がかりが欲しかった。
けれど。
ミツネさんは何かに気づいたように、は、と目をさらに見開いて。
……泣きそうな顔で、ぼそりと呟いた。
「……ファラフが、教えたん……?」
「…………………………え?」
「そっか、そうやろなあ、あの娘は優しいもんな。ウチのこと知ったら、誰かに相談しよるよな……」
待って待って待って、ハッタリかました私の方が、情報と感情が追いついてない。
ファラフは、ミツネさんがクァトランを殺そうとしていた事を、知っていた?
それが意味するのは何だ? ミツネさんが犯人だとして、ファラフがそれを知っていたとして。
それで、何が変わる?
「だったら、言い訳してもしゃあないか」
内心の困惑を表に出さないようにしようとして、私の顔は無表情になっていたと思うけど……それは相対するミツネさんからすると、圧力をかけているように映るだろうか。
ミツネさんは、力なくはは、と笑って、懐から一枚の紙を取り出した。
「あの先生はホンマに怖いわぁ、ウチが何をやろうとしてたか、お見通しみたいや」
そこには、定型文を除けば、たった一行。
仲間を誰も死なせてはいけません。
シンプルで、わかりやすく、誤読のしようのない課題が記されていた。
誰か一人でもクラスメートが死亡したら、その時点でミツネさんの合格はなくなってしまう……いや、他に補足情報のようなものがないから、私にこれを見せた時点で、もうおしまいだ。
「…………ミツネさん、どうして?」
実際にクァトランを殺す方法もわからないが、そもそも動機だってわからない。
ミツネさんがクァトランに対して憎悪を向けたのは、ジーンが巻き込まれたあの一回目だけだけど、時系列を考えれば、あの出来事はクァトランの死に関係ない。
現段階でミツネさんがクァトランに対する殺意を抱く理由が、思いつかない。
いや、私の知らない所で、クァトランが恨みを買っている可能性は十分にあるけれど。
「リーンには言っとらんかったかなぁ。ウチな、チビ共が居るんよ。親はとっくに居らんさかい、ウチが面倒見たら無いとあかん。……はは、言うて、仕送りしかしとらん、駄目な姉やけど」
「……ミツネさんの家族が、クァトランとどう関係があるのさ」
初耳だった。特に魔法少女になった《地球》の人間は、姿形が変わってしまうから、家族と距離を取りがちになるし、そういう話題には触れないのが、暗黙の了解になっているっていうのもあるけれど……。
ただ、次にミツネさんが放った言葉は、私の想定をどこまでも大きく越えていた。
「クァトランを殺さな、ウチが死んでまうんよ」
「――――――――は?」
「代わりに、ちゃんと殺せたら、皆が一生困らんくらいのお金をくれるんやって。はは、お金持ちはええね。人様の運命を手のひらでコロコロ転がして、偉そうにしよる」
背筋に冷たいものが伝う。何だそれ。
「………………誰が」
頭の中で分かっていることを。
「そんな、こと」
予想出来てしまっていることを。
それでも確認せざるを得ない、自分がどこまでも愚かしい。
ミツネさんは感情のない瞳と一緒に。
キツネの形を作った指を、私に向けた。
「ニアニャと約束してもうたん」
言葉の意味を噛み砕く前に、頭の中でぐしゃりという音が反響し――直後。
狂うような激痛が、右目を貫いた。
「っ………………がっ!」
《遠くにある物を動かす魔法》、視界に収まっているものなら手指で触れるように、自由に動かすことが出来る、シンプルで便利なミツネさんの固有魔法。
そういや、クローネにもやってたっけ、これ――――。
眼球を潰されたのだと気付いた頃には、もうミツネさんに距離を詰められていた。
放たれた蹴りを防御しきれず、思い切り鳩尾につま先がねじ込まれて、呼吸が潰える。
「かっ、は――――」
「殺さへんよ、殺しとうない、せやけど邪魔はさせへん」
片目だと距離感が上手く掴めない。抵抗のつもりでふるった腕は土を掻きむしるだけ。
ああ、くそ、そうだった。私は最弱の魔法少女。
正面切っての戦いで、勝てるわけがないんだってば。
「ミツ、ネ、さん…………」
「堪忍してや。家族とクラスメートやったら、ウチは家族を取る。知っとるやろ、ウチらがなんて呼ばれてるか」
「っぐ――――――」
「リーンかてそうやんな――魔界帰り」
《日本八大魔界》、魔王に奪われた《地球》の領域。
各都市が魔界化する際に、一般市民には多くの犠牲が出た。
だけど、社会として一番問題だったのは、むしろ生き残ってしまった人達の方だった。
侵蝕率が五◯%を超えた魔界は人が住める土地ではなくなってしまうけれど、それ以上に問題なのは高濃度の《魔力》に晒された生物は魔物化してしまうという事だ。
虫も植物も、鳥も鼠も、犬も猫も、もちろん、人間も。
だから、命からがら《魔界》化した土地から逃げてきた人々を待っているのは……安全な場所にいた、ただ住まう場所が魔界化しなかっただけの、幸運な人間達からの、恐怖から生じる迫害だった。
短時間でも魔界の空気にさらされれば、体の一部が異形化することだってある。
そういった変化を見て、彼らは考える。
もしかしたら、こいつはおぞましい魔物になるんじゃないか。
側に置いておいたら、自分たちに伝染るんじゃないか。
そんな奴がいたら、この場所も《魔界》になってしまうんじゃないか。
そうはいかないぞ、化物共め。私達は家族を守るためならなんだってするぞ、と、善良な市民たちは正義の心でもって石を投げるのだ。
頭にぶつけられた石の痛みを――――私だって、覚えている。
黒い《秘輝石》が《魔法の世界》で忌避されるように。
魔界帰りは、《地球》で忌避される。
そんな私達が人々に受け入れてもらうためには、どうすればよいだろうか。
《魔法の世界》との交流が始まって、魔法少女が人々の生活に浸透して以来。
《魔界》にされた故郷を取り戻すために、人間としての姿を捨てて、魔法少女として戦いに身を投じる、なんてのは民衆が望む、最も標準的で、ヒロイックなパーソナリティだ。
石を投げたその手を大きく振って、頑張れと応援してくれる。
私に守るべき親族はもう居ないけど、ミツネさんは、そうじゃない。
ミツネさんが魔法少女として戦う限り……生きている限り、家族は大義名分を以て、日常を暮らしていけるだろう。
ただ、解せない点がいくつかあって、ああ、クソ、思考が回らない。
「なんで、ニアニャが…………そん、な……こと……」
いや、待て、わかってたじゃないか。
クァトランを殺すことができれば、ニアニャは無罪放免釈放なのだ。
殺す動機が存在する――いや、でも、待てよ。
何だかすごく遠回りだし、何よりニアニャにはクァトランという枷がある。
指示に従わなきゃ家族を殺すぞ、なんて脅しは、ニアニャ単体じゃ成立しない。
それに、家族を一生面倒見てくれる? そんなお金も権力も、従者の立場でどう用意するつもりだ。
……考えられるとすれば。
ニアニャに指示を出している、クァトラン以外の誰かがいるなら、どうか。
クァトランを自分の手で殺したいニアニャと、経緯はどうあれクァトランに死んでほしい、クァトランを飛び越えてニアニャを駒として使う事ができる――誰か。
そいつは魔法少女一人の人生を、自分の判断で変えられて、脅しではないと、逆らったら駄目だと、従わなくてはならないと、ミツネさんが判断するだけの何かを持っている。
それを出来うる人物を、私は知っている。
顔は見たこと無いけれど、何なら、名前も知らないけれど――知ってるんだ。
「…………クアートラ、王国の…………?」
「多分やけどね」
ミツネさんは私の疑問を、あっさり肯定した。
「そりゃ、王族からの暗殺依頼やなんて、ニアニャも言わへんかったけど」
クローネの、あの無慈悲な一言が脳裏をよぎる。
『汚点なんだってさ、王族の』
「なん、だ、それ…………」
そりゃクァトラン本人が言ってたよ。
その気になった瞬間、クーデターが成立する……いつだって王位簒奪が可能だって。
「ウチかてそう思うよ。けどしゃあない。個々の事情を慮っとる余裕は、ウチにはない」
ああ、そうだよな、感情論は無意味だよな。
問題は――――ニアニャと交わした約束は絶対に守られるという、その一点だ。
クァトラン暗殺を実行しなければ、ミツネさんに何かしらのペナルティが生じるんだろう、そして庇護者を失ったミツネさんの弟妹達は、魔法少女の妹という旗印を失うことになるし、生活のための金銭を得られなくなって、その後の生活も保証されない。
ああ、くそ、なんてこった。
試験の枠の外で誰かしらの思惑が動いているだなんて、考えもしなかった。
「あの子達の居場所はウチが守ってやらなあかん。その為にクァトランを殺せいわはるなら、ああ、やるよって。せやから、せめて邪魔せんとって」
「殺――――せる、わけ、ない、だろ……クァトラン、だぞ!?」
息も絶え絶え、どころじゃない。
ただ吸って吐くだけで、内臓をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられてるみたいだ。単純な痛みでいうなら、ラミアの剣の方がまだマシなぐらい。
それでもなんとか口に出来た正論を、ミツネさんは泣き笑いで否定する。
「クァトランは強い。間違いなく最強や。ウチ一人が何したって普通に戦ったら敵わんよ。でも、弱点はあるんよ。ただ実行できる魔法少女がおらんかったんや」
「弱、点…………?」
そんなものあるのか? いや、ニアニャの背後にクアートラ王国の王族が……それが女王なのか、他の姉王女達なのかはわからないけど、家族であれば、私達じゃ知り得なかった、クァトランの弱点なんてものを知っていても不思議じゃないのか。
……これが、東ミツネの【嘘】。
平常に振る舞って、いつも通りはんなり笑って、それでいて、クラスメートの暗殺を画策していた。
家族のために、大事なものを天秤にかけて。
……不本意であることぐらい、顔を見ればわかる。
それなりに、長い付き合いだもの。
「……月並みな説得に、挑戦して、みていい……?」
「……ええよ、言うてみて」
「そんな事して……家族に、胸を、張れる……?」
「……一生、無理やろうね」
だけど、それは、それだけじゃ、ミツネさんが止まる理由には、ならないようだった。
「じゃ、お手上げだ…………」
「ホンマに、堪忍ね。恨んでくれて構わへんよ」
トドメを刺そうと一歩前に出たミツネさんに、私は……笑った。
「…………収穫は、あった」
「……何?」
「クァトランを殺す方法が、あって……ミツネさんは、それを知ってて、実行、できる……それが、わかった」
「……堪忍ね。ここまでやるつもりはなかったんやけど」
恐らく痛みで意識が朦朧としてると思われたのだろう……いや、実際痛いし、意識が飛びそうなのも事実だけれど。
「…………ミツネさん。ただ……一言だけ、いいかな……」
「……なあに」
「まだ借りは返してもらってないし…………私は、小さい胸も、いける方なんだ……」
「…………はい?」
どうせなら景気よくいくか。
潰された右目に向けて、指先から《魔弾》を放つ。
小さな空洞をすり抜けて、脳に達して、破壊する。
毎回、二度とやりたくないと思うのだけど、こればっかりは仕方ない。
いつの間にか、自殺のやり方は、もう慣れたものだ。
カレー食べたい。




