☆『五回目』『一日目』『夜』☆
夕飯を食べて、きっちりUNOまでプレイして、部屋に戻り、メアがシャワーを浴びている音を聞きながら、考える。
ファラフが帰ってこなかった……もっというと、一回目では噴水にプカプカ浮かんでいた理由。
ジーンを失い、意気消沈していたファラフは、恐らく気分転換を兼ねて、あるいは悲しみに浸るために、天体観測に向かったんだろう。
で、イチャついてるラミアとルーズ姫とばったり遭遇してしまった。私達からしたらクラスメートなわけだから、そんなに警戒はしてなかっただろう。
だけど二人は目撃者を許すわけにはいかない。ファラフだって弱い魔法少女じゃないけれど、ラミアとルーズ姫、二人がかりで不意打ちされたら抵抗出来ないだろう。
そうしてしれっと戻ってきたルーズ姫に、私は『ファラフの事を見なかった?』なんて聞いてたわけだ。
死体はルーズ姫の《物の大きさを変える魔法》で小さくして、噴水の排水溝にでも流したんじゃないだろうか。
運良くというか、悪くというか、それが引っかかったまま残っていて、ルーズ姫の死亡に伴って魔法が解除されて、元の大きさに戻ってしまった、と。
これなら、クローネが暴走を始めた時、ルーズ姫をラミアが追いかけた事も納得がいく。あの状況では流石に、関係性を取り繕えなかったんだろう――――――あれ?
「でも、ルーズ姫もラミアも、あの時、死んでたよな……」
ラミアは首を絞められて、ルーズ姫は心臓を貫かれて。それぞれ、確かに死んでいた。
私はそれを、憎しみ合う二人が恐慌状態の中で殺し合ったと認識したのだけれど、二人が恋仲で、お互い通じ合っているなら、何で殺し合いになった?
「……このあたりは考えても仕方ないか、材料もないし」
……改めて明確になったのは、やっぱりクァトランの死因はファラフじゃない、ってことだ。
ジーンが潰される、あのハプニングが無くても、ファラフはどこかで目を覚まして星を見に行って、ラミアとルーズ姫の逢瀬を見て殺されてしまう。
「皆が嘘をついています、か」
ラミアとルーズ姫の【嘘】は、二人が恋仲であることだった。
私の最終目標は、全員で無事にこの試験を終えて学園へ帰ること。
それが出来たら、ハッピーエンドと言っていいだろう、つまり、私の試験合格に繋がる。
そしてその必要条件が、クァトランを生還させること。
つまり、誰が、どうやって、何の目的でクァトランを殺すのかを突き止めなくちゃならない。
よりによってこの部分が一番、非現実的なんだ……何せ、私の頭ではどうひねり回してもクァトランを殺せる方法を思いつけない、少なくとも不意打ちでどうこうなるような相手では、絶対にない。
「んー…………」
五回目の今回、私はクァトランをペアに選んで友好関係を築けている。
案外、部屋を訪れたら入れてくれたりして。
「~♪」
メアは私よりも毛量が多い都合で、シャワーは長めの傾向にあるし、ファラフも起きて星を見に行くのは深夜のはずだから、まだ時間に余裕はあるか。
「行ってみるか」
ものは試し。駄目だったらその時はその時だ。リトライ出来る強みを最大限に活かしていこう。
部屋を出て――ロビーには誰も居なかった――階段を上がり、一番大きなクァトランの寝室の扉に近づくと。
「ぞる」
「げ」
くーちゃんが、まるで門番のごとく鎮座していた。
その視界に映る、ということは……主にもその情報が伝わる、ということだ。
「どーしたのー? リンリンー?」
ばたぁーん、と勢いよく扉を開いて、ニアニャが隣の部屋から飛び出してきた。
睡眠前だからかいつものハットやスーツは脱いで、黒猫の足跡模様がたくさんついたパジャマを着用している。
どうやら、くーちゃんが見張りを務め、何かあったらニアニャが飛び出してくるシステムになってるらしい、なんてことだ。
「ちょ…………っと、クァトランに聞きたいことがあって」
「ぶっぶー! お嬢の部屋は立ち入り禁止ー、誰も入れるなって言われてるんだー」
「そ、そこをなんとか……」
「なりませーん! お嬢はいっつも、夜は絶対に人を部屋に入れないのー!」
「ぐぬぬ……」
実力行使、というわけにも行かない相手だ。いや、そもそも私がこのクラスで実力行使が出来る魔法少女など存在しないのだが、それにしたってニアニャは壁として厚すぎる。
「……ほんのちょっとでも駄目?」
「だーめー! わたしがお嬢に怒られちゃーう!」
「むむむ……」
これ以上粘っても無理っぽいか、仕方ない……。
「……じゃあ、こう、何かあったらすぐに教えてほしいんだけど」
それは私のせめてもの抵抗で、深く考えず、何気なく言ったつもりの言葉だった、けど。
「何かって?」
それを聞いた瞬間、ニアニャの目が、すっと据わった。
ぐるぐるぐる。瞳孔の歯車が回転して、首をかくんと傾けて――私の顔を凝視している。
「何かって、何―?」
いや、怖っ! その状態で声のトーンが変わらないのが一番怖い!
「え、いや、その……」
「お嬢に何があると思うのー? あのお嬢だよー?」
「うっ……」
それを言われると本当に弱い。
どこまで言っても『あのクァトランが死ぬ』というこの一点の非現実さのせいで、私は自分の手札をすべて晒して皆に協力を仰ぐ、ということが出来ないのだから。
ただ、それでも、私がここで言い返せるとするなら。
「……あっても、おかしくはないと思う」
「なんでー?」
「クァトランだって……女の子だし」
「………………………………」
やばい、滑ったか?
しばらく沈黙していたニアニャは、やがて顔をフッとあげて。
「あは」
口元を抑えて。
「あははははははははははははは! あははははははは!」
大笑いし始めた。
「ニアニャどったのー?」『なんかあったかニャー?』『面白い事かナー?』
あまりの笑い声に、クローネがひょこっと部屋から顔を出してくる始末。
「……クロクロー、リンリンならやってくれるかもよー?」
「お?」『お?』『何を?』
「お嬢の課題」
クァトランの、課題?
いや、クァトランも試験を受けてるんだから、個別課題は確かにあるはずなんだけど。
そういやハルミ先生に何だこのふざけた課題はって言ってた気がするな。
「へー!」『なるほどニャー』『お前ならやれるって信じてたナー!』
「え、ちょっと待って、えっ」
何をさせられようというんだろう。いや、でもこれでクァトランに接触できるならありなのか?
「ただ――明日からねー。今日は駄目ー。今日はもう、入れませーん」
私の淡い期待をあっさり霧散させ、ニアニャの歯車が、更に回転し――夜空色の《魔力光》が、ニアニャの身体から溢れ出した。
「リンリン、わたしと約束しよう」
背筋がぞっ、とするような感覚。
ニアニャの固有魔法、《約束を交わす魔法》。
それは交わした約束を絶対に守らせる、という、概念に干渉・強制する、固有魔法でなければ実現し得ない、魔法の領域を越えた魔法。
私の《時間を逆行する魔法》もそういう意味では同じカテゴリなのだけど、ニアニャのそれはより使いやすく、より汎用性があり、より強力だ。
本来は面倒な手間や儀式を介して行う、強制力が伴う『契約』を、あらゆる手順をすっ飛ばし、その場の口頭で成立させてしまう。
「リンリンは、お嬢が寝ている部屋には入らない」
ニアニャの《魔力光》が私の身体を這って、右手の《秘輝石》にへばりついてくる。
「代わりに、わたしは一度だけ、リンリンの味方をしてあげる」
期限が指定されていないから、契約の原則に則れば――この約束が交わされたら、私は一生、その条件を飲むことになる。
「肯定なら受け入れてー。否定ならー」
ぴ、とニアニャの片手に、《魔力》で形成された投げナイフが出現した。
「無理やり頷いてもらうかもー」
クァトランの死因を調べるにあたって、現地調査は必須だ。トライ&エラーが出来る私は、これから何度でも手段を選ばずに挑戦してみるつもりだった。
問題はこの約束が時間を逆行した後にも適用される可能性を捨てきれない事だ。
《約束を交わす魔法》は約束を《秘輝石》に直接刻み込む。
そして私の時間逆行は身体的な外傷は元に戻るけれど、逆行直後は《魔力》を使い切ってしまっていたり、記憶を継続的に保持している事から、《秘輝石》自体は逆行に際し連続性を保っている可能性がある。
……言い換えると、私は《秘輝石》が破壊された場合、時間逆行すらできなくなる恐れがある。
かといって、この場でニアニャに逆らうのは、あまりに不自然だ。
クァトランの部屋にわざわざこの時間に行こうというのが、そもそもおかしい話だし、普通に考えれば――その程度の用事は、明日でいいはずなのだから。
「返事はー?」
後数秒でもレスポンスが遅れたら、何をされてもおかしくない、と思ったのは、身体を這う《魔力光》の温度が冷たくなったように感じたからだ。
「――――わかった、約束する」
だからそう宣言した――言うしか無かった。
言葉をトリガーに、私の《秘輝石》にチクリとした感覚が走った。
それ自体はほんの僅かな小さなものでしかなかったけど、理屈ではなく本能が、強制的に理解させられた。
これで私はもう――クァトランの部屋に入ることはできなくなった。
破ったら、私はどうにかなってしまう。
何も出来ずに引き下がり、明日を迎える以外に、なくなった。
「ふふふー、約束だよー? リンリン」
「……ほんっと怖いね、ニアニャって」
「そんなこわーい私がー、なんと一回だけリンリンの味方にー!」
「……味方って具体的にどういう定義?」
「それはその時によるんじゃないー? りんきおーへーん」
立ち回り方を間違えると踏み倒される、って意味でいいんだろうか。
何にせよ、私の目論見は失敗した。私を無事ニアニャに売り飛ばしたくーちゃんは、かかか、と首元を器用に後ろ足で掻いて、それから、
「にゃあ」
と、ざーとらしい声で鳴いた。
今のめちゃくちゃ気持ち悪かったな……なんか、鳴き声というより、『声』だったような…………。
せめて、明日朝起きた時、クァトランが生きていることを、願うだけだ。




