☆『四回目』『一日目』『夜』☆ その1
とんでもねえことをしたけれど、犠牲が出なかったからお咎め無し。
クァトランに対する沙汰は最終的にそのような所だったが、空気が悪くなったのは間違いなく、二回目の頃の和気あいあいとUNOを楽しんでいたのが嘘のように、重たい沈黙の中食事を終えた。
「っし、行くか」
めいめい解散し初めた所で、周りの目を盗んでふらりと屋敷の外に出た。
「ぞる」
訂正、盗みきれなかった。
外に出た瞬間、暗闇の中に浮かぶ二つの金色。
ニアニャの《使い魔》、くーちゃんがこちらをじぃーっと見つめていた。
「…………こ、こんばんは」
「ぞるる」
相変わらず、猫が発する音じゃない。というか、生物が発していい音じゃない。
これが意味のある鳴き声だったら滅茶苦茶怖いな……。
「あの、ちょっと外、出てくるね」
「ぞるぞるる?」
「ニアニャによろしく」
返事を待たずに歩き出す。とりあえず、ヘリが到着した砂浜まで行ってみるか。
冬場の夜風は少し肌寒いけど、その分空気が澄んでいる。半分魔界化しているとはいえ、無人島だけあって人工的な光が少なく、ファラフの言う通り、確かに星がよく見える。
「ほんとだ、綺麗だ」
黒いキャンバスに、白い絵の具をつけた筆の先を指で弾いて、細かい飛沫で星を表現する画法があるけれど、なるほど、満天の星空というのはあれだけのことをやらないと表現できないからああいうやり方が生まれたんだ。
なんて、変な納得をしてしまうぐらい、星粒しかない夜空だった。
海上の孤島って意味だとクロムローム魔法学園も似たような物なんだけど、我等が母校は四六時中飛行機とかヘリとか飛んできたり飛んでいったりする環境なので意外と明かりが絶えないから、こんな星空は中々お目にかかれない。
「綺麗だけど、罪悪感が凄い……」
ファラフに外に出るなと言っておいて自分はこうしてしまっているわけで、うん、でも、必要なことだと思って、勘弁してほしい。
少し歩いて、砂浜に到着し、しかし何が出来るわけでもなく、その場に座り込む。
細かい砂に体重をかけた感覚がお尻に伝わって、少しくすぐったい。日中は太陽光に炙られていたからなのか、予想していたほど冷たくはなかった。
ざざん、ざざん。
寄せて返す波の音、冷たい潮風、空を見上げれば星の海。
落ち込んでる時にこういう所にこれたら、確かに気分は楽になるのかもしれない。
というか、今がまさにそうか。私、そこそこ落ち込んでるよ、色々あったもん。
……こうやってぼーっとしてたら海から魔物が這い出てきて襲われる、みたいなのをちょっと警戒していたんだけど、十分ぐらいそうしていても、特に何かあるわけでもなく。
「他の所も回ってみ…………ん?」
ザク、ザクと後方……屋敷の方から、足音が聞こえてきた。
「ファラフ……?」
屋敷のどこにも私がいないのを察して、あの野郎、人の夜間外出を止めたくせに、と息巻いて追いかけてきたとか?
幸い、都合の良い木があったので、陰に身を隠して様子を伺う。
「……あれ、ラミア?」
砂浜に現れたのは、クラスメートのラミア・ジュリィその人だった。
剣は腰から下げているものの、鎧は着ておらず、シンプルなワンピース姿だった。髪の毛も解いていて、いつもとは大分印象が違う。
海風を受けて髪がなびく姿は、容姿の美麗さもあって様になっていた。
「ラミアも息抜きかな……?」
別に姿を隠す相手でもなかったな、と声をかけようと思ったその矢先。
「………………」
もう一人の魔法少女が、ラミアの後を追うように姿を現した。
「っ」
とっさに身体を隠し直す……だけど、あれは……。
「ル、ルーズ姫……?」
ティアラを外し、ドレスを脱いで、ナイトガウンを着ているけれど、それは紛れもなくルーズ姫だった。
何も……何もこんなタイミングで現れなくても……!
……このままだとプライベートでラミアとルーズ姫が接触してしまう。
どうしよう、あえて姿をさらして止めに入るべきか。
制止役が居ないとどこまでもヒートアップしかねないし……とか思っている内に、とうとうルーズ姫がラミアの視界に入る所まで来てしまった。
ラミアを視界に入れた瞬間、ハッと息を呑んで駆け出すルーズ姫。
それに気づき、目元を険しくして身構えるラミア。
やばい、終わったかもしれない。
……いや、もしかしたらファラフは、二人の争いに巻き込まれて――?
「……ラミアっ!」
「ルーズ!」
私の思考が一瞬逸れた瞬間、二人は勢いよく手を広げ、そして抱きしめあった。
………………ん?
「会いたかった、ラミア。暗い穴の底で、貴女のことをずっと考えてた」
「私のセリフだよ、ルーズ。ごめん、君にそんな思いをさせて……」
「いいの、こうして、二人になれたんだもの……愛しのラミア……」
「ルーズ…………」
……………………えー。
ちょっと待って、なにこれ。どうなってんの。
なんだ、つまり、あれか?
普段から仲悪くしてるのは、演技で?
あの二人、デキてるのか!? 最初から!?
人目がないものと思っているらしく、二人はそのまま見つめ合い、うふふあははと笑いながら、月が照らす砂浜をくるくると踊りだした。
ひたすらいちゃついた後、やがてお互い言葉を捨てて、そっと唇を重ね――うわ、キスの時間長っ。
…………凄い死にたくなってきた。何やってんだコイツら。そして何してんだ私。
今ほど人生で無駄に過ごす時間はあるだろうか。無性にメアに会いたい。癒やされたい。
「ええええ…………」
どうしよう、もう、戻ろうかな。どうせ明日になったら私達は全滅だし、痛い思いする前に自分で頭弾いちゃうか……?
色んな意味で気が抜けた私は、周囲に対する警戒というものを怠っていた。
だから一歩下がった足元に木の枝があることに気づかなかったし。
「やべっ」
緩んだ意識は不用意な声を誘発して、居場所を知らせる羽目になり……。
べたべたとイチャついていたラミアとルーズ姫の視線が、同時に私を射抜いた。
「あ…………」
「…………」
「…………」
抱き合ったポーズのまま、固まる二人。そして私。
「ご、ごめん、何も見てないから、私」
あはは、とごまかし笑いで手を振って、もういたたまれなくなって、その場から離れようとしたところで……。
腹部を、熱が貫いた。
「…………あ?」
ラミアの持つ剣は、代々彼女の家に伝わる逸品で、所有者の《魔力》を吸い上げて威力を高められるのだという。
しかし今回はそんな使い方をしなくてもよかった。
ただ、投げて、文字通り私を木に縫い付けられれば、それでよかったのだから。
「…………は?」
痛みはまだやってこない。衝撃と、ただひたすら熱さだけを感じる。
……ラミアが、剣を、投げて、腹を貫かれた。
その事実を脳が認識できても、理解が及ばなくて、間抜けな声が出てしまう。
「ラ、ミア……?」
どうして? という意味合いを含む私の問いと視線に対し。
「…………」
寄り添い合うラミアとルーズ姫が返す視線には、何の温度も含まれていなかった。
冷めている。いや、凍りついている。
あらゆる色彩と感情を読み取ることができず、行為に及ぶに当たって何も自分たちの行いを全く悪びれていない者の顔だった。
ルーズ姫が、ゆっくり私に向けて手を掲げた。
それは救いの手なのかな? と淡い期待を抱いてみたが、高貴なピンクの《魔力光》が指先に収束し始めた事でもう全部諦めた。トドメ刺す気満々だよ。
「ルーズ」
割り込むラミアに、もしかして止めてくれるのかな? とまだ期待をしてしまった私は、愚かだろうか。
「《魔力光》を誰かに見咎められたら事だ。私が始末をするよ」
「わかりましたわ……ごめんなさい、ラミア。こんな事になってしまって」
「構うもんか、ルーズ。君を守るためならこれぐらい……」
「謝…な………しに…………」
謝るなら私に謝ってくれ、と言おうとしたのに、もうかすれた雑音しか口から吐けなかった。
ラミアは私に言葉をかけることなく、剣の柄を握りしめ、ねじり、刃を垂直に立てて、思い切り上に振り抜いた。
そこから先は、なにせ脳が両断されたもので、私はもう覚えられていない。




