☆『二回目』『二日目』『朝』☆ その2
部屋中に内臓という内臓をぶちまけて、その分、腹部には血と黒の空洞が広がっていた。
表情はわからない、顔面の前半分が砕け散っているからだ。片方だけ残った眼球がこぼれ落ちて、虚空を見ている……いや、もう何も映ってないのか。
それを収める口腔がないので、舌はデロリと力なく曲がり、最強の魔法少女の象徴であった四本の角の内、髪の毛を結い上げていた一本が、無惨に解けていた。
扉が押し込めていた、充満した生臭い鉄の臭いが、一気に押し寄せて、鼻をついた。
ぐらぐらする、くらくらする、意味がわからない。答えが出てこない。
「リ、リーン! どないしてん! クァトランにしばかれ――――」
慌てて私を追いかけてきた、ミツネさんも、それを見た。
「どったのー?」『騒々しいニャー』『まだ寝たいニャー』
「おはよー?」「何かありまして?」「ちょっと、朝は静かに――――」
私が扉を開け放つ音は、よほど大きかったらしい。
ぞろぞろと皆が集まってきて、順番にそれを見て。
誰かは叫び、誰かは吼えて、誰かは泣いて、誰かは逃げた。
私はといえば、腰の力が抜けてしまって、どうにもこうにも、へたり込んで、立てなかった。
クァトランが死んでいる。最強の魔法少女が死んでいる。
頭部が砕け、つまり《秘輝石》が砕け、完膚なきまでに終焉していて、どこにも命が残っていないことが明らかで。
誰がどうしてどうやって、あらゆる疑問が同じように湧いてきて、同じように膨らんで。
なのに、ああ、クソ。
起きたことは同じなのに。
知っている情景のはずなのに。
私の眼の前には、違う景色が広がっていた。
傲慢で、横暴で、乱暴で、全てを見下しねじ伏せる、自業自得の暴君ではなく。
『あの人が王なのだから、《クアートラ王国》はこれからも揺るぎなく一番であるに決まってる』
優しい笑みで、家族を誇り、
『私のご機嫌取りたいやつが、セクハラしてくるわけねーでしょ』
呆れた顔で、私を窘め、
『私に勝てる奴なんて居ないわよ、誰であろうと、何であろうと。当然でしょ?』
得意げに笑い、胸を張る――――私の友達が、死んでいた。
「……………………」
ああ、くそ。私は何を変えられた気でいたんだ。
何かをやり遂げた気になってしまっていたんだ。
問題が起きて、諍いが起きて、人間関係に修復不能なほどの亀裂が生じたとして。
それが原因であるなんて、決まっていたわけじゃなかったのに。
最初からずっと疑問だったじゃないか。明らかだったじゃないか。
ファラフがクァトランをどれだけ恨んで、憎んでいたって。
じゃあそもそもどうやって、この最強の魔法少女を殺せるんだって。
「くっ、そ…………!」
時間を逆行してなお、もう何もかも手遅れだった。
与えられたチャンスを無為にした私に、これ以上何ができる?
「……降りよ、とにかく」
ミツネさんに手を引かれて、ロビーへ降りると……流石にこの喧騒で寝続けられはしなかったのか、メアを含めた八人の魔法少女が集まっていた。
「リ、リーンちゃん」
ててて、と近寄ってきたメアは、そのまま私の顔を覗き込んで、頬に手をぺたりと当ててきた。
「顔、真っ白だよ」
「…………うん」
会話になってない返事。次に何が起こるのかも、私はもう知っている。
「……ファラフは?」
委員長が私とメアを見て、尋ねた。
「……朝起きたら、居なかった」
ミツネさんとのやり取り、死体発見までの経緯を、私はかいつまんで皆に説明した。
クァトランを見つけたことに関しては、未来を見る固有魔法が発動したことにしたけれど……じゃないと整合性が取れない――クァトランが死んでいるかも、なんて発想、普通に生きてたら絶対に浮かばないのだから。
「…………ファラフを探しましょう。なにか知ってるかもしれないし」
数分間、誰も何も言えずに居た沈黙を、破ったのは委員長だった。
「もしかしたら、死んでいるかもしれない」
「んな…………んなワケあるかい! なんでファラフが!」
もっとも、それはすぐに次の火種になった。誰も彼も冷静じゃないのだから、その言い争いは、もう必然だった。
「この場に居ない以上、何かしらの関係があるとみるのが妥当でしょう」
「妥当!? どっから絞り出した妥当なんや!」
ミツネさんと委員長が言い争いを始め、私とメアは置いてけぼりで、ルーズ姫とラミアはお互いに距離を取り、そして……。
「ぞる」
ニアニャの肩に乗っていたくーちゃんが、一言鳴いて、ひょいと降りた。
「え……」
「ぞるるぞるぞるるる? ぞるむるげるぞるぞぞるぞるげるむるれるむるげる」
「うんうん、え、そーなの? さすがくーちゃんだねー」
主であるニアニャに向かって何かを語りかけ、どうやらそれを理解しているらしい。
「そっかー、気になるし確認してみよっかー。まあ無理だとは思うけどさー」
そして。
ニアニャ・ギーニャの、回る歯車の瞳孔が、ぎょろりと蠢いて私を射抜いた。
「ねーリンリンー、くーちゃんがねー?」
その指と指の間に、黒い《魔力光》が収束して、薄く薄く引き伸ばされていく。
「なんで固有魔法を使ったのに、そんなに《魔力》が残ってるの? って」
《魔力》で形成された黒い投げナイフが、尾を引いて私の右肩に突き刺さった。
「っ!」
反射的に形成した《防壁》は、ニアニャの黒い《魔力光》に侵蝕されて、濡らしたティッシュよりも無抵抗に貫かれて、砕かれた。
最初に感じたのは衝撃で、その次に熱が湧いてきた。不思議と痛みはないけれど、これは多分、痛みが強すぎて、逆に麻痺しているだけだ。
何せ、ナイフが命中した私の右肩から先は、その衝撃に耐えきれず、引きちぎれて、肘から先が天井まで舞い上がって、ぼとりと落ちてしまったから。
「え、えええええ……?」
そんな具合だから、私の口から出たのは、痛みが伴う悲鳴じゃなくて、ただの疑問だった。何でいきなり? とか、くーちゃんってそういうのわかるんだ、とか。
――自分が死んでしまうことよりも、そっちのほうが気になってしまった。
「リーンちゃ――――」
メアの悲鳴が聞こえるけれど、もう瞼が重く始めていた。
私の《秘輝石》は右手の甲についているから、そこが身体から切り離されたら、意識なんて保っていられるわけもなく。
「あれー、くーちゃん、やっぱり無理だよー。リンリンじゃ、どんな小細工したって、お嬢は殺せないってー。そもそも誰も殺せないよー」
当事者のニアニャはあっけらかんと、くーちゃんに疑問を呈していて。
ルーズ姫が逃げ出した。ラミアがそれを追いかけた。
マグナリアがニアニャに殴りかかり、間にクローネが割り込んで。
ミツネさんが叫びながら加勢に入り、あっという間にバラバラになった。
私に抱き縋るメアの手を、せめて握り返したかったけれど、その余力すらもう無かった。
ああ、くそ。
ハッピーエンドなんて、どうすりゃいいんだよ。




