☆『二回目』『二日目』『朝』☆ その1
暑い。
原因は明らかで、どこでもいつでも眠れるけれど、それはそれとして快適な睡眠には抱き枕が必要不可欠だと語るどっかの睡眠欲モンスターと同じベッドに入った日には、私がその抱き枕にされてしまうからだ。
いつもならふかふかだきまくらのメェくんがこの大役を担ってくれるのだが、かなりのサイズを取るため、シングルベッドに二人だと流石にスペースを食うという理由で今も荷物で眠っているのだった、なんてことだよ。
「むにゃむにゃ」
この時、無理やり抜け出そうとすると無意識下ながらホールド力が強くなり、逆に脱出不可能に追い込まれてしまう。
コツはこちらから抱きつきに行くことだ。そうすると身体が寄る分、腕と背中の間にスペースが生まれ、そのまま少しずつ体を下にスライドできるようになる。
起こしても起きないメアが、この程度で目を覚ますわけもなく。
ただし焦って急いで出ようとすると、トラバサミの速度かつ万力の力で拘束が強くなるので、慌てず騒がずゆっくりじっくりと逃れる。
「ふう……」
脱出に成功したらすぐさま代わりの枕を詰め込んで、これで一安心。
まだ六時くらいかな? 軽くシャワーでも浴びて、もうちょっと髪の毛を手入れでもしようか。
ファラフを起こさないよう、なるべく足音を立てないように……と何気なく隣のベッドに目をやって、そこに誰も居ないのに気がついた。
「あれ?」
私より先に起きて出かけた? シャワー室も覗いてみたけど、昨晩以降使われた痕跡がない。
僅かに、背筋に嫌なものが伝った。
「…………きっとお腹が空いて、つまみ食いとかしてるんじゃないかな」
私の知ってるファラフはそんな事しない。
理性がそう告げているが、無理やり振り切って部屋の外に出た。
「あら、おはようさん。早起きやねえ」
部屋を出るとすぐに声をかけられた。
ロビーのソファに腰掛けて、コーヒーを優雅に嗜んでいるミツネさんがいた。
「おはよ。ミツネさんこそ、早いね」
「寝付きがようなくてねえ。リーンも飲む?」
「……もらおうかな」
魔法瓶のポットから、小さな白いマグへと黒い液体が注がれると、逃げ場所を求めていた湯気が、我先にと空間の中に散っていく。
「はい、どうぞ」
「ありがと、ミツネさん」
逃げ切れなかった熱達が、マグを手にした瞬間染み込んでくる。
身体がじわりと温まった瞬間、今までさして気にしていなかった、朝のひんやりした空気を感じ取って、反射的にぶるりと震えた。
「ん、寒かった?」
「や、だいじょぶ。さっきまではむしろ暑かったぐらいで」
「ははあん、ここぞとばかりに抱き枕になっとったん」
「なってました」
隠しても仕方ないので、そして隠すようなことでもないので、素直に肯定してコーヒーを一口すする。熱くて、苦い。
「仲良しなのはええことや。いがみ合うよりよっぽどええ」
なにか含むところでもあるのか、私から視線をそらして、ふと窓の方を眺めるミツネさん。何か色っぽい。
「ああ、でも、ファラフも隣でいちゃつかれたら、気になって眠れんかったんと違う?」
すぐにいつもの調子に戻って、口元を隠してコココと笑う。
「どうだろ、昨日は部屋に戻った時はもう寝てたから」
「あら、珍しく寝付きがよかったんやねえ」
そう言うミツネさんの顔は、なんだろう。
うまく言えないけど、どこか消耗しているというか、疲れている感じがする。
そういや、ミツネさん、早起きしたとかじゃなくて寝付けなかった、って言ってたな。
「……ミツネさん、《魔力》大丈夫?」
「あー…………」
ただでさえ細くて感情の読みにくい目を、すっと逸さられた。
食事と睡眠は《魔力》の回復に大きく関わるが、特に睡眠の比重は大きい。
《魔力》を作るための燃料補給が食事で、燃料を使って《魔力》を生み出す為に必要なのが睡眠、というとわかりやすいだろうか。
もちろん、起きて活動している間でも自然回復はするけれど、それはあくまで補助的なものであって、発電機にいくらガソリンを注いでも、スイッチを入れなきゃ十分な電気は生まれないのだ。
「私の《魔力》、ちょっと分けようか?」
私の申し出に、ミツネさんは文字通り目を丸くした。
瞳孔がきゅっと広がる辺りは、獣系魔法少女の外見特徴が顕著だ。
「そない気ぃ使ってくれへんでも大丈夫やって、気持ちだけ受け取っておくわ」
「や、そうじゃなくてさ」
私は、目をそらしたミツネさんの前に移動して、その細い目の顔を、じっと見つめた。
「ミツネさんが無理して何かあったら、私にもファラフにも、クラス全員に迷惑がかかるじゃん、ってこと」
《魔力》の不足は、人間で言うと呼吸はできるけど十分な酸素が取り込めなくて息苦しい、みたいな感じで、当然、パフォーマンスの低下に直結する。
そして迷宮踏破は共同作業だから、人は人、自分は自分ってわけにはいかない。わざわざ十人の魔法少女が雁首揃えて同じ場所にいるのは、協力し合う為のはずだ。
「昨日はクァトランに任せっきりだったから、私はほとんど《魔力》使ってないし、しっかり食べて寝たから結構回復してる。それぐらいの余裕はあるよ」
そして、今日もクァトランがなんとかしてくれるだろう。
私の仕事は昨日のうちに、もう終わっているのだ。
「…………」
ミツネさんは、他人を助ける事に全く頓着しないけれど、同じぐらいの頑固さで、誰かに助けを求める事もしない。
それはクァトランのような実力に担保された傲慢じゃなくて、個人的な性格の問題なのだろうけど……。
少し考え込む仕草を見せたミツネさんは、一口、自分のコーヒーを啜って、それから、根負けしたように笑みを浮かべた。
「せやったら、少しだけお願いしようかな? 借りにしとくさかいに」
「それじゃあ利子を多めにつけておこう」
私としても、そういう形の方が、気持ちが楽でいい。
自分の《秘輝石》に意識を集中させて、《魔力》を体外へと放出する。
私の無色透明な《魔力光》は違う色の《魔力》に問答無用で浸蝕されるので、攻めるにも守るにも都合が悪い。
ただ、《魔力》を他者に分け与えるという、その一点に置いては、私以上に優れた魔法少女は居ない。悪意さえなければ変換効率百%で、他の魔法少女に《魔力》を供給することができる。
……まあ要するに私の最大の評価点は電池として優秀って部分であって、戦闘要員としての技巧は全く求められてないってことであって、まあ、まあ、まあ、うん、ね?
何事も適材適所ってことで……クァトランレベルになってくると私の《魔力》ですらもう焼け石に水ぐらいだから本当の最大戦力に対しては補助も出来ないっていう悲しい現実もあるけど。
閑話休題。
透明な《魔力光》が、ミツネさんの胸元――彼女のレモンイエローの《秘輝石》に吸い込まれていく。
本当は直接《秘輝石》同士を触れ合わせるのが一番早いんだけど、ミツネさんは右胸の下というちょっと露出しがたい位置にあるのでこればっかりは残念だが仕方ない、私とてセクハラを働いていい人とそうでない人の区別ぐらいはつくのだ。
私の《秘輝石》に残っていた半分ぐらいの《魔力》を譲渡し、《魔力光》の放出を止めると、ミツネさんは大きく深呼吸して、それから申し訳無さそうに苦笑した。
「…………ん、おおきに。大分楽になったわ」
「どういたしまして」
私にできる最大の貢献の形は、私が戦わないことという、なんとも虚しい現実だけれど、それで一緒に戦う仲間を支えられるなら、別に悪い気分じゃないのだ。
「あ、そういえばミツネさん」
少し冷め始めたコーヒーを手にとって、私は本当に何気なく、何の意図もなく。
「ファラフは散歩にでもいったの?」
当然、知っているだろうと思って、そう尋ねた。
「……うん?」
ミツネさんは、何変なことを言い出すんだ、と言わんばかりに。
それはそれは、不思議そうに首を傾げた。
「ファラフはリーン達の部屋に居るんやないの?」
「……あれ?」
だからミツネさんの反応は、私にとって予想外のことで。
「ベッドに居なかったから、部屋の外に出たんだと思って、たんだけど……」
それは当然、私が起きる前の話で、だから、先んじてロビーにいたミツネさんは、その姿を目撃しているものだと、思っていた、ん、だけれ、ど……。
「ミツネさん、何時ぐらいからここにいた?」
「四時くらいや。ベッドで寝付けんかったから、ずっと起きとってはいたけど」
「……その前に誰か、こう、出ていった音とか、聞いた?」
「………………」
記憶を振り返っているのか、しばらく沈黙し、視線を泳がせ、やがて首を振った。
「……いや、聞いとらんね。ウチも流石に扉の外のことはわからへんよ」
「……っ」
私は立ち上がって、駆け出した。
本当は目を覚ましてすぐ、確認すべきだったこと。
前回と同じように、ファラフがどこにも居ない。
外に出たのか、あるいは隠れてるのか、わからない。
じゃあ……こっちは?
階段を駆け上がり、真ん中にある、一番大きな部屋の扉を、ノックもせずに開け放った。
そこで――――。
クァトランが死んでいた。




