☆『二回目』『一日目』『夜』☆ その1
「あははははははははははははははははははははははははははははは!」
『ウケるニャーーーー!』『おもれーニャーーーー!』
無駄足を踏んだ私達の帰宅はどうやら一番最後になってしまったらしく、美味しそうなカレーの匂いと、進捗を聞いたクローネの爆笑が私達を暖かく迎えてくれた。
「あははははははははあぎゃんっ」
迷宮内部では封じてくれていた暴力も快く解禁されたらしく、クローネの額にクァトランの放った《弾丸》が命中してひっくり返った。
私が見た感じ、土人形にかましたそれの数倍ぐらいの威力があると思うのだけど。
「………………あははははは! ひー! おもろすぎるでしょー!」
全然ピンピンしていた。
「こ、この……従僕の分際で……!」
クローネが何に爆笑しているかといえば、私達の頭から足下からデロッデロに汚れていることだろうか。
うん、ペナルティで結構ね、泥とかスライムとかかぶっちゃってね。コスチュームの布が薄い部分とか、半分溶けてるし……。
その上、話を聞いてると私とクァトラン以外は皆第三階層まで辿り着いたらしく、進捗度合いで私達は最下位ということになる。トップエリートのクァトランからすればこの上ない屈辱だったんじゃないだろうか。
「リンリン、お嬢の面倒見てくれてありがとねー?」
前回と同じくいいんちょに引きずり倒されたらしいニアニャが、ソファで横になりながら労ってくれた。
「いやあ、どういたしまして」
「なんでアンタが礼を言われてんのよ!」
そうしてロビーであーだこーだ言っていると、ひょこっと食堂の方からメアが顔を覗かせた。
「あー、リーンちゃんおかえりー、遅かったから心配し……何その格好!」
「いやあ、色々あって……」
帰ってくる途中である程度乾いたし、ヒールの泥は落としたけど、汚れまくってることには変わりないわけで。
「もー、もう少し時間かかるから、先にシャワー浴びてきて?」
「つーかお嬢も着替えてこいよなー」『くちゃいニャー』『汚いナー』
私がこの有り様ということはクァトランも同じぐらいなわけで……苛立ちを隠そうともせずに、クァトランはもう一発、クローネに《魔弾》を打ち込んだ。
「あぎゃー!」
「言われなくても着替えるわよ! ったく、狭いシャワーしかないってのに……」
楽しそうな主従のやり取りだ。なんだろう、この平和な感じ……。
「あ、クァトラン、髪の毛のまだついてるよ」
泥とスライムが混ざった非常に嫌な質感の塊が、クァトランの特徴的なツインテールのとんがった部分にべったりと張り付いていた。
せっかくだし取ってあげよう、とほんの親切のつもりで手を伸ばし――――。
次の瞬間、身体がグルンと一回転して、床に叩きつけられていた。
背中から衝撃が抜けて、視界と頭がグラグラ揺れる。
きゃあ、というメアの悲鳴がどこか遠くから聞こえてきた、と思った矢先、私の眼前にクァトランの指先が突きつけられていた。
「――――――――――」
突如として行われた容赦ない暴力に、すぐさま何すんだよ、と言い返せなかったのは。
クァトラン自身が、ぽかん、とした顔をしていたからだった。
「………………何すんのよ」
「こっちのセリフだが…………!?」
「ふー…………………………いい、カタリベ」
長く大きく息を吐きだしてから、鼻がつくんじゃないかってぐらい、ずいっと顔を近づけて、クァトランは言った。
「私の、髪の毛に、許可なく、触るな」
怒気と殺意を、社交辞令でコーティングして、何とか言葉という形にできた、みたいな声だった。
「………………」
「わかった?」
「…………は、はい」
何とか頷くと、のそっと退いて、それから頭をブンブン振って。
「…………シャワー浴びてくるわ」
そう言い残し、クァトランは自室へと向かっていった。
「リ、リーンちゃん、大丈夫!?」
「へ、平気。背中ちょっと痛いけど……ありがと」
慌てて駆け寄ってきたメアが汚れることもいとわず手を差し出してくれたので、ありがたく借りて立ち上がる。
ただでさえベタベタだったのが、絨毯の上に押し倒されたもんだから、もう埃まみれだ、念入りに洗わないと……。
「…………びっくりしたー」『驚いたニャー』『ビビったナー』
傍から見ていたクローネが、ぽけーっと口を開きながら呟いた。
「ね、クァトランちゃん、あれは流石に酷い気がする!」
当人もいなくなったしで、プンスカと怒るメアだったが、
「あー、違う違う」
クローネは私を見て、半笑いで言った。
「お嬢が髪の毛触られそうになって、相手を半殺しにしなかったのに驚いてんの」
「……………………」
え、何、そこまでの大罪だったの。
私も髪の毛にはこだわりがある方だけど。
「あたしとかニアニャが戯れようとした時は、全身の骨バッキバキにされたにゃん?」
「怖っ」
もしペアを組んでなかったら、私もそうなってたんだろうか……。
「えーっと……じゃあ、私もちょっと身体綺麗にしてくるね」
過ぎたことは過ぎたことで、とりあえずシャワーを浴びたい旨を伝えると、メアは大きくため息を吐いた。
「ん、いってらっしゃい」
不幸中の幸いというか、なんというか、メアではなくクァトランを選んだことに不満げだったのは、有耶無耶になったかな……?
いや、メアは後々引っ張るタイプだから、油断しないようにしよう、言い訳というか、ご機嫌取りの方法を考えておかないとな……。
やっとのこと、部屋に入ろうとドアノブを引くと、ぐにっと柔らかいものに扉を開くのを邪魔される感覚が伝わってきた。
「ぞる」
「うわっ」
なんて言うんだろう、香箱座りっていうのかな? 手を折りたたんだニアニャの《使い魔》、くーちゃんが鎮座していた。
見事にストッパーになる位置で、私が開いた扉がぶつかったのに、全く微動だにしていない。たくましいのはわかるけど、すっげぇ邪魔だった。何だよ。
「……ご、ごめん、中入っていい?」
「ぞるる?」
しばらく見つめ合っていたが、やがて興味を失ったようにふい、と顔を背け、とことこと歩いていってしまった。
なんかこの子、ちょこちょこニアミスするな、私のこと好きなのかな……。
なるべく汚れが部屋に残らないよう、つま先立ちでシャワー室まで移動して、全部脱ぐ。
魔法少女のコスチュームは所有者の《魔力》を吸って形状を維持するので、放っておけば綺麗になる不思議な機能が備わっているのだけれど、汚れを落としておくにこしたことはないので、自分の体より時間をかけて水洗いし、そしてその三倍時間をかけて髪の毛を洗った。
「泥……」
汚れをじっくり落とし……うーん、まだ髪の毛が軋んでいる。
寝る前にもう一度手入れするか。香油と櫛は持ってきてあるし、夜のシャワーでもっかいじっくりトリートメントを使って……。
「ひあっ」
雑にバスタオルを巻いてシャワー室を出たら、ちょうどファラフが部屋に戻ってきた所だった。
「うわ、ごめん。お見苦しい姿を」
「い、いえ、すいません。こちらこそ……」
誰も居ないと思って無警戒で出てきちゃった……いや、待った。
「ファラフじゃん!」
「えぇ!? 僕ですけど!?」
私がじっくりシャワーを浴びている間に、戻ってきて居たらしい。
「ファラフ!」
「な、なん、なんです!?」
慌てるファラフにノータイムで距離を詰め、肩を掴んで迫る。
「ジーンは無事!?」
「えっ――――――」
一瞬、ファラフの目が大きく見開かれた。
「ぶ、無事ですけど?」
呼んだ? と言いたげな顔で、ファラフのお腹についた《秘輝石》からゆらりとジーンが姿を現し、主と一緒に首を傾げた。
「はぁぁぁぁあぁぁ…………」
無事じゃん、元気じゃん、生きてるじゃん、よかったぁ。
「そっか、よかった……」
クァトランが凶行に及ばなかったから当然といえば当然の結果ではあるのだけど。
それをこの目でちゃんと確認できた事による安堵が、私にとっては大きかった。
「その……なんで、ジーンの安否を、そんなに……?」
一方、素っ裸で同級生に詰め寄られたファラフは、ものすごくバツが悪そうだった。
そりゃそうか、ごめん、感情が爆発してた。
「あ、あの、もしかして……何か、変な未来を見た、とか……?」
私の奇行に戸惑いながらも、おずおずと問いかけてくるファラフ……周りの皆には《少し先の未来を見る魔法》だと思われているわけだから、この反応は自然か。
ある意味、間違ってはいないわけだし。
「いや、もう大丈夫なんだ」
「そ、そうなんですか?」
『ホッホッホ?』
ファラフとジーンが無事なんだから、とりあえず私にできることは、やりきれたはずだ。
「……あ、あの、リーンさん」
「ん?」
「ご飯できたから、呼んできてって言われてて……その、着替えを……」
「ぁえ、もうそんな時間?」
髪の毛に時間かけすぎたかな……いや、そもそも帰ってきたのが前回よりもだいぶ遅かったのか。窓の外はもう明暗がはっきり分かれた空になっていて、今まさに太陽が沈みます、という塩梅だった。
「了解、ごめんね。手間とらせて」
「い、いえ、あと、その……」
「ん?」
「メアさん、なんだかその……すごく、なんて言ったらいいのか……《迷宮》でも、お会いしたんです、けど……」
「…………ご機嫌斜めだった?」
「そ、そういうわけじゃ……ちょっと、寂しそうだった、というか」
前回の私がそうだったように、メアを選べるなら私はメアを選ぶし、メアが選ぶ立場なら私を選んでいたはずだ。それは理由とか理屈じゃなくて、私達の間で無条件で成立する、前提であり信頼だったもの。
私はそれを、予告なく、前振りもなく裏切ってしまった……うん、ちゃんと謝っておかないとな。
「…………たぶん、ものすごく怒ってたと思います」
訂正、謝っても許してもらえない気がしてきた。




